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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
2章 異国[羈旅 (きりょ)]編
46/132

2-26 鬼畜

R15指定に引っかからない程度の性的暴行描写があります。

苦手な方はご注意ください。

「剥げ」


 男の言葉が無情に響いた。


 声とほぼ同時に、笑顔が5割増しになった半笑い(アㇻケミナ)は、外套を掴むとフェイバリットの必死の抵抗などものともせず、一気に引き剝がす。


 その勢いで、フェイバリットは床に転がった。急に薄暗い外套の内側から引きずりだされ、日差しの眩しさに目がくらむ。


 やがて日の明るさにも慣れてきて、改めてうっすらと目を(ひら)くと、そこにはぽかんと大きく口を開いた男二人の姿があった。


「赤い瞳に白い髪とか、これマジか? お頭、夢じゃねえよな?」

「おお…こいつぁ…スゲえぞ…っ」


 それぞれ、ひどく興奮した声をあげる。

 先ほどとは打って変わり、まるで珍獣でも見るかのような眼差しで、二人は目の奥をギラつかせた。


「ついに俺らにも運が巡ってきたぞ。なあ――お頭よぉ…!」

「ああ…ははっ、スゲえぞ!」


 目の前で、浮かれたように二人が好き勝手なことを言い合っている。そこでフェイバリットは、今、自分が陥っている危機的状況に、遅まきながらに気づいた。


 ――人身売買


 物騒な言葉が脳裡に浮かんだ。逃げなければと反射的に視線をぐるりとめぐらせると。いつものようにニヤニヤ笑いを浮かべる半笑い(アㇻケミナ)の視線とぶつかった。


「そうと分かれば、()()()()、念入りに調べとかないとなあ…」


 ねっとりとした物言いに、ぞわりと肌が粟立つのが分かった。


 防衛反応だろうか。自身を掻き抱くようにして、フェイバリットは立ち上がる。目の前の獲物が動いたのを合図と取ったのか、男が動き出した。


「なにも持って、いません…」


 もう一度繰り返した。だが男の歩みは止まらない。止まる気もないようだった。


 フェイバリットにしては素早い動きで、とっさに横へと逃れようと動いた。逃げる獣はいつでも必死だ。


 だがそれを待っていたかのように、半笑い(アㇻケミナ)が先にフェイバリットの服の裾をつかまえて、床の上に引き倒す方が早かった。あっけなく倒れた小さな体に、男が馬乗りになって体の下に組み敷く。


 見上げる赤い眼差しが恐怖の色を浮かべて、小さく震えながら涙を滲ませた。それを真上から見下ろす男は口の端にいたぶるような笑みを刷いて、舌なめずりをする。


 嫌だとフェイバリットはその意思を首を振ることでしか伝えられなかった。半笑い(アㇻケミナ)が可笑しそうに笑う。


「煽ってんの? こっちは余計、興奮すんだけど――」


 その背中に「おい」と怒りんぼ(イルㇱカ)の声が飛ぶ。


「そいつは”商品”だ。生娘(きむすめ)じゃなくなると値が下がるってことくらい分かってんだろうな?」

 

 ”生娘”という聞き慣れない言葉と内容に、頭がついていかないが、なんとなくこれで男の動きが止まるのではないかという空気をフェイバリットは感じ取った。


 期待を込めて二人のやり取りを見守る。半笑い(アㇻケミナ)が体を起こして、渋い顔をする男に振り返った。ほっとしかけたその耳にとんでもない言葉が飛び込んだ。


「もちろん。だからとりあえず身ぐるみ剥いで、持ち物検査するくらいでさぁ。そのついでにちょこっと味見するくらいならいいっしょ――?」


 「こちとら女日照りで」と男は頭を掻きながら、怒りんぼ(イルㇱカ)に媚びるようにつけ加える。半分くらいしか理解できないが、不穏な空気にフェイバリットは気が気じゃなかった。


 じっとしかめっ面がこちらを見下ろした。瞬きすると、涙が溢れる。ふいっと怒りんぼ(イルㇱカ)がそっぽを向いた。


「……ほどほどにしとけよ」

「!!!」


「てことで、持ち物検査~」。この上もなくいい笑顔で、半笑い(アㇻケミナ)がこちらに向き直る。伸びてくる手から逃れようと、フェイバリットは激しくもがく。


「活きがいいなあ」と男は笑いながら、(すね)で強くフェイバリットの腰を押さえつける。打ちつけたあちこちが痛かったが、そんなことに構っている場合ではない。


 男を振り落とそうと激しく体を揺さぶったが、押さえつける力はいっこうに緩まない。それどころか振り回す腕をあっさり摑まえると、片手で両手首をまとめ上げて床に押しつける始末。


 動きを封じると、半笑い(アㇻケミナ)はフェイバリットの体をじっくりと見下ろした。品定めをするように、体中を舐めるように視線が這っていく。

 男の視線に体の怖気(おぞけ)が止まらない。


「こっからの成長に期待ってとこだなぁ…少し青いけど、これはこれで…まあ――食えなくもねぇな、うん」


 男の空いた片手が、さわりとフェイバリットの腰を撫で上げた。その途端、悪寒が走った。


 何が持ち物検査だ。持ち物を探る手つきとは明らかに触り方が違う。体の底から震えが立ち上ってくるのが分かった。


「いっ…やっ、いやあっ…っつ!!」


 喉もとに一気に絶叫が突き上げてくる。息のかぎりに悲鳴を響かせて、激しく抵抗する。男はむしろ頬を紅潮させて、フェイバリットの反応を楽しんでいるようだった。


 足の内側にのびた手が、じっとりと汗ばみながら下から撫で上げるように布の中をくぐって這い上がる。その感覚に全身が総毛立つ。


「――――!!」


 どんな力が男の手を振り払ったのか、フェイバリットは男の体を突き飛ばした。男が尻もちをついた隙に荷台の端まで走る。荷車はまだ走り続けていた。


 後ろで半笑い(アㇻケミナ)が立ち上がる音が聞こえた。ちらりと肩越しに振り返ると男が薄笑いを浮かべながらこちらにゆっくりと近づこうとしているのが見えた。


「おい――こっちに()な」

 

 手を差し出される。先ほどの虫が這うような感触が思い出されて、そのおぞましさに身が震える。フェイバリットは首を振った。嫌だ――とても耐えられない。


 こんな時なのに、フェイバリットは、ふと思い出した。山中で隙間なくフェイバリットの体を抱き締める、がっしりとした逞しい腕を。


 恥ずかしかったけれど、あの腕を嫌だと思ったことはなかった。そうかとフェイバリットはようやく気づいた。


(男の肌に慣れたんじゃなくて、ランドだから受け入れられたんだ…)


 ちらりと床に転がされた男の姿を見た。手足を拘束されながらも、こちらに来ようと必死になって体をよじるのが見えた。ランドの前で誰かに辱められるなんて死んでも嫌だ――。そう思った時には荷台の(へり)に足をかけていた。


「あ――おい…っっ!!」


 背後で慌てふためく男の声がすがってくる。少し前に傾けるだけで、ふわりとその体が荷台の外に吸い込まれるように落ちた。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話は明日、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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