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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
2章 異国[羈旅 (きりょ)]編
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2-6 笑えるうちは大丈夫

ランド回です。

 目の前のフェイバリットは、赤くなったり青くなったりした後、最後にはホッとしたように脱力した。


 いつものピリリと張り詰めた眼差しが緩むと、里の同じ年頃の娘たちと同じようなあどけない顔つきになる。ランドはその姿を見ながら小さく笑った。


―――よかった。まだ元気そうだ。


 親とも言えるリヴィエラとの別れ。しかもその別れは永訣に近い。


 この娘の心には昔からいつも劣等感が存在する。自分の出自に後ろめたさを覚え、人とは違う見た目に引け目を感じ、呪術の腕前が上がらないことを自分の怠慢や素質のなさだと必要以上に責める。


 それらが原因で暗く陰っている少女に笑って欲しいと、常からランドは思っていた。


 それは、単純に笑っている方が女の子は可愛いと思う、男なら誰でも持ち合わせているありきたりな感情だったし


 それに何故か分からないが、この娘が笑ったり、うろたえたり、恥ずかしがったりと色々な表情を見せてくれると何となく―――嬉しいから。


 どさりと手にしたものを地面に下ろして、額の汗を拭う。

 ちらりとこちらを見たフェイバリットの目が一瞬止まったかと思うと、まん丸に見開かれる。大きな目だな…とのんびり眺めていると、あわてたように立ち上がってこちらに手を伸ばす。

 

 何をするつもりだろうと抗いもせず見守っていると、小さな両手がランドの頬をぐいっと挟み込むようにして持ち上げ、真剣な眼差しが至近距離からのぞき込んでくる。


「ん? これ! どうしたの?!」


 その近さにランドはおやっと思う。先ほどランドが顔をのぞき込んだ時は俯いて恥ずかしがったのに、今は自らそれよりも近くに顔を近づけてくる。本人はそれに気づいていない。それだけ必死なのだろう。


 フェイバリットは、頬に添えた手に力を込めて、左頬、右頬と順番にぐいっと顔を勢いよく傾けさせ、さらに前髪を持ち上げる。


 小さな手のひらがランドの顔をせわしなく撫でるように動き、少しくすぐったい。されるがまま、ランドはじっとその手に身を任せた。


「んん? あれ? …はない?」


 真剣な眼差しをランドはじっと見つめ返す。ランドを映したその瞳は、以前は淡いものの、ごく普通の茶色だったのに、今は柘榴ざくろ石のように深みのある美しい赤色をしている。


 見慣れぬ赤い瞳を間近に見て、唐突に、もっと近くで見たいという気持ちがランドの中に湧き上がった――だがこれ以上近づけば唇が触れてしまう。


「ランド? どこも痛くないの?」


 うっかり見惚みとれていると、心配そうな瞳がそこにあった。そこで物思いから覚めた。

「ランド、この血は? どこか怪我したの…?」

「血?」

「うん、おでこに。怪我はないみたいだけど」


 「あ」すっかり失念していた。手にがついていたかもしれない。そのことにランドはようやく思い至る。


「ああ――すまない。違うんだ。これのせいだ」

 そう言うと、ランドは先ほど地面に下ろしたものの中から()()をひょいっと取り上げる。

「……………っ!」


 茶色い毛を血でまだらに染め、だらりと四肢を力なく伸ばすウサギの変わり果てた姿。

 反射的にずさぁっとフェイバリットが身をのけぞらせた。


 フェイバリットとて鶏を絞めることは日常的にあったが、それでも引いてしまった。ランドは笑って兎肉を地面に下ろす。


「さっき変幻して、森を飛んだ時にたまたま仕留めたんだ。運が良かった」

「そう…か。この森にウサギがいるんだ」


 改めて周囲を見回すと、小鳥たちのさえずりが頭上を飛び交い、草木が擦れ合うざわめきが辺りを満たしている。耳を澄ませば、地を走る小さな動物の足音も紛れているかもしれない。


 もちろんウサギ以外にも、もっと大きなしかも肉食の獣もいるかもしれない。無事に夜を過ごせるだろうか。そんな不安を声で見破ったのか、ランドは額を拭いながら明るく言った。


「言い忘れていたが、この先に小屋があった。雨露あまつゆがしのげる程度のものだったが。人は住んでいない。打ち捨てられてからずいぶん経っている感じだった。ここからそんなに離れた場所じゃなかったから、歩いて行ける。今夜はそこで休もう」

「小屋?」

「ああ、見た感じ、炭焼きをしていた小屋のようだった」

 

 その後の反応がなくて、ランドは眉をあげてフェイバリットを見る。フェイバリットは苦笑しながら言った。


()()()の世界に、本当に人がいたんだって思って――変だよね? ウサギだっているんだし……人だっているに決まってるのにね」


 「心臓がドキドキする」と言って笑う。ヘイル(あちら)では、八年前から、この娘が笑っているところをあまり見なくなった。だからなのか、笑顔がどこかまだぎこちない。


 数日前、モミジイチゴを摘みに行けるとわかった時に見せた満面の笑みが、ふと脳裡によぎった。

(あれは――可愛かったな…)


 きっと、少しずつ慣れていけば、あんな風に笑いかけてくれるだろう―――これから長い時間を共に過ごすのだから。


 温かい目で微笑み返したはずだった―――が、こちらを見たフェイバリットからは「変な顔してどうしたの」とひと言。

 解せぬとランドは心の底から思う。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話は3日後、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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