2-21 愧死[きし]それは恥ずかしさの余り死ぬこと
アップ後17:30に一部、加筆・修正をしました。
☆「 ――― nuyna(姿を隠す) haw us (消音)」と術名を最初の方に二つをまとめて表記しました。
※後に出てきていた隠形の科白は削除しています。
☆頭巾を取り払う一文を追加。
ランドは怒りんぼたちの天幕から離れるようにどんどん歩いて行く。
焚き火の明かりも遠くなり、辺りの闇が急に濃く感じられた。いや明かりがあったからこそ、闇が深く感じられるのかもしれない。
ランドは夜目でも利くかのように危なげない足取りで進む。ようやく立ち止まった時はもう音も届かないほど、先ほどの場所から離れたところにいた。
足を止めた場所で、低く発動の呪を唱える声が聞こえた。さらに間を置かずに術名が放たれる。
「 ――― nuyna (姿を隠す) haw us (消音)」
唱え終えると突然、力が抜けたように、ランドがその場に座り込む。ぎょっとして目を瞠るフェイバリットの耳に、ランドのこれ以上ないほど安堵した声が飛び込んだ。
「あ――。良かった……ヒヤヒヤした」
どうやらこれはフェイバリットに話しかけた言葉ではないようだ。何が起こったのか今ひとつ理解できないフェイバリットは、疲れ切ったように顔を押さえるランドのそばに腰を下ろし、その顔を横からのぞき込む。
「尾白鷲? 大丈夫?」
フェイバリットのひそやかな呼びかけに、ランドが指の隙間から、ちらりと目をのぞかせる。
ほっとしたように目元を緩めると、その手を伸ばして、フェイバリットが深くかぶった頭巾を取り払う。
闇の中に浮かぶ彼女の素顔をじっくりと眺めながら、ランドがやんわりと言った。
「もう、普通に喋っても大丈夫だぞ。ずっと喋りたそうだったもんな――」
「え? 気づいてたの?」
ランド以外の前では、フェイバリットの姿は外套に包まれている。なのに、話したくてうずうずしていたことがまるで見えていたような口ぶりだ。
一体、どんな技を使ったのだろうか。無意識に問うような視線を向けたのだろう。ランドがふわりと笑った。髪を優しく手で梳いてくれる。
「なんか…圧がすごかった。だからいつ、ぽろりと声を出すんじゃないかって、気が気じゃなかった」
そう言うと、ほうっと、それは深い深い息を吐く。その言い草に思わずフェイバリットは恥ずかしくなってしまう。
「そ・そんな! 子供じゃないんだから黙ってるくらい…っ!」
……出来ただろうか。急に自信がなくなって最後まで言い切ることは出来なかった。言葉を途切らせたフェイバリットの頭に、ぽんっとランドの大きな手が乗せられた。
「冗談だ――からかってすまない。さて言いたいことがあるんだろう?」
いつもの優しい声だ。思えば怒りんぼたちと一緒にいるランドは常にどこか張り詰めている。きっと、彼の性格上、フェイバリットを守ることに気を張ってしまうのだろう。
「――。さっきの仲間入りしないかって申し出を…断ったの、なんで?」
「ああ。やっぱりそれか。それはさっきも言った通り。俺がここに来たのは商人になるためじゃない」
「それに」とフェイバリットの頬に手を添えると、瞳をのぞき込みながら続ける。
「お前の色を隠す手立てが見つかっていないのに、他人と旅をするのは危険すぎる。そんな危険を冒せないだろ?」
ランドの言う通りだ。けれど、そう思う傍らでフェイバリットは申し訳なく思ってしまう。結局ランドの選択のすべてはフェイバリットが軸になっている。
フェイバリットはそれが義務になってしまっていないかと、時々不安になってしまう。ランドに頼り切っている自分が何を分かったふうなことを言うのかと思うが、これが紛れもない本音だ。
けれどランドの面倒見の良さに胡坐をかいて、見て見ぬ振りが出来るほどず太い性格でもない。
この先、ランドがやりたいことが出来た時にも自分が枷になってしまいそうで…フェイバリットにはそれが怖かった。
時間は過ぎ去ってから取り返しのつくものではないから。重荷に――なりたくない。
言いたいことはたくさんあるが、言っても困るのは自分だ。それにランドのことだ。自分が決めたことだから後悔はないと、きっとそう言う。
結局、自分は彼自身にそう言わせて納得したいだけなのではないか。自分がどんどん卑怯者のように感じられて――苦しい。
「小鳥」とランドが目の高さを合わせて呼びかける。目が合うと、ランドの瞳がふっと笑んで細くなった。
「自分が、誰かの重荷になっていると思わないで欲しい」
まるで心を読んだような言葉に、フェイバリットは軽く目を瞠る。その目を見て、ランドがくすりと小さく笑う。
「”川岸に立つ鳥”――あの方にとって、お前は最愛なんだ。そして俺もまたお前を何よりも大切に思っている。慈しむ相手への奉仕を負担に思う者がどこにいる? すぐには無理だろうが――お前を愛しく想うこの気持ちを踏みにじるようなことはしてくれるな」
”川岸に立つ鳥”――それは他でもないリヴィエラのことだ。名前を聞くだけですぐに涙がこみ上げてくる。
今すぐにでも会いたい――気を引き締めていないと、おさえていた気持ちが涙と一緒にあふれ出てきてしまう。
(ふ・不意打ち過ぎる…っ)
ランドの言う通り自分が最愛なのだとしたら、フェイバリットにとってリヴィエラは、彼女の全てと言っていいほど大きな存在だ。そして、ランドの大きな愛情は、卑屈な心をこの上なく温めてくれる。
涙をこらえ切れず、目をこすり始めた娘を、ランドは困ったように見る。
「泣き虫め」
泣かせているのはどこの誰だと言いたいが、あいにくそれどころではない。そっと頬を指の腹でひと撫ですると、ランドの手が離れた。
