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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
112/132

3-5 天は自ら助くるものを助く

お待たせして申し訳ありませんm(__)m

 どうして――こうなった??



 引きかぶった毛布の中から、フェイバリットはそろりと顔をのぞかせる。


 ちらりと左を見ればにこやかに微笑む美女。反対側を見れば、こちらも極上の笑みを浮かべる美女――。


 最初に見た時も驚いたが、改めて見ても二人の顔は寸分(たが)わずそっくり同じ。しかも声まで同じなのである。


 こんな美しい顔が二つもあるなど、この世の奇跡ではないかと本気で思う。うっかり拝みそうになるのを寸でのところで(こら)えて、そろりと正面に目を向ければ。


 ――そこには巨躯を(かが)めて、斜めに顔を傾けながら、のぞき込むようにこちらを眺める男の姿があった。これまた迫力の美丈夫である。


「―――」


 先ほど顔を出した動きを巻き戻すように、そろそろと娘が毛布の中に引っ込んでいく。


「んまあっ――チュンジ兄様ったら、いつの間にちゃっかりと! 怯えさせてしまったではありませんか」

「そもそも女性の部屋に断りもなく入るだなんてっ! ついに脳みそまで筋肉になってしまわれたの?」

「っ…人をなんだと…。第一、お前らだって断りもなく部屋に入ったくせに」

「「女の()同士はいいのっっ!」」

「はぁ? 女の子ぉ? 厚かましいことをよくもまあヌケヌケと――」

「「!!」」


 フェイバリットは、出来る限り身を縮こませて、毛布ごしに繰り広げられる会話に聞き耳を立てる。


 何が、どうして、こうなったのか。

 改めてこれまでの経緯(いきさつ)を、頭の中で思いめぐらせる。





 あの後――黒猫と向かい合っていると、急に扉が大きく(ひら)かれた。


「「あらあらあらあら――お目覚めになりましたね~」」


 現れたのが、今目の前に立つ美女二人だ。

 二人は寝台のフェイバリットを見ると、ぱあっと顔をほころばせた。


 寝台の上で慌てふためくフェイバリットに、スルスルと滑るように近づいてくる。


「「まああ、綺麗な瞳」」


 見事に揃った声に同じ動き。

 ぎょっと見上げるフェイバリットを、興味津々という感情を隠すことなく、キラキラと二人が目を輝かせる。


 一人がずいっとその顔を突き出して、フェイバリットの顔をのぞき込んだ。その瞬間、フェイバリットがビクリと大きく体を震わせる。


「あらあら。驚かせてしまいましたか?」

「ほらほら。怖くない怖くないですよ――」


 口々に言いながら、じりじりと二人がさらに距離を詰めてくる。その圧に耐えかねて、フェイバリットは思わず毛布を引きかぶった。


 その後は――前述の通りである。




 

「――ちっとは落ち着け。お前らがグイグイくるