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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
2章 異国[羈旅 (きりょ)]編
34/132

2-14 藪をつつくと何が出る

変幻以外の呪術が割とたくさん出てくる回です。

過去回で使われた呪言も再登場します。

 全開するとその翼は7尺(約2メートル)ほどになるという――尾白鷲は上昇気流をその大きな翼で捕らえると、回りながら一気に空の高みへ翔け上がった。


 上空に到達して一度風に乗れば、あとは羽ばたくこともなく、風を切ってぐんぐんと力強くどこまでも飛んでいく。


 またたく間に山の頂きまでたどり着くと、白く輝く尾羽を広げながら悠々と青空を旋回する。その姿は優美極まりない。


 尾白鷲は、何度か旋回を繰り返した後、翼と尾羽を上手に使い、向かい風の力を利用して、そのまま凧のように浮かびながら、空中の一点でぴたりと静止した。


 じいっとその淡い黄色の瞳が眼下を穴のあくほど見つめて―――やがて、何かを捉えたらしい。ふたたび羽ばたき始めると、今度はその翼が滑るように、地上目指して下降する。


―――その(くちばし)に、袋のようなものがしっかり咥えられているのは、ここだけのこぼれ話だ。


 地面に鷲の脚が着くと同時に、その輪郭がじわりと滲む。同じ場所に栗色の髪をした見慣れた青年の姿が現れた。


「 ―――nuynaヌイナ (姿を隠す)、 haw(ハウ) us(ウㇱ) (消音)」


 人に戻った途端、ランドは次々に(しゅ)を紡ぐ。

 発動の(しゅ)もなく術を発動させるランドを、フェイバリットは驚いたように見る。


 それに気づいてこちらを見返す瞳には、いつもの茶色ではなく金の虹彩があった。その金眼にフェイバリットは思わず息を呑む。


「ランド…その目」


 金色の瞳には人の姿をしたフェイバリットのぽかんとした顔が映り込んでいる。どうやらランドに釣られて変幻が解けてしまったようだ。


「ああ――フェイバリットは知らないのか。俺は今、”神”と繋がっているんだよ」


 一つの術を行使するたびに発動の呪を毎回唱えるのは、時間がかかり過ぎる。


 発動の呪を唱えた後も神と繋がり続けていれば、術名だけで技を行使できる――それがランドの弁だった。ただし神と繋がっている間はずっと呪力が削られ続けるのだという。


 そんな方法があることを初めて知った。もちろん教えられてもフェイバリットには出来ない。この方法は呪力が多いランドだからこそ出来るのだ。


「リヴィエラ様から教わったの?」

「知識として――な。だが試したのはこれが初めてだ」


 今も呪力は削られ続けているだろう。だが目の前のランドに疲弊する様子は見えない。さすがはランドだ。


 頼もしく思う反面、やはり心配が先に立ってしまう。これはきっと、呪力をごっそり失った時のツラさを身に染みて知っているからだ。


「……大丈夫?」

「大丈夫だ。俺はこのまま狩りに入る。お前はここで見ていてくれ」


 金の瞳をいっそう輝かせてランドが言う。その目は獲物を前にした猛禽類そのものだった。


 ランドは背負い袋をするりと下ろすと、中から水の入った革袋を取り出す。重さで中の量を推し量ろうとしているらしく、革袋を真剣な顔で持ち上げている。


 フェイバリットは黙ってその様子を見守った。狩りと聞いて槍や弓などを思い浮かべたが、ランドが持っているのは水の入った袋だけ。きっと不思議そうな顔をしていたのだろう。ちらりとこちらを見ると「これか」と笑う。


「弓を使うのが狩りの本分なんだが、さすがにそれは持ってこれなかったんだ。だがまあ――見てろ。俺に考えがある」


 そう言うと、大きな手が外套ごしに頭をぽんとひと撫でする。前を向きながら、ランドが指でその場所を示した。


「すぐ()()にいる――見えるか?」


 ランドが指さす方を見ると、五(じん) (約20メートル) ほど離れた木立の向こうにその獣―― 鹿がいた。鹿が首を動かさなければ、風景に溶け込んで気づかなかったに違いない。


