閑話2・優しいキスが降り注ぐ (後)
こちらも三人称イレイン視点のお話です。
リヴィエラの溺愛は、昼間だけに止まらなかった。
夜は夜で、共に眠りましょうのひと言で、問答無用でイレインを寝所に連れ込んだのである。
寝所には、すっかり寝支度を整えたリヴィエラと、大きな寝台にちょこんと丸くなる岩つばめの姿があった。心なしか小鳥の顔つきがげっそりとしている。
「今夜はいい月夜ですね。月明りが眩しいようでしたら、窓掛けを引きますが、どうしますか?」
銀の髪を払って、窓辺に立つリヴィエラがイレインを振り返る。月光に包まれて、闇に浮かび上がる姿に、ごくりと小鳥は唾を飲み込んだ。
あの……リヴィエラ様…?
「はい、なんでしょう?」
私、というより鳥の分際で、師の寝所にお邪魔するなんて…恐れ多いです…。
最後は消え入るように小さくなってしまう――リヴィエラの無言の圧がすごくて。
それでも言い切った自分をよく頑張ったと褒めたたえたい。
リヴィエラは笑顔を崩さず言った。
「それについては、何度も説明した通りです」
心配だから。その気持ちは嬉しい――だが。
リヴィエラのこの鉄壁の防御を越えてまで、わざわざこの家に侵入しようとする不逞の輩などいるのだろうか。
――絶対、いないよね?
リヴィエラはふうと息を細く吐いた。愁いを帯びた顔は月明りに照らし出されて、それは壮絶なまでの美しさだった。
あまりの美しさに、不覚にも小さな岩つばめの心臓がまたもやトッコトッコと波うち始めてしまう。
うん――こんな状態で一緒に寝るなんて絶対、無理。どうにかして回避しないと、またもや恥ずか死んでしまう。
などと考え込んでいると、何気なく目を向けた先で、リヴィエラの青い双眸とふと目が合った。
いつからこちらを見ていたのか。感情の一切を削ぎ落とした静かな眼差しが、探るようにこちらを見つめている。
心の内をすべて暴き出そうとするその眼差しに、思わずイレインの体が震えた。
かと思うと、次の瞬間には嘘のように不穏な空気が霧散する。リヴィエラの顔に、先ほどの表情は欠片も残っていない。
いつも通り穏やかなものだった。――まるで見間違いだったかと錯覚するほどに。イレインは何度か目を瞬かせた。
「……むしろ、私が心配しているのは外から何かがやってくることではなく、あなたがふらふらと出て行かないかということです」
ええ? 問題は私ですか?? ――というか羽。この傷ついた翼で、どこに行けるというのでしょう。無用な心配では?
窺うようにリヴィエラをのぞき見るが、やんわりと首を振られてしまう。
「油断できません」
信用されてない! ランドだけじゃなく、この方もこんなに過保護だったのか。
「――イレイン」
名を呼ばれてシビビッと体を震わせる。リヴィエラはその形のいい唇を開いた。
「あなたを信用していないわけではありません。正直に言いましょう…あなたのそばを離れたくない――それが一番の理由です」
んなっ?!
驚きのあまり、飛び上がりそうになると「怪我をした翼を動かしてはいけません」と大きな手が体を包み込んだ。
「ひと時とは言え、こうしてあなたが戻ってきてくれたのです。一分いえ一秒でも長く、共にありたいと思うのは――やはり私の愚かな我が儘なのでしょうか」
寝台からすぐそばの床に跪き、祈るように両手の中に小鳥を包み込み、すぐ目の前で切なげに訴えかける。
心持ち顔を傾けながら、美しい顔がのぞき込むように残った距離を縮める。わずかに開かれた唇を間近に見て、昼間の出来事が急によみがえった。
瞬間、ぼんっと小鳥の頭から火が噴いた。
「あなたが夜の間にいなくなるのではと思うと、心配で眠れない…なのにあなたときたら、逃げることばかり考えて…」
切ない口調でやんわりと責めたてながら、月を映して煌めく眼差しが至近距離から射抜いてくる。
「つれないものですね」と耳に低く声を落とされた。腰の辺りがぞわぞわして落ち着かない。はて、岩つばめの寸胴に腰などあっただろうか。
そう思う間もなく、ちゅっと濡れた音を頬に聞いた。
んん?! 目を見開いて、リヴィエラを見上げると今度は鼻の頭に、ちゅっと音をたてて口づけが降ってきた。
じいっと宝玉のような瞳が、視線を捉えたまま、逸らすことなど許さないとばかりに視線を釘つけにする。
け、けしからんです。その色気…! 熱い吐息がかかるほど、耳のそばに唇が寄せられた。
「そんな娘には――お仕置きです。あなたは少し、私の想いの深さを思い知るといい…」
「!!」
背筋に戦慄が走った。
その後、またもや逆上せてぐんにゃりとなった自分をそっと枕元に横たえ、リヴィエラは悠然とすぐ隣に身を滑り込ませる。
「お休み。イレイン」
声と共にあっという間に睡魔が訪れる。もしかしたらこの眠気は師の術のせいかもしれないと思いつつも、抗う術もない。
墜落するように、次の瞬間には眠りに落ちていた――そして。
朝の柔らかい光に目を覚ますと、一度見たら頭から離れない、輝くばかりの美しい貌が目に飛び込んできた。
その人も起き抜けなのだろう。少しトロンとした無防備な顔が、イレインと目が合うと、ゆったりと微笑む。優しい眼差しが、自分を愛おしげに見つめる。
すわ。これは朝から何のご褒美…いや拷問か…っ?!
控え目に言っても、目がつぶれそうです。
――朝から、人外の美貌が、全力でとどめを刺しにやってくる。
イレインはゆっくりと顔を覆った。
読んでいただき、ありがとうございます。
二章後半のうっぷんを晴らすように、甘々のデロデロです。
次話は「燕の天敵は、雀の子 {前・中・後}」を三日後に更新予定です。
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




