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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
1章はじまりの場所[ヘイルの里]編
19/132

18 別離2

 東側の窓の右側がリヴィエラの定位置だ。朝、居間に行くと、そこにいつもと変わりないリヴィエラの姿がある。それがイレインの日常だった。


 イレインの顔を見ると「おはよう」と花が咲きほころぶような笑顔がいつも迎えてくれた。朝日を受けて輝く銀の髪がキラキラと眩しい。

 どんなにイレインが早く起きても、リヴィエラは必ず先に起きていて、それがとても子供心に不思議だった。


「おはようございます」「おはよう、イレイン」

―――あれが最後の朝だなんて、思いたくなかった。

 

 イレインは何も言うことが出来なかった。頷くことさえ出来なくて、呆然とただリヴィエラを見つめ続けた。そんなイレインにリヴィエラは苦笑を浮かべる。


「本当は…洞穴で、あなたをあの場所から引き離すべきではなかったと…今ではそう思います。引き離すことで、あなたの道のりを遠いものにしてしまう。そのことをあの時、気づいていました。…わかっていながら、あなたをこの場所に引き止めてしまったのは、私の身勝手な気持ちからです」


 小さく「許してくださいね」と言った。イレインは何も言えずただ首を振った。こらえ切れずに涙が頬を伝う。どこまでも自分は泣き虫だ。


 そっとリヴィエラがイレインの頬を両手で包み込む。その指が愛おしげに頬の涙を拭う。静かに、言った。


「……いつか、この日が来るだろうと、八年前のあの日にわかっていました。だからなるべくこの日に備えて、多くのことを学ばせておかなければならないと。知っていたのに。なぜかそうすれば、この日が早くにやってくるような気がして」


 リヴィエラが言葉を詰まらせた。ぐっとこらえると、その顔を上げた。

「結局、変幻すら完全に教えることが、出来ませんでした」

 そしてさらに静かに、言った。


「どんなに離れていても、あなたは一人じゃないこと…どうか忘れないでくださいね。どこにいようと、私はあなたを想っています」

 何かを言わなければと、イレインは震える唇を開いた。

「……。一緒に行ってくださらないのですか…?」


 ゆっくりとリヴィエラはかぶりを振る。

「じゃあ、またここに会いに来ることは出来ますか…?」

 イレインはぐっと腕を掴んだ。


「多分、もうここには戻れないでしょう。この奥の力は、片道通行そんなふうに感じます――ですが一度だけ」

 そっと腕にかかったイレインの手を外すと、リヴィエラは首から珠飾りを外した。これは”水の賢人”の証として長年、リヴィエラが外したことのないものだ。それをイレインの首にかける。


「これは…」

「これは私が長い間、身に着けてきたもの。私自身と言ってもいいくらい馴染んだものです。これをあなたが身につけていれば、あなたがどこにいても気配をたどることが出来ます。ですから一つだけ、この珠飾りにしゅをかけておきます。なので、あなたが困った時、危機にあった時に一度だけ、私を呼びなさい」

 

 美しい蒼い眼差しがイレインをのぞきこむ。強く言った。

「最後にあなたを守るのは私――それは誰にも譲りません」

 別れの時だとリヴィエラが告げた。


「あなたの行く道が安らかなものでありますように……私の愛し子。祝福として”フェイバリット”の名を送ります。これからはそう名乗りなさい」

 そう言って、ふところから拳ほどの大きさの袋を取り出した。

「路銀です。少しばかりですが、道中に役立ててくださいね」

 決して軽くはないその袋を、さあと言ってイレインの手に持たせる。


「フェイバリット…どういう意味があるのでしょうか?」

 手の甲で涙を拭ってイレインは尋ねた。少しでも別れの時を引き延ばそうとしているのは明らかだったが、リヴィエラは小さく笑うだけだった。


「”運命に愛されるように(神様のお気に入り)”という意味が込められているのですよ」


 イレインの頬に手を添えると、リヴィエラはその額にそっと唇を押し当てる。ゆっくりと唇を離して。

「あなたと過ごした日々、私は幸せでした」


 イレインは何も言えなくて、リヴィエラに抱きついた。押し当てた胸から顔を上げることが出来ない。声を殺してただ肩を震わせた。

「泣かないで…最後に見るのがあなたの泣き顔なのは…寂しすぎる」


 リヴィエラに支えられるように、イレインは洞穴に向かった。近づくにつれ、深部へと引き込む風が一層強く感じられた。そのずっと奥の方にはさらに強い力の存在を感じる。そこに踏み込めば、きっともう引き返すことは許されない。

