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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
2章 異国[羈旅 (きりょ)]編
33/132

2-13 上を向いて歩こう

 藪の中を掻き分けて、道しるべにとたどってきた古道は、進むうちに完全にその姿を現した。小屋から離れれば離れるほど、道は開けて歩きやすくなった。


 歩きやすくなるにつれ、山は遠ざかり、森も次第に浅くなる。こちらの今の季節がちょうどよい時期なのか、山や森、そして川でも食材には事欠かない。少なくとも飢えることはなさそうだ。


 だがこの先、道はどんどん自然豊かな場所から離れて行く。釣った魚は燻製や焼き枯らしにして保存食にしている。山菜はちょっとした道の脇に生えているものもある。だがそれでも残り少ない食料を思うと心もとない。


 ランドが考え込むようにして山を眺めている。真剣な横顔を見て、フェイバリットは声をかけていいものか悩んだ。こんな時相談に乗れたらと思うが、自分は全くと言っていいほど役立たずだ。


 であれば邪魔をせず、こうして黙っていた方がいくらかマシだろう。落ち込むまい。手を煩わせてはいけない。フェイバリットは外套の内側でそっと視線を下げた。


 その外套の頭巾(フード)の両端にそっと大きな手がかけられた。


「ずれかけてるぞ」


 ランドが丁寧な手つきで外套を深く被らせる。


「そろそろ、いつどこで誰と会うとも分からなくなってきたから、気を引き締めていかないとな」

「……うん、ありがとう」


 ちらりと見上げると視線がぶつかった。その目が細くなってふわりと柔らかく笑うのが分かった。


「また――あれこれ考えてるだろう?」


 言い当てられてぐっと言葉に詰まる。それほど分かりやすい顔をしていたのだろうか。無表情は得意な方だったのに、今や顔を作ることすらロクに出来なくなったとは。表情を隠すようにうつむくと、頭上でふっと鼻で笑うような小さな音が聞こえた。


「……やっぱり似てるな」

「? 誰と?」

「人じゃない。俺の好きな花だ」

「花?」


 思いがけない答えだった。興味を惹かれて、問うようにランドの顔を見上げる。


「レンゲショウマ。さっきのお前のようにうつむいて咲く…俺が一番好きな花なんだ」

「へ、へえ。そうなんだ…」

 

 自分が言われたわけでもない。()()()()()花だ。なのに『一番好き』という言葉に少しドキドキしてしまう。どれだけお手軽なのかと半ば呆れながら、ほんのり上気した頬をそっと押さえる。


「可愛い見た目なのに、うつむいているからよく見えない。だから、見つけるとつい、のぞき込みたくなる」

 

 外套ごしに耳にひそりと声を吹き込まれる。いつの頃からか、少年のようだった声はすっかり鳴りを潜めて、大人の声に変わってしまった。少し低められた声が知らない人のようで、フェイバリットは緊張で動悸が速まるのが分かった。


 しかもすぐそこに顔がある。肌でその存在を感じ取れるくらい近い――近すぎる。すぐにいつものように揶揄(からか)っているのだと分かった。フェイバリットがこうして慌てふためくから、時々ランドはこんなふうに意地悪をする。


 文句のひとつも言いたかったが、あまりの近さにそちらを見ることが出来ない。フェイバリットは頬を染めて、じっとひたすら息を殺した。


「お前も、のぞき込まれたくなかったら、顔を上げていてくれよ?」


 即座に言葉に従って、ぐいっと顎を引き上げた。口惜(くや)しいが、()()から逃れるためにも逆らうという選択はない。それを見て可笑しそうに笑う顔はいつものランドだ。ホッと息を吐くと、フェイバリットは大きく頷いてみせる。心臓に悪すぎる。




「俺がさっき考えていたのは、山の深くまで入って狩りをしようか――あるいは先を急ぐか、だ」

 

「山を離れる前に肉を足しておきたい」と話しながら山を見上げるその横顔は厳しく、眼差しも険しい。その眼差しの鋭さは猛禽類のそれを思わせる。


「獣はいそう?」

「上に登る足跡を見ている。行くと決まったら変幻して近くまで行き、そのまま狩りに入れたらそれが一番――だが」


 ちらりとこちらに視線を向ける。その目がフェイバリットを気にかけていることは一目瞭然だった。大丈夫、待っていると言いたいところだが、ランドが納得しなければフェイバリットが何を言っても無駄だろう。


「一緒に行ければいいんだけど…」


 つい本音が漏れた。だがフェイバリットが変幻できるのはせいぜい岩燕くらい。きっとランドは時間勝負で尾白鷲に変幻して行きたいだろう。岩燕も速い鳥だが、尾白鷲のランドについていくことは、おそらく難しい。


 しかも自分はそれほど長い間、飛ぶことも出来ないのだ。フェイバリットに合わせて空を翔けていては、時間はいくらあっても足りない。


 だけど離れず一緒に飛べたら、少なくとも同じ場所にはたどり着けるのに。またもや堂々巡り――そう思いかけた時。


(離れずに、一緒に飛ぶ?)


 そこまで考えて突然、閃いた―――この方法なら、()()()()()()()()()()()()()()()()



―――そうして思いついたのは。


「なるほどな……そんな手があったとは」

 ランドは手にした風呂敷を眺めて、つくづくそう呟いた。


「いい考えでしょう?」


 フェイバリットは得意げに言うと、詠唱へと精神を集中させる。

 すぐそばには川――今回は満を持して、水の(けい)を借りて変幻を行うことにした。


ekr() ruyampe(雨の)-ciri() turano(と共に)


 空気が振動する音。鋭い呼気。――さらにひと呼吸もおかずに神の名を。


「ruyampe()-réra(風の) rap-ka(鳥神)mu oren() apto-kor(雨に) pirka no(恵まれますよう) maw−kor(風に) pirka no(恵まれますよう) ha(拝み) eeeen(奉る)


 そして、最後に術名を唱えて完結する。


pon(小さな) rap-mi(羽をまとう)


 娘の姿が溶けたように消えた後、風の中から岩燕が現れる。ランドが優しく岩燕を捕まえると、折りたたんだ風呂敷の中に顔だけ出るように小鳥を包み込む。さらにその両端を結んで輪にする。


 ランドは目の高さに持ち上げると、それを興味深そうにしげしげと眺めた。一見すると小鳥が入った手提げ袋のように見える。


 「これでお前をそのまま運ぶとは考えたものだ――にしても」


 「愛らしいな」くくっと笑う声。布から突き出た黒い小さな頭を指が素早く撫でる。小鳥がはっと振り返り抗議の声を上げかけるも――ランドが(しゅ)を唱え始めるのが一瞬早かった。

読んでいただき、ありがとうございます。


気がつけば、2章 異国[羈旅 (きりょ)]編も後半に入りました。

あと何話になるか調整しながらの投稿になりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。


次話は3日後、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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