2-16 地図の対価
「ここ、この子たち、きっと人に言えない、じ事情が、ある・あるんだ。きっと」
たどたどしく怖がりがそれでも精一杯、言葉を紡ぐ。
「お前はイラつくから、しゃべんじゃねぇ…っ!」
「ご…ごめんなさい。に・に、お頭」
「―――ったく…!!」
怒りんぼは怒りに任せて唾を吐き捨てると、ぷいっとその場に背を向ける。おかげで先ほど立ち込めた殺伐とした空気が一瞬で霧散した。深くかぶった外套の影で、フェイバリットはホッと息を吐く。
ランドの背中は動かない。その腕に縋りつきながら、フェイバリットは頭巾の影でそろりと目だけをのぞかせた。大男はランドを振り返ると、引きつれたように唇を歪めた――どうやら笑いかけたらしい。
「だだ大丈夫だからね。に、お頭はああ見えて――優しい。いつもオレの言う言うことを、最後にはちゃんと聞いてくれる。だから。安心して、ね」
『助けてもらって、ありがとうございます』
「う・うん」と恥ずかしそうに頷きながら、怖がりはゆっくりと怒りんぼを振り返る。怒りんぼは見るからに不機嫌そうだ。とても近づける雰囲気ではない。
『その…大丈夫ですか?』
「ももうちょっとしたら、謝りに行くから、問題ない、よ。オ・オレ、子供好き。いじめられるの見て我慢できない。だからいいんだ、よ」
目はそのままで、口もとだけがぎこちなく笑みを形作る。ある意味器用だなとそんなことを思いながら、外套の中で男を見上げていると、男がちらっと視線をこちらに向けた。
「おおんなのコ。きょきょうだい?――妹さん?」
ドキリと内心で動揺する。だがその動揺は、深くかぶった外套のおかげで上手く隠せたと思う。
『―――この子は弟ですが?』
「ふうん? なんで外套、かかぶってる? あつ暑くないの?」
怖がりは邪気のない瞳でたずねる。拙い言葉遣いのせいか、見かけとは違って幼さを感じさせた。ランドの無言の返答にもそれを拒否と受け取らず「どうして?」と重ねて問いかける。
『弟は…病気なのです』
「病気? それは可哀そうにいいい――どれ?」
いきなり、ランドにしがみつくフェイバリットの方へとぐぐっと顔を近づけた。とっさにフェイバリットは身動きできず、ランドの腕をぎゅっと掴む。ランドも想定外の動きだったのだろう。一瞬動きが遅れた。
大男の顔が外套の中のフェイバリットをのぞき込む。顔から血の気が引くのが分かった。瞬間、ランドの腕が強く体を引き寄せて、小さな体はあっという間に胸に抱き込まれる。
『お・弟がびっくりする…! いきなり近づくのはやめてくれ!』
「あ――あああ、ごごめんね。弟くん? びびっくりさせて、ごめん、ね? こ・怖くないよ? ほら、何もしない、よ――?」
男が両手を広げて見せると、いっそう体が大きく見え、さらに圧が増した。ランドですら体を強張らせて、抱き込む腕にも力が込もる。それを不思議そうに見て、怖がりが首を傾げる。
「可哀そう…? そんな可愛い顔してるのに…のに、頭巾取れない、なんて。お薬、うちにも、ああるよ。どんな病気?」
(顔、見られた…っ?!)
鼓動が跳ねあがる。誤魔化しようのないほど、ビクリと大きく体を震わせてしまう。たった一瞬だったけれど、顔を見られてしまったのだ。それはランドも同じだったのだろう。一瞬言葉を詰まらせた後で、努めて冷静に振る舞う。
『……っ。病名は分からない。だからこれから大きな街に行こうとしているんだ…っ』
「…そう、なんだ。お薬じゃ治らないんだ、ね。力になれ、なれなくて、ごごごめんね?」
そう言うと、その大きい体を丸くして、しゅんと小さく項垂れる。それを見て、ランドの頭が少し冷えたのだろう。ひと息吐くと、そっとフェイバリットの体を離し、背中の定位置に戻して男に向かい合う。
『いえ。ご厚意に感謝します。もし――可能なら、お願いしたいことが一つあるんですが』
「ああ? なんだと?」
相変わらず、機嫌の悪い声で怒りんぼが言った。
『ですから、取り引きをお願いしたいと』
ランドはふたたび繰り返す。それを聞いて怒りんぼがふっと鼻で笑った。ランドは怖がりに”売っていたら買いたいものがある”と伝えたのだ。
「まだこちとら耳が聞こえねえってほど耄碌してねえよ。おめえらみてえな子供に売るもんなんてねえっての」
『タダとは言ってない。地図は欲しいが、それが厳しいなら見せて欲しいと言っただけだ。もちろん対価も支払う』
その横で怖がりがハラハラとした様子で、半笑いは楽し気にニヤニヤと笑いながらそれぞれこの場を見守っている。
「は…ん。おめえ、金持ってんのか?」
『その前に、本当に地図を持っているのかこちらも確認させて欲しい』
「ふん…まあいい」
そう言うと、男は荷の中を探ると一枚の皮紙を取り出した。「これだ」と短く言って目の高さに持ち上げる。
「で? どうなんだ。金はあんだろうな?」
フェイバリットの脳裡には、リヴィエラからもらった路銀が浮かんだ。だがフェイバリットがこの場で出しゃばって口出しすることではない。それにそれはランドに全て預けている。ランドの頭にもそのことはしっかりあるだろう。だがランドの口から出た言葉は。
「ある――だが今回は別の物で支払わせて欲しい」
ランドの淡々とした物言いに、怒りんぼはすうっと押し黙り、じっと目の前の青年を凝視する。ランドは目をそらすことはおろか、身じろぎひとつしない。
「ふ、ふふ。なかなか肝の据わった子供だ……じゃあ何で支払うつもりだ?」
『対価を支払えば、偽りなく地図を見られるんだな?』
「ああ、もちろん。ちゃんとしたもんだったらな。俺も商売人だ――約束しよう」
男の言葉に、しばし考え込んだ後、ランドは半笑いを振り返る。
『鹿は売り物になるのだろうか?』
「待――」
「お? おお。肉も毛皮も売り物になる……ぞ?」
とっさに質問されて、半笑いはあっさりと正直にそう答えた。交渉を有利に持っていきたい怒りんぼにとっては、男の軽口は痛恨のミスだっただろう。
怒りんぼが「馬鹿が」と吐き捨てるのを聞いて、どうやらやらかしたと気づいた時にはすでに遅く、半笑いは口もとをひくつかせるしかなかった。
『では――鹿三頭。肉は俺たちも持てる分だけもらっていく。それで地図はどこまで見られるのか、あるいは買えるのか、偽りなく正確に答えてもらいたい』
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