16 今日の日はさようなら
リヴィエラ回です
眠れずに明けない夜をジリジリと過ごすことがあれば、目を瞑るとあっという間に朝になっていたり。夜の長さは、気持ちひとつで長くも短くもころころと変わる。
「不思議ですよねぇ」と寝台の中で無邪気な笑顔がそう呟く。
その傍らでそんな彼女を見下ろす眼差しが優しい。
眠るまでと約束をして、リヴィエラは寝台の端に腰を下ろし、イレインの手をつないで付き添っていた。
イレインはぽつりぽつりと他愛ないことを喋り続ける。リヴィエラは終始それに頷きながらそれに付き合った。
(眠いくせに)
つないだ手が熱い。瞬きの回数が多い。そして言葉も時々止まる。目を瞑ったら、そのまま寝てしまうだろうに。
眠りたくないのか、リヴィエラを行かせたくないのか。
イレインが眠いのをこらえて、わざと時間を引き延ばそうとしていることなど、リヴィエラにはとっくにお見通しだ。あまりにもその様子が可愛らしくて、リヴィエラは小さく笑ってしまう。
「眠れませんか?」
ほんの少し意地悪な気持ちになり、眠くて腫れぼったい目をする娘に、わざわざそんなことを言ってしまう。
その言葉にばつの悪そうな顔をするイレインの耳もとで、さらに追い打ちをかけるように優しく囁きかけた。
「眠れないようなら、また背中をトントンしてあげましょうか?」
背中トントンの言葉にイレインは顔を赤くする。前回、背中を叩いてやった時もこの娘は盛大に恥じ入った。
赤ん坊みたいだから止めて欲しいと何度も訴えてきたが、リヴィエラは全て黙殺した。
目の前の娘は、つかの間黙り込んだ後、観念したように頷いた。
「…。…。…。今日は”忘却”の術を使わないでくださいね…?」
リヴィエラは返事をする代わりに笑みを返して、トントンとその背中を叩く。
これだけ眠いのを我慢していたのだから、きっとすぐに寝落ちてしまうだろう。
トン――トン。ゆっくりリズムよくイレインの背中を叩いてやる。
しばらくして静かになったイレインの顔をのぞき込むと、急にぱっちりとイレインが目を開いた。
驚いてその手を止めると、イレインはまっすぐリヴィエラを見上げて迷った挙げ句、小さく言った。
「約束ですよ? 今日のこと、ずっと覚えていたいんですから」
その言葉に虚を突かれたように、リヴィエラが目を瞠る。
背中を叩きだした途端に、急に不安そうな目をしたと思ったら、どうやらこの娘はこれが気がかりで眠れなかったらしい。
何も特別なことをしたわけではない。イレインがやりたいことに付き合っただけだ。それだけのことでも、この養い子にとっては忘れがたいものなのだろう。
「……楽しい一日でしたか?」
「はい――それはもう」
イレインは腫れぼったい目をできる限り見開くと、瞳を輝かせた。
「今朝、一緒に朝ご飯を作りました――今年のモミジイチゴをリヴィエラ様と食べられました――二人きりの学びの時間が、とても楽しかった――そして盤上遊戯も…やりたいことが、全部叶いました。ご褒美みたいな一日です」
浮かれたように喋り続けるイレインは、それはそれは幸せそうな笑みを浮かべる。
緊張も何もない無防備な笑顔――それはリヴィエラしか知らない。
その笑顔が…ただただ愛おしい。
その顔を、その弾んだ声を聞いてるうちに、ジンと熱い塊が胸の辺りにこみ上げてくる。かと思うと、鋭い痛みとなってじわりと胸の内に広がった。瞬くと視界が危うくにじむのを感じ、リヴィエラはぐっと唇を噛みしめた。
「今日は…私のご褒美の一日でしたよ…」
声は震えなかっただろうか。
トロンとした眼差しを半分閉ざして、イレインは半ば夢うつつ。
だから大丈夫。イレインには聞こえていない。
「…今日が終わらなければ、いいのに…なあ…」
眠らなければ今日という日が続くとでもいうように。イレインは何度も持ち直そうとする。だが――もちろんそんなことはありえない。
「眠らなくても、明日はやってきますよ――お休みなさい、イレイン」
そう、明日はくる。やってきてしまう。
手の中にある、熱くて小さな手に、リヴィエラはゆっくりと口づけを落とした。
読んでいただき、ありがとうございます。
第一章も残り2話。次話は3日後に更新予定です。
次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




