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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里編 『番外編 ― イレインの里帰り』
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閑話4・あなたと見た景色を忘れない (前)[イレイン一人称]

こちらは、ヒロインが「私」で進む一人称語りの回です。

(※里ではイレイン呼びです)


{前・後}編の二話のお話です。二話連日更新します。

 滝津瀬での出来事は、心に小さな棘が刺さったようにツキンとわずかな痛みを伴って、思い出すたび胸の内で時々疼いた。


 次の日から二日間は、あいにくの雨だった。

 そぼ降る雨に、窓から見える遠くの風景がうっすらと霞んで見えた。


 時々、風に吹きつけられて、屋根を雨が打つぱらぱらという音がするものの、それ以外は一日中、しとしとと小雨が静かに降り続く。


 窓を伝い落ちる雨の筋に時々目をやりながら、私はリヴィエラ様の膝の上でうつらうつらとして過ごした。時折、リヴィエラ様の指がそんな小鳥の背中を、いたわるように撫でる。


 その温もりに、浮かび上がるように意識を取り戻す。とろとろと微睡(まどろ)んでは覚醒する。朝からその繰り返しだった。


 今朝から、急に眠けが増した。眠くて眠くて目を開けていられないほどだ。この異様な眠気が何を意味するのか。


 リヴィエラ様は優しく、「雨の日は眠くなるものですよ」と言ってくれたけれど、そうでないことはもうなんとなく分かっている。自分の体だから…。


 こちらに来て今日で五日目。その間、魂と肉体は離れ離れのままだ。こんな歪んだ状態がいつまでも続くとは思っていない。


 いつか崩壊する。それも近いうちに。この眠気は、きっとあちらの世界に残した()()が弱ってきているその(あかし)なのだろう。


 戻らなければどうなってしまうのかも、今は漠然と分かる。そしてそのことをリヴィエラ様が知らないはずがない。このまま見過ごすことがないことも。


(宴はじきに終わる。もうすぐ自分は送り返されてしまう)


 ああ――嫌だな。もっと時間が欲しい。この穏やかな日々がずっと続けばいいのに。


 無意識にリヴィエラ様の指に体を擦りつけていた。


 頭上から小さく笑うリヴィエラ様の息遣いが降ってくる。それを聞くと無性に切なくなって、泣きそうになった。


 今、口を開けば、とんでもない我が儘を言ってしまいそうだ。

 ――あちらに行きたくないと。


 それが怖くて、リヴィエラ様の指の感覚を背中で感じながら、固く口をつぐみ眠った振りを続けた。




「明日は雨、止みますかねぇ…」


 誰に言うともなく窓の外を眺めながら、のんびりとリヴィエラ様が言う。黙って、私は朗らかな声に耳を澄ませる。


 雨が止んだら、キノコ狩りに行きたいですね――とか。

 山は栗がそろそろ落ちている頃でしょうか――とか。

 明日、明後日、そのまた次の日は――と。


 話したいことはたくさんあるけれど、どれも口に出来なかった。


 だって、もしもたくさんキノコが採れたら、次もまた行きたくなる。もしも、栗がひとつも落ちていなかったら、日を改めてでも採りに行きたいと思う。


 嬉しいことも残念なことも――どんな些末な日常ですら、過ぎ去ってみれば、全ては愛おしい思い出だ。


 そして、これから積み重なり増えていく共通の記憶。それはかけがえのない宝物になるはずだった。


 口を開けばきっと、この方と共にあることを夢みて、ありもしない未来(さき)をうっかりと口にしてしまう――それが寂しくてならない。


「イーレーイーン? 眠っているのですか?」

 

 ひょいっとリヴィエラ様が丸くなる岩つばめをのぞき込む。目と目が合って、リヴィエラ様が困ったように笑うのが見えた。


 慌てて目を伏せたが、間に合わなかった。だってもう顔中、涙と鼻水でエライことになっている。泣いているのを誤魔化すため、返事はおろか身動きも出来ずにいた。


「こんなに泣いて…」


 あやすように言って、リヴィエラ様が私を抱き上げる。いつも不思議なのだが、燕の体でこちらに来たはずなのに、リヴィエラ様が手を伸ばすたびに、自分が人の姿を取り戻すような感覚にとらわれる。


