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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
1章はじまりの場所[ヘイルの里]編
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3 邂逅

 暗い穴に近づいてみて、それが洞穴どうけつであることが分かった。


(こんなところに洞穴なんてあったのか…)


 背中から吹きつける風に追い立てられ、イレインは少しばかり洞穴の中を見回し、特に動物の気配や生き物がここに住んでいるような痕跡もないことを確認すると中に進んだ。

 風が当たらない場所まで歩くと、その場に崩れるように腰を下ろす。


(寒い…)


 はあっと手に息を吹きかける。かじかんで感覚を失くした手は、ちっとも暖かくなったような気がしなかった。風がない分、先ほどよりわずかだが震えがおさまったような気がする。


 それでも濡れた服を脱がなくては体が凍えてしまう。

 そう思いながらも、どっと疲れが押し寄せて急激に睡魔が襲ってくる。ほんのわずかな間にうつらうつらとし始めたその時。


 洞穴の奥の方から、獣が咆哮するような轟音がとどろいた。


 悪夢から目覚めた時のように、イレインはびくぅと体を震わせて飛び起きた。反射的に音の方に目を向けるものの、洞穴の奥は闇に閉ざされて何も見えない。

 耳のつけ根にバクバクと痛いほどに脈打つ鼓動を感じて、慌てふためくのは自分だけ。辺りはまるで先ほどの出来事が夢だったかのように静寂に包まれていた。

 

 動くべきではない。

 冷静に告げてくる脳内の自分の声を聞きながら、だがイレインは立ち上がると何かに引き寄せられるように、そろりと奥に向かって歩み始めていた。

 

 闇に閉ざされた洞穴の中。灯りを持たないイレインはもちろん右も左も分からない。足元すら見えない。そのはずだ。

 だが不思議と視界が閉ざされていても不安な気持ちがなかった。こちらと思う方向に危なげない足取りで進んでいく。どのくらい進んだ頃か――。

 

 暗闇の中、小さな光がぽつりと浮かんだ。ふらりとイレインの足がそちらに向かう。

 近づくにつれ、その光がその場所でゆっくり明滅していることに気づいた。

 

 光の少し手前で立ち止まり、ここにきてようやくイレインの警戒心が戻ってきた。

 光の正体を見極めるべく、その位置からイレインは目を凝らす。 

 

 光は空中に浮かんで、明るくなったり暗くなったりを繰り返している。それはあたかも心臓の拍動のように、一定のリズムを刻んでいた。


(動いてる……?)


 倒卵形の発光体。

 イレインがさらに少しだけ距離を縮めた時、発光体の内部で何かがぐるりと動いた。それでイレインはこれが何なのか分かった。


 “卵”だ。卵の中に何かの幼体がいる。卵の中の姿が光に透けて赤く見えた。

 イレインが抱えるほどの大きさの卵の中に、細長い円形の頭部とそこから伸びる細長い体が見て取れた。


 よく見ようと一歩踏み込んだ、その時だった。

 先ほど洞穴内に鳴り響いた地鳴りのような咆哮が洞穴内を席巻した。

 あまりの轟音に耳を押さえながら後じさりつつ、イレインは(卵の番人だ)と直感する。


 足元から噴き上がる激しい怒りの気配。番人はただ守るための存在だ。近づく者を排除するために、条件がそろうとカラクリ仕掛けのように襲ってくる。


 大地がゆさり…と震え始めて、足元の岩盤がみるみるうちに砂泥と化していく。

 その地面が突如陥没すると、足元にボコりと深い穴”シンクホール”が現れた。

 

 イレインが身動きすることも出来ず立ち尽くしていると、穴の中からずるりと()()が飛び出た。


(ユムシ…!)

 

 「 ユムシ 」は、干潟など浅い海に体長の数倍の長さもある竪穴を掘り、その穴の中で生息する蠕虫ワームだ。 細長い円筒状の体の上下それぞれにふんと呼ばれる器官を備え、その表面には多数の棘を持つ。移動速度は遅いものの、口の周囲にある短い触手と棘を使って、近づいた獲物を素早く捕らえるのだ。 


 本来なら食性はデトリタス (死骸や残骸) 専門だが、個体によっては捕食かりに貪欲で、獲物めがけて粘液の網を投げ、獲物が十分に絡みつくと回収して網ごと食べる大食漢もいる。


 普通はせいぜい1mくらいと子供の背丈程度なのだが、目の前のユムシは実にその3倍くらい。見上げるほどに大きく、洞穴の天井に届かんばかりだった。


 ユムシの突き出たふんの部分が、周辺を探るようにゆっくりと左右に揺れ――やがて目の前の獲物を探り当てると吻の先についた触手がゆるゆると持ち上がり、攻撃の気配を見せた。


「………あ」

 足が動かない。


(やられる)

 その前方に瞬時、風が舞い降りた。

読んでいただき、ありがとうございます。

次話、戦闘シーンが入ります。

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