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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
1章はじまりの場所[ヘイルの里]編
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13 抱擁

 目をひらくと、自室の天井の梁が見えた。嗅ぎ慣れた木の匂いに深く息を吸って吐く。意識を失った後に運ばれたのだろう。ちらりと視線を向ければ、寝台脇の椅子に腰かけるリヴィエラと目が合った。


 ずっと付き添ってくれていたのだろうか。リヴィエラがホッとしたように微笑む。身じろぐと、すぐに手が伸ばされ、イレインは支えられながら体を起こした。

 結局、心配をかけてしまった。いたたまれず、イレインは目線を落とした。

「ご心配おかけして…すみません」

「どこもツライところはありませんか?」

「はい……リヴィエラ様が癒してくださったんですよね…ありがとうございます」


 体からリヴィエラの呪力が感じられる。水の特性を持つ者は癒しの術に特に長けている。

 昼間の出来事を思い出すと胃の辺りがギュッとなるが、そばにリヴィエラがいると思うと、その不安も薄らいでくるから不思議だ。


 リヴィエラの手が、するりとイレインの手を取って包み込む。綺麗な長い指をした大きな手が、今は少しひんやりと心地いい。

「うん―――手も冷たくないですね」

 その手が、今度はイレインの頬を包んで、美しいかおがイレインの顔をのぞき込み、額と額とがコツンと触れ合う。吐息がかかるほどに近い。


「…微熱はありますが、しっかり休めばすぐに良くなるでしょう。後でスープでも持ってきましょうね」

 リヴィエラが施す癒しの術は、基本的に自然治癒力を高めるものだ。傷や病など一瞬で回復しないが、その分反動も少ない。


 術師の魂や生命力を削って分け与える高度な癒しの術もあるが、あまりにも反動が大きいので受け切れずにその場で亡くなってしまうこともあると、以前リヴィエラから聞いた。


 体の一部が欠損したり、内臓の大きな怪我や病となると、この治療法しかないのだと。

 そしてこの奇跡の術は、受け手だけでなく術師本人への負担が、他のどの術と比べ物にならないほど大きいという。


 リヴィエラが席を立つ気配に、ほんの少しの寂しさを覚えて、イレインは「あの」と口に出していた。立ち上がったリヴィエラが、顔だけ彼女にふり向いた。


 なんと言おうか、口ごもっていると、ふと意識を手放す前に聞こえたリヴィエラの厳しい声が思い出された。

――――あなたがついていながら、このざまはどういうことなのですか


 そうだった。これは言わねばならないことだった。

「あの、ランドは悪くないんです。だからお叱りを受けないといけないのは彼じゃなく」


「分かっています」

 イレインの言葉を遮ってリヴィエラが言った。再び椅子に腰かけると苦笑いを浮かべる。

「分かっていますよ…彼には悪いことをしました。後できちんと謝るつもりですよ」


 そのまま視線を落とし黙り込んだリヴィエラを、気まずい気持ちで盗み見る。こんな顔をさせるつもりではなかった――つくづく自分は気が回らない。そう思った時。


嫉妬しっと―――でしょうね」

「え?」

 嫉妬? 誰に? というかリヴィエラが? なぜ?――その言葉があまりにもリヴィエラにそぐわない。

 イレインの気持ちは全て顔に現われていたようで、リヴィエラがくすりと笑う。


「あなたを守るのは私。いつも私でありたい。そう思ってしまったから」

 ぱちくり。きっとそういう音がしたに違いない。イレインは何度か瞬きを繰り返す。

「あなたを守るランドをどこかで羨ましく思っていたのかもしれません。だからツラく当たってしまった」

「…ええと、リヴィエラ様に守られましたよね?」


 いつも、イレインを窮地から救ってくれるのはリヴィエラだ。今回もイレインを闇から助け出してくれたのは他ならぬリヴィエラなのだ。


 目を白黒させるイレインに、リヴィエラは静かに笑った。

「大きくなりましたね」

 声に昔を懐かしむ響きがあった。


「あなたは臆病で、ずっと私のそばにくっついているような子どもだったから、どこかに行ってしまって探し回ったりすることもなく、その点はとても手がかかりませんでした。かと思ったら突拍子もないことを時にしでかすものだから…全然目が離せなくて…」

 さも可笑しそうに笑う。恥ずかしくなったイレインは口を尖らせて目を逸らす。


小鳥デイキイ……」

 山での名前で呼びかけられる。

 不思議に思ったイレインが目を上げると、目の前にはリヴィエラがいて。

「私の―――私だけの小鳥」

 その腕の中に包みこまれるように、ぎゅっと抱き締められた。

「あなたを…このまま鳥かごの中に、閉じ込めておけたら良かったのに……」


 密やかな声を残して、リヴィエラは今度こそ、部屋を後にした。

 

 リヴィエラの姿がなくなって随分経ってから、イレインは我に返った。

 瞬時に茹で上がった顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。リヴィエラがいなくなった後で良かったと心底思う。

 非常に照れ臭いが、これは親子間の微笑ましい愛情――のはずで…。

 

(なのに……どうしてこんなに)


 リヴィエラに抱き締められた温もりと感触が、今もしっかりと腕や肩、背中に残る。

 髪に落とされた柔らかい唇や、髪にこもる息の熱さも――押しつけられた胸元に嗅いだリヴィエラのいい香りも。

 思い出すと、トクトクと胸が高鳴り落ち着かない気分になる。


 そんな気持ちを振り払うように、イレインは首をひと振りした。

 代わりに昼の出来事に思いを馳せる。あれは七歳の時の記憶だった。

(なんで……忘れていたのだろう)


 そして、昨日、洞穴で”蛇竜ビィビィル”に出会ったこと、番人とあわやの事態に陥ったこと――その二つの出来事についても、起きてからほとんど考えなかったことに気づく。


 一人で飛び出して行って、里の皆に迷惑をかけてしまった。そのことは覚えていたが、洞穴内で起こったことについては、ほぼ思い出しもしなかった。

(眠る前はずっと考えていたのに)


 そこまで考えて、ひとつイレインは思い当たることがあった。いつまでも眠れずにいるイレインの傍にやってきて、寝つくまでリヴィエラが優しく背中を叩いてくれたことを――。


 おそらく、リヴィエラはイレインを寝かしつける傍らで”忘却”の術を施したのだ。

 リヴィエラがただのたわむれで、あんなことをするような人ではない。そんなこと、誰より一番自分が知っていたはずなのに。


 おそらく、七歳の時の記憶も、リヴィエラが忘却の術を施して記憶を封じたのだ。

 イレインが怖がらないように。よく眠れるように。悩まないように――きっとそんな理由で。

 そうやって、素知らぬ顔をして、あの呪術師は、これまで自分を守り続けてきたに違いないのだ。


 いつもこうやって後になって気づかされる。イレインは思わずきゅっと唇を噛みしめた。

(大丈夫ですよ――大丈夫)


 何度も繰り返し聞かされたリヴィエラの声。

 どれほど自分は深く慈しまれてきたのか。それを思うと胸が締めつけられるように苦しくなった。

読んでいただき、ありがとうございます。


第一章も残り数話、いよいよ終盤です。

お付合いいただけますと幸いです。


次回3日後に、14話、15話の2話を同時更新する予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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