2-19 お兄ちゃんは心配性
フェイバリットは怖がりと連れ立って、急いで戻った。
三頭目の鹿が届いたら交渉成立だと言っていた。もう交渉が終わってランドがじりじりしながら待っている頃かもしれない。
お喋りしていて、すっかり頭からそのことが抜け落ちていた。慌てて元いた場所にたどり着くと、先ほどの場所に焚き火が焚かれて、ランドとその他二人の男が火を囲んでいるのが見えた。
ランドはフェイバリットにすぐに気がついて、ちらりと視線を投げかけてくる。その瞳がほっと緩んだのが遠目にも見て取れた。
「ご、ごめんなさい…っ」
ランドの隣に立ち、周りに聞こえないよう小さく声をひそめて謝る。どうしたら謝ることのないよう、しっかりするのだろうか。
自己嫌悪もいい加減飽きてきた。いやそれに付き合うランドはもっとだろう。ぎゅっと固く目を閉じると涙がにじむのが分かった。
目を開けると、目の前が真っ暗だった。ランドが片手でフェイバリットの頭を軽く引き寄せ、胸に彼女の顔を押しつけたのだ。頭頂部に押し当てた唇から、くぐもった声が聞こえた。
「――あまり心配させてくれるな」
漁の一件以来、ランドの過保護っぷりに加速がついてしまった。
心配させているのは自分なので、生意気なことは言えないが、地図のために今日はよくフェイバリットを残していく決断ができたものだと思ってしまう。
そのうちこの過保護っぷりを拗らせて、ひとり行動が禁止されたりしないだろうかと、割と本気で心配になってくる。いや、そうさせているのは他でもない、頼りない自分のせいなのだ。
きっとフェイバリットの頑張り次第で、この関係はもっと良くなるはずだ。きっと、多分――おそらく。
フェイバリットはランドを安心させたくて、やんわりと彼の体をぽんぽんと叩いた。そうすると、やっとランドの腕から力が抜けて、ゆっくりと体が離れる。
火のそばから呆れたような声がかかる。
「心配性な兄ちゃんだな。こっちは大の大人が三人もついてるんだぜ?」
その大人三人が信用できない、とは言えない。いや互いに気づいていて牽制し合っているのかもしれない。
ランドには隠しごとがある。そして男たちにも何かしら腹づもりがあるだろう。互いに見て見ぬ振りをしながらも、その実しっかりと相手の動向をうかがっている。
腹の中は常に探り合い――狐と狸の化かし合いだ。子供脳のフェイバリットには腹にイチモツのある大人たちの思惑は計り知れない。
(でもまあ…)
フェイバリットは怒りんぼのそばに戻った怖がりにちらりと目を向ける。この男は他の二人とは違って、少なくとも悪意を持って危害を加える心配はなさそうだ。
関わってわずかな時間しか共に過ごしていないが、この男の”子供好き”という言葉に嘘はないと、なんとなくそう思えた。
「まあ――座れや」
怒りんぼは火のそばを示して言った。ランドはつかのま黙り込むと、首を振る。背負い袋を背負うとフェイバリットの手を取った。
『いや、地図は手に入った。俺たちはもう行く』
「まあまあ、見ろよ。もう日暮れだ。今から下山したら真っ暗な中を歩くことになるぜ? 今日のところは、ここでもう一泊した方がいいんじゃねえのか? 弟のことを想うんならな」
見上げると、青く眩しかった空は少しずつ色褪せていき、外気の温度もじわじわと下がり始めている。
先ほどまで柔らかい陽光に満たされていた森はいつのまにか翳りだし、後ろを見ると、さっき歩いていたところまで闇が迫っていた。
対して、目の前の焚火の火はその赤さを増して、空気を温かく染め上げる。
ランドがちらりとこちらを見た。
私なら大丈夫。頑張ってついて行く――自信はないけれども。
外套深くで決意を持って力強く頷き、握りこぶしを握ってみせるも――なぜかランドは無言で、どさりと背負い袋を地面に下ろしてしまった。解せぬ。
「そうと決まったら、まあ座れよ。肉でも焼いて食おうや」
怒りんぼが機嫌よさそうな声を出した。ご機嫌続きの声を聞いて、そろそろ名前を変えた方がいいのだろうかと、そんなことをフェイバリットはふと思った。
焚き火の炎が落ち着いた頃、ランドは背負い袋から鍋を取り出すと、黙々とお茶の準備に取りかかる。
手にしているのは松葉――歩いている時に見つけた赤松の木から採取して、天日干しにしておいたものだ。
ランドは根本の茶色い部分を短刀で取り除くと、水を張った鍋に入れて火にかける。このひと手間でだいぶ苦味を抑えられる。
沸騰した湯で1、2分ほど煮込めば、松の葉茶の出来あがりだ。最近ではお茶と言えばこの松の葉茶を飲んでいるが、香草のような独特な風味がけっこう癖になる。
ちなみに坂道を登る時にこの松の葉を口に含み、噛みしめながら歩くと息が切れないとも言われているらしい――まだ試したことはないが。
『よかったら…どうぞ』
ランドが男たちに声をかけると、「悪いな」とそれぞれが器に注いで、もうもうと湯気を立てるお茶を味わう。
今夜の肉は、もちろん鹿肉だ。ランドが部位に肉を切り分けているので、後は味付けをして串に刺し火に炙るだけでいい。
怒りんぼが声をかけると、半笑いが荷の中から筒に入った香辛料を取り出す。自分たちの肉にいい香りのする粉を惜しげもなくたっぷりと振りかけると、ランドにもその筒を投げてよこした。
「茶の礼だ――使いな。美味いぞ」
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