 思った以上に近くにいて、フェイバリットは顔をひきつらせた。鹿は音に敏感だ。わずかな衣擦れでも気取って走って行ってしまう。


 音を立てないようにと意識するあまり、フェイバリットはすっかり身動きが取れなくなってしまった。それを見て、ふっとランドが口もとをなごませる。


「そこまで気を遣わなくてもいい。”消音”と”隠形(おんぎょう)”の術を張っている。だが――大声は出すなよ」


 ニヤリとランドの目が笑う。完全に揶揄(からか)っている目だ。文句を言いたいところだが、あいにく今のフェイバリットにその勇気は、ない。


 目だけ動かしてそちらを見ると、樹林の間から鹿がこちらを凝視していた。見えていないはずなのに、ドキリと心臓が跳ね上がる。


 鹿は立てた耳をいっぱいに開いてこちらの物音を探っている。こちらに顔を向けて、音を拾おうと耳がぴくぴくと動いているのが見えた。なにか不自然な怪しい気配を感じているのかもしれない。


 しばらくじっとしていると、鹿の警戒心が先ほどよりも解けたようだ。こちらに向いていた耳がぱたっと動くと、今度は周辺全体の音を探って左右別々に動き始める。


「よし――行く。お前はここでいろ」


 もうランドはこちらを見なかった。そろりと動き出した体は確かに下草を踏んでいるはずなのに、どういうわけかカサリとも言わない。


 鹿はしばらく耳を動かした後、また両耳をこちらに向けて、動きを止める。


 緊張するあまり、無意識のうちに呼吸を詰めていることにフェイバリットは気づいた。息をゆっくり吸って―― 吐く。太い木が鹿の前に二本立っていて、その間に獣の姿が見える。


 いつの間にか、ランドが半分の距離まで詰めていた。その手に持った革袋の紐を解くのがここからでも見えた。何かの術が発動して――中の水が球体になって空中に浮かび上がる。


 その先で、狙われていることを知らない鹿が、耳を揺らしながら無防備にたたずんでいる。草を()もうとしたのか首を下げた――時だった。


 二つの音がほぼ同時にフェイバリットの耳に飛び込んだ。


 ひとつは、ランドが素早く片手を突きだし、術名を唱える声だ。そしてもうひとつ、その詠唱が完結するより一瞬早く、左側の斜面から何かがガサリと草を掻き分ける音が、その場に割り込んだ。


 思いがけないところから聞こえた音に、ランドの手元がわずかに狂う。ぼっという激しい音が手前の木に突き刺さる。狙われていたことを悟った鹿が走り出した。


「ちいぃ……っ!!」


 ランドが激しく舌打ちしながら、跳ぶように横に走る鹿を追って手を突きだす。


yachi-kor(ヤチコ) wakka(ワッカ) !( 粘りのある水 )」


 その言葉が放たれるやいなや、水球からちぎれ飛んだ水の一部が、鹿の顔面めがけて覆いかぶさる。


 鼻と口をすっぽりと水球に覆われて、鹿は足をもつれさせてその場に激しく横倒しになった。


 ランドは足止めした鹿に向かってさらに呪を放つ。


wakka(ワッカ) ay(アイ) (水矢)―― tukan(トゥカン)!! (放て) 」


 どんっと爆音が森の中にこだました。その途端、起き上がろうと前脚を動かしていた鹿の体がごろりと膝から崩れ落ちた。


 それを尻目に見ながら、ランドは鹿に向けた手をすうっとずらし、音のした斜面へピタリと狙いを定める。


wakka(ワッカ) ay(アイ) (水矢)!!――何者だ?! 」

 

 その手に次の矢が継がえられたことがフェイバリットにもはっきりと分かった。熊か――それとも別の生き物か。


 とその時、斜面の茂みから、人と思われる手が現れた。


「ま、待て……敵じゃない…っ。う、撃つな……撃たないでくれっ…」

読んでいただき、ありがとうございます。

第一村人ならぬ異国人の登場です。


次話から二章2-17話まで、3話連続で連日更新します。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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