ランドの温かい手がなくなると、急に外気の冷たさが肌に沁み入るように感じる。ぶるりと体を震わせると、ランドが目ざとくそれと気づいた。
「すまない――寒いよな。少し待っててくれ」
そう言うと、ランドはふたたび術を繰り出す。
「 uwekarpare cikuni (木を集める) en=kore (吾に与えよ)」
術が発動した途端、真っ暗な森のあちこちでガサリガサリと身動きする音が聞こえて、何かが闇の中から這い出してくる。
闇に慣れない目でフェイバリットも目を凝らしてみるがよく見えない。音が鳴り止むとランドは小高く積み上がった塊の前に立ち、またも術名を唱えた。
「 ape áre! (火を燃やせ)」
小さな爆発音と共に勢いよく木が燃え上がる。その威力は着火の術どころではない。燃え盛る木を背後に、闇に浮かび上がったランドの両眼は炎を受けてなお美しく、金色に輝いていた。
顔色ひとつ変えず、ランドはあっという間に焚き火を熾してしまった。大きな火を前にたじろぐフェイバリットの前に座りやすそうな太い木を転がすと、そこに腰かけるよう促した。
本当にランドは優秀だ。怒りんぼが欲しがるのも無理はない。
「どうした?」
柔らかく細められた眼差しはいつもの色を取り戻していた。明るい茶色の瞳が炎を映してきらきらと揺れている。
フェイバリットはほっとしながら、なんでもないというように首を振る。金の瞳は美しいけれど、見慣れないせいかどこかまだ恐ろしく感じてしまう。
「あっという間に焚き火が出来たから、ちょっと驚いただけ」
「まあな、本当はちゃんと自分で木を集めて火を熾したかったが、今日はもう遅いから」
「便利なのに?」
「ああ。自分の手でできることは、基本的に俺は術を使いたくない――狩りもな」
「そうなんだ。なぜ?」
「そんなの――つまらないからに決まってるだろう。焚き火だって、自分の好きな形に組んだ方が崩れにくいし、火持ちを良くしたりも出来るしな」
可笑しそうにランドは笑った。そんなものかとフェイバリットは目の前の大きな焚き火を見上げる。そう言われて改めてじっくり見ると、いつもより火が爆ぜる気がする。
「せっかくこの手で上手く出来るよう技を磨いたんだ。それを無駄にしたくない――考えが古いのかもな」
「そんなこと、ない。それが尾白鷲のいいところだもの」
「”頑固者”って言っていいんだぞ?」
ランドの瞳が意地悪そうにニヤリと笑う。いつだったかフェイバリットが言った言葉を蒸し返して揶揄っている。
「頑固って、言いかえれば自分に対して”真面目”ってことでしょ? 」
むっとしてフェイバリットは言い返す。ヘタレだがこちらも負けん気だけは強い。
「たしかに尾白鷲って自分の考えを曲げないけど、それって自分の考えをしっかり持ってて周りに流されないってことだし。それに融通きかないとこだって、一度やり始めたことを、途中で投げ出したりしないところは立派だと思う。うん、やっぱり――」
「まて……っ、わ、分かった! 分かったから――」
ランドの慌てふためく声に、はたっと我に返ってようやく事態に気づいた。隣りを見ると炎の赤だけでない、おそらくランドの顔は尋常でないほどに赤く染まっている。
どうやら必死に語り過ぎるあまり、ランドを褒め殺しにしていたらしい。ランドは顔を押さえると、はあああと大きな息を吐くと、消え入るようにつぶやいた。
「もう勘弁してくれ……」
ランドを殺すのに武器はいらない。言葉で殺せそうだ。危うく自分はランドを仕留めてしまうところだった。そんなつもりじゃなかったのに――謝った方がいいのだろうか。
いやでも自分は彼を追い詰めて楽しんだわけではない。だから謝るのは何か違うような気がする。
「ええと。その…そういうランドが格好いいってことを伝えたかっただけで…」
「――言ってたもんな。真面目で、まっすぐで、男らしいところが好きだって」
ランドの低い声に、ぎょっとフェイバリットは体を強張らせた。ひょっとしてこれは、やり返されている??
――――好き。
つるりと滑らせた自分の言葉が唐突によみがえる。途端におさまったはずの頬の火照りがぶり返すのが分かった。
居たたまれず、立ちあがろうとお尻の横についた手に力を込めた時。がっしりとした男らしい手が、素早く上から掴んで木に縫い留める。
「逃げるな」
「………っ!!」
ランドはこちらを見なかった。というより見れないのだろう。ちらりと盗み見た彼の顔から、赤みはまだ引いていない。
「ここにいてくれ――夜の森は心配だから」
切ない声が夜の闇に響く。
「に、逃げないから…、この手、離して…っ」
じっとりと手から変な汗が出るような気がする。女子としてこれはいかがなものか。いや、手を繋いでいるわけではないから、ぎりぎりアリなのだろうか??
息も絶え絶えなフェイバリットの声に、ランドは無言のまま。手の甲に上から重ねられた手に、緩むどころか、反対に――ぎゅっと力が込められた。
「!!」
もはや声も出ない。
ややあって「言っとくけど、俺も恥ずかしいんだからな」と恨みがましい声が続いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
終盤戦が伸びていますm(__)mもうひと山あります。
3月3日金曜から、二章22~24話の3話を連日更新します。
二章もう少し、お付き合いいただけると幸いです。
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




