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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
2章 異国[羈旅 (きりょ)]編
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2-11 黙っていなくならないで

 食事をとる傍らで、焚き火のそばに残りの魚を吊るして焼き枯らしにする。食事が終わったら後はすることはない。整えた寝床に横になり、体を休めて明日に備えるだけだ。


 今日から屋根のない野外での野営が続く。敷布を敷いても地面からの冷え込みはきつい。ひとまず薪に余裕のある今夜は、一晩中焚き火を焚いて夜をやり過ごすことにした。


 空には雲もない。フェイバリットは敷布に寝転びながら、木々に囲まれて四角く切り取られた夜空に浮かぶ星を眺めた。ふと体を起こして隣をのぞき見ると、水に入って魚を突いたせいか、こちらに背を向けて横たわるランドは、すでにトロトロと微睡(まどろ)んでいる。


 ランドが先に眠るのは珍しい。よほど疲れたのだろう。対してフェイバリットは、明日に備えて早く休まねばと思いながら、眠気はいっこうに訪れない。というよりも昨夜しっかり眠れたことの方が珍しいのだと、ランドからは今朝、笑って教えられた。


 ランドのように野営の経験があればまだしも、初めてだと外で眠ることはたいていすぐには出来ないものらしい。

 

 硬い地面、冷たい外気、そして得体の知れない物音。

 体がなかなか緊張状態から抜け出せず、うとうとし始めてもほんの少しの物音で簡単に目が覚めてしまう。

 

 そんな状態が朝まで続き、そうこうするうちに鳥たちがさえずり始め、眠った実感のないまま寝不足で朝を迎える――らしい。


 このままだと今夜のフェイバリットは確実にそうなりそうだ。けれど眠らねば、明日の道中がきつくなることは目に見えている。フェイバリットは少し焦ってきた。


(星でも数えようかな…)と空をふたたび見上げた時。


「…寒」


 小さな声がフェイバリットの耳に届いた。見ると、目を閉じたランドが、ぶるりと体を震わせて両腕を抱え込んでいる。フェイバリットは、気の利かない自分につくづく嫌になりながら慌てて外套を脱ぐとランドに被せた。


 体に触れるわずかな布の感触で、ランドの目がふっと(ひら)く。自分にかけられた外套に気づくと、起き抜けの少し乾いた声が戸惑いながら言った。


()()、俺が使ったらお前が寒いだろう…?」

「火があるから大丈夫。ランドが使って」

「いや……駄目だ」


 目を瞑れば今すぐにでも眠れそうな顔をしながら、外套を押し戻してくる手はしっかりと力強い。かと言って先ほどのありさまを見たフェイバリットもそう簡単に退()けない。


 「使って」「駄目だ」という押し問答を何度となく繰り返すうち、次第にフェイバリットの心の中に苛立ちがこみ上げる。


「フェイバリット、言うことを聞け…」


 溜め息まじりのその声を聞いた時ついに、ぶっちりと堪忍袋の緒が切れる音をフェイバリットは自身の脳内に聞いた。


「が、頑固者!!」


 怒鳴りつけられて、びくりと体を震わせたランドの手から一瞬力が抜けた。その隙を突いて、えいっとフェイバリットが外套を広げて一気に押し倒す。


 勝った!と気分が高ぶったのもつかの間、よくよく頭が冷えてくると、互いの体勢がとんでもないことになっていることに気がついた。


 パチパチと火の爆ぜる音の中、仰向けに横たわる男の体の上で四つ這いになる女(少女)。どこからどう見てもこれは男を襲っている痴女の図……!


 あわあわと口を閉じたり開いたりしながら、フェイバリットはごくりと唾を飲み込んだ。


 最初でこそ驚いた顔をしたランドだったが、フェイバリットの焦りように冷静さを取り戻したのだろう。彼女の顔を見上げてじっとしているかと思いきや、相手の身体ごと持ち上げようと、ぐっと外套の下の腕に力が込められた。


 それに気がついて、慌ててフェイバリットが抱きつく勢いで、外套に全体重をかける。起き上がりかけた体がふたたび地面に沈む。


「………」

「………」


 無言の睨み合い(?)の末、フェイバリットがたまらず声を張り上げた。


「や・約束した! 半分こってやつ。ランドが震えてるのに自分だけあったかいのは約束違反だよ! 間違ってないよね?!」


 言い切るとフェイバリットはどうだとばかりに鼻息荒く胸を反らした。ランドが観念したようにふうと息を吐くと、全身の力を抜いた。


「……不本意だが、お前の言う通りだ」


 「お前に言葉で言い負かされるなんてな」と淡く笑う。その笑顔を見て、フェイバリットもホッと力を抜いた――時だった。


 「約束通り、分かち合おう」と低く言うが早いか、ランドが一気に体を起こす。二人の間にあった外套をさっと引き抜くと素早く羽織り、そのまま羽織った内側に小さな体を引き寄せると胸に抱き込んで、体ごとぐるりと反転した。声をあげる暇もない。


 何が起こったかわからないうちに、気がついたらフェイバリットはもうランドの胸の中にすっぽりと納まっていた。身じろぎしようとすると、それを咎めるように巻きついた腕にぎゅうと力が込められる。

 

 布ごしとは言え、押しつけられた胸板を頬に感じてフェイバリットは頬がかっと熱くなるのがわかった。


「――――っつ!」


 腕から逃れようと身動きするたびに、そうはさせまいと腕が抱きしめ直す。そんな攻防を繰り返すうちに、触れ合う部分がどんどん増えていく。


 そのことにフェイバリットが気づいた頃にはすでに抜き差しならない状態になっていた。そこでようやく抵抗を諦める。


 耳が当たる胸の位置がちょうど彼の心臓だったのだろう。ふと気づくとじんわりと温かい皮膚の向こうで、少し早い――とっことっこと規則正しい心音が聞こえてくる。


 羞恥も忘れてその音に聞き入っていると「起きてるか?」と、肌の内側でランドの声が響いた。フェイバリットは答える代わりに頷いて返す。ややあって、ランドがふたたび口を開いた。


「今日は本当に、すまなかった。お前は女性だ。身だしなみにもっと気を遣ってやれば良かった。今後は俺も気をつける。だから――お前も黙っていなくならないでくれ…頼むから」


 これ以上くっつきようがないというほど二人の体は密着している――なのに。


 ランドはそれでもなおフェイバリットの体をぎゅっと引き寄せる。どこにもやらないというように。少し、苦しい。そう言おうとした時。消え入りそうな声が聞こえた。


「お前がいなくなると思ったら肝が冷えた……」

読んでいただき、ありがとうございます。


この後ですが、少し調整をしたいので次回更新は一回お休みを挟み、2月11日(土)からまた三日ごと更新で再開する予定です。


少し空いてしまい大変申し訳ありませんが、次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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