 洞穴の入り口に立ち、イレインはもう一度リヴィエラを振り返った。


ekrエクル Indraインドラ ( 吾、インドラに住まう者 )…」

 リヴィエラが小さく発動の呪を唱え始めるのが見えた。不思議に思ったイレインがその姿を見守っていると。

「――――rakurラクル asアス ( 霧雨、降れ )」 


 雲もない洞穴に、霧のように細かい雨が降り始めた。音もなく降る糸のような雨に、涙も忘れた一瞬後、イレインは洞穴内を見渡して言葉を失った。


 一昨日おとつい見た時は、そこはただの岩肌だった。今はイレインの進む道を一本残し、一面を純白の小さな花が埋めつくしている。

 

 その花は『山荷葉さんかよう』、深山の雪深い高地に咲く花。

 芽を出してから花が咲くまでの期間が短く、花も一週間ほどで散ってしまう。何より…その花は。


 霧雨が花を優しく濡らしていく。やがて――雨に打たれて濡れた花は、みるみるうちに白い花弁を氷のように透明に変えていく。


 言葉はいらなかった。ただ眺めているだけで、時の流れを忘れてしまいそうなほどに幻想的な風景がそこに現れた。


 その花言葉は『幸せ』だと、初めてその花を見せてくれた時にあの人は、教えてくれたか。



 

 背後から吹いたかすかな風を拾って花が揺れた。この辺りには咲かない花。これほどたくさんの花を集めるのにどれほど苦労したことだろう。

 そしてイレインは気がついた。きっとあの時、街に用事があると出かけて行ったあの日だと。


“幸せに”。声にならない手向けの言葉を聞いた気がして、イレインはもうそれ以上自分を抑えることが出来ず、声を上げて泣いた。


 リヴィエラが手を振るのが見えた。

 洞穴の中に一歩、踏み込んだ。一歩を踏み出すごとに、潮の流れに捕まったように、ぐいぐいと深部に向かって引き寄せられるのがわかった。


 力に押し流されるようにして、じりじりと奥に踏み入っていく。花に励まされながらどのくらい進んだ時だろうか。イレインを突き動かしてきた力の流れが不意に途絶えた。


 完全な闇の中を、慎重に一歩また一歩と進めていたその時――ガクンと足元が急に抜け落ちた。

 足場がない所を踏み抜いたのだ。あっと思った時には、もうみぞおちをくすぐるフワッとした浮遊感に襲われていた。ずっと下の方で何かが渦巻く音がする。


――――――滝


(落ちる)そう思った時、何かが落下するイレインの身体の下に滑り込んだ。

「――――?!」

 バサリと風を切る音が一瞬耳に飛び込む。イレインの体を受け止めて、一瞬浮遊感が止まった――かと思った次の瞬間、イレインは身体の下に滑り込んできた影もろとも、上から叩きつける力の奔流に吞み込まれていた。

読んでいただき、ありがとうございます。


第一章最終話、

無事にお届けすることができホッとしております。


昔の覚え書きを見ると、

第一章を書き上げたのが1996年9月。


実にあれから26年も経っていました(;^_^A


予定になかったエピソードを追加して、

思ったよりもページ数が増えてしまいました。


本編で、ヒロインが故郷で過ごすわずかな間に、

大切な人と少しでも多くの思い出を

共にすることができて良かったな。。と思っています。


お付合いいただいた方には感謝しかありません。

本当にありがとうございました。


第二章は年末あたりから開始できればと考えています。


※第二章は旅から始まり

旧市街に拠点を移す内容で、構成を整える予定です。


次の章でもお付き合いいただけますと大変嬉しく思います。

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