閑話3・燕の天敵は、雀の子 (後)[イレイン一人称]
『こじらせ男子』
相手のことが好きでも素直に気持ちを伝えることが苦手な男性のこと。
ちなみに自分に自信がない、傷つきたくない、断られたくないなど、理由はさまざまだ。
[特徴]
物事を否定的に考える、その厄介な性分のため、物事をもつれさせて面倒にしたり、解決できなくしてしまう才能あり。
[補足1]
そもそもこの“こじらせ”という言葉自体、物事をややこしくさせるという意味を持っている。
[補足2]
簡単にいうと「こじらせ男子」=「めんどくさい男子」。
[まとめ]
どこかひねくれていたり、扱いが難しかったり…。
同じ種であるこじらせ女子と同様、恋愛に対して卑屈になるくらい内面は極めて繊細である。
灰色熊が額を押さえて、呆れたようにはあぁっと息を吐いた。
「初恋を拗らせて、そのまんま大きくなった、こじらせ男子って。はあ…どんだけ面倒くさいんだよ…」
「あんたが小さい頃イレインを泣かせたのも、男の子が、好きな女の子にいじわるしてしまうってやつだもんね」
溜め息つく猫の尾。
「いまだに名前だって呼べないくらいだもんな。どんだけ奥手だよ」
よせばいいのに、さらに言い募る灰色熊を凶悪な顔が振り返る。その顔を間近に見てあまりの恐ろしさに体が震えた。
「お前ら! 本人目の前にしていい度胸だな…っ!!」
手の中でぷるぷる震える私に気づくと、はっとしたように子雀が怒鳴るのを止めて、大きく息を吐いた。
「……わり」
手の中の私に子雀は小さく告げると、乱暴に髪をぐしゃりと搔き乱す。少し頭が冷えたようだ。というかちゃんと謝るとこ初めて見たかも。
「お前もビビらせちまったか~。はあ――」
「全然、ダメダメじゃん、俺」と子雀はそう言って自嘲気味に笑った。その左肩に灰色熊が、右の肩に猫の尾がぽんと手を置いた。
「俺らはロゥの涙ぐましい努力、傍で見て知ってっからよ」
「里の皆があの子を遠巻きにしてるのを、ロゥ、そんなの可哀そうだって、何度も話しかけようとしてたもんねぇ」
それを聞いて、ふと気づいた。
そう言えば、皆に腫れ物扱いされる中で、ランドを除いてただ一人近づいてきたのは、彼だけだったことに。
子雀――ロゥっていうのか。
ロゥは意地悪ばかりだったけれど、いるのにいないように扱われる中で、彼と彼の仲間だけは、必ず自分としっかりと目を合わせてくれた。
声をかけてくるのも彼らだけで――。
泣くまいとシパシパと瞬きを繰り返す――嬉しかった。
「――なに、泣きそうになってんだよ…泣き虫め。…っとにお前見てると、アイツを思い出してしょうがねえ」
苦笑しながら、すりっと指が頭を撫でる。だから、なんでアンタは鳥の顔面を読めるんだ??
「――残念だったのは、照れて憎まれ口しか叩けなかったってことだけどなぁ。あの態度じゃあ、絶対、お前の気持ち、相手に伝わってなかっただろうよ」
「むしろ、あれで分かったらスゴイと思う…うん」
それは私も同感です。
「……だ」
ポツリとロゥの口から言葉が洩れた。
「「え?」」
(ん?)
「――だから! 気に入らなかったんだよ。だって…アイツのそばにはいっつもランドがいて。でもってアイツも、すぐに奴んとこに逃げ込むんだもんよ」
「………」
「………」
長い沈黙の後、「あ――…(ヤキモチかぁ)」という語尾に何かを含んだ残念な声と共に、三人の間に深い溜め息が落ちた。
◇
リヴィエラ様がちらりとこちらに視線を向けて頷いた。そろそろおしまいという合図だ。
最後にもう一度と、灰色熊と猫の尾、二人の手に委ねられた。二人はロゥに背を向けると、こっそりと言った。
「イレインのそっくりさん。いい時に来てくれてありがとな。あいつ、めちゃめちゃ気落ちしてたから」
「ロゥも最後にちゃんとお別れを言いたかっただろうから、きっちり挨拶させてやってね」
そして再びロゥの手に戻される。
二人は気を利かせたのか、少し離れたところでおしゃべりをし始めた。
今はロゥと二人きり。赤茶色の盛大に跳ねた髪に、少し吊り上がった気の強い瞳。まじまじと見上げると、ばちっと目が合った。
ロゥは目の高さに持ち上げると「おい」と言って頭をつつく。その力加減はやっぱり優しく繊細だ。
「お前のこった。さぞ、俺にもう苛められないって、せいせいしてんだろうなぁ」
目をぱちくりとする。ああ――これは燕にではない。イレインへの言葉だ。
「お前はトロくさくて、泣き虫だから――心配だ。大丈夫かよ? 怪我したりしてないか? ムカつくが、ランドがいるから、大丈夫だよな、きっと」
その瞳がふわりと柔らかくなった。
「”泣き虫”が帰ってきたようで、俺、嬉しかった。帰ってこねえかなぁなんて思ったこともあったけど、お前が戻ってくることがあったら…きっと何かあったってことなんだろ?――だから」
一瞬、真剣な眼差しになる。
「イレイン、お前は、絶対戻ってくんなよ」
せわしなく瞬きを繰り返す私を見て、小さく笑う。
「生きていてくれたら、それでいい」
さんざん私が子雀と呼んだ少年は静かにそう言った。
肩越しにロゥはリヴィエラ様を振り返る。そして少し離れた師にいつものようにふざけた口調で言う。
「リヴィエラ様~」
「何でしょう?」
「こいつって、名前ついてるんっすかー?」
「いずれ、野に帰す小鳥に名前はつけませんよ」
「そっか、そうですよね。じゃあ名無しの”はぐれ燕”、気をつけて渡れよ」
二ッと笑うと、ロゥは、リヴィエラ様の手に小鳥を戻した。
小さくなる三人の背中を見送る間、リヴィエラ様は手の中の私に声をかけなかった。とても返事が出来そうになかった私には、それがとてもありがたかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次話は「あなたと見た景色を忘れない (前・後)」を三日後に更新予定です。
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