 向かい合う恰好でリヴィエラ様の膝の上に抱え上げられ、さりげなくその首に腕を回すように導かれる。


 …。…。鼻水がついてしまいます。


「洗えばすむことですよ」


 そう言って胸の中に抱き込むと、小さな子供にそうするように、トントンと大きな手が背中を叩いてくれる。その振動に身を委ねながら、ぎゅっと腕に力を込めた。


 温かい――リヴィエラ様の温もり。


 夢じゃない。あちらで夢にまでみたリヴィエラ様にこうして再び会えた。それだけでなく触れ合うこともできる。


 これ以上望むものはない。なのに、どこまで自分は強欲なのだろう。この先も共にいたいと思ってしまうなんて。こらえきれずにスンスンと鼻を鳴らして大泣きしてしまう。


 そんな私を大きく包み込んでくれるその人は、何も聞かず何も言わない。ただ優しく背中をさすったり、叩いたりするばかりだ。


 少し涙がおさまった頃には、リヴィエラ様の服はぐっしょり…というかそれだけでは済まず、鼻水でべとべとにしてしまった。


 …本当に、すみません…。


「落ち着きましたか? 着替えてきても?」


 しばらくして、やんわりと離れるよう促された。と言うのも謝りながらも、私がリヴィエラ様の体にしっかり腕を回してしがみついたままだから。


 「汚れてしまいますよ?」という困ったようなリヴィエラ様の声に、少し間を置いて首を振る。


 離れたくない、と言うのもあるが、パンパンに目を腫らした顔を見られたくない。


 思わずと言った感じで、ふふっとリヴィエラ様が笑う。髪に頬をすり寄せる仕草に不覚にもドキリとしてしまう。だが次の瞬間、そのトキメキはシューンと地上に撃沈する。


「子供みたいですね」


 何とも言えない気分に唇を尖らせる。その時、髪に顔を埋めたリヴィエラ様がすうっと大きく息を吸い込んだ。


 ? リヴィエラ様? 何して…。


「ふふっ。いい匂い…」


 嬉しそうなリヴィエラ様の声。反射的に身をよじるも、がっしりと体に巻きついた腕は思いのほか力強くびくともしない。


 リヴィエラ様には珍しい甘えるような仕草に、困りながらも笑みを洩らしてしまう。


 まるで犬のように、すんすんと鼻を鳴らしながら髪の匂いを嗅ぐ。そればかりか今度は耳の後ろに鼻を押し当てて、その次は頭を傾けさせて、うなじの辺りで深く息を吸い込む。


 肌を滑る鼻の感触が少しくすぐったい。気恥ずかしいのかくすぐったいのか、どちらかは分からないが、体がむずむずする感覚に身を竦ませながら、なんとか声を押し出した。


 …私ってどんな匂いですか?


「お日様の匂い…ちょっと濡れた犬のような匂いも…あと…この家の匂いが、染み込んでいます」


 お日様…はいいんですが、濡れた犬って、それいい匂いなのでしょうか。それを好きと言ってしまえるリヴィエラ様もどうなのか…。つらつらと考えていると。


「明日」


 顔を上げると、慈愛に満ちたリヴィエラ様の美しい(かんばせ)があった。”美人は三日で飽きる”という話を聞いたことがあるけれど、あれ嘘だよね。全く見飽きる気がしない。


 この美貌が、鼻水まみれの小汚い小娘を先ほどさんざん嗅ぎ回っていたなんて…うん、忘れた方がいい。


「明日晴れたら、お出かけしましょう」


 どこに行くのですか?


 そうたずねてみたが「明日のお楽しみです」とリヴィエラ様はただ笑うばかり。たくさん泣いたのと、リヴィエラ様の体温が心地よくて、どろりとした眠気が戻ってきた。


「そばについていますから、少しお眠りなさい」


 それでも眠いのを我慢していると、抱き締める腕に力を込めて、リヴィエラ様が耳もとで囁きかけた。


「大丈夫――私がいます。だから安心していいですよ」


 いつもの言葉にホッとして目を閉じると、すとんと意識が落ちた。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話は明日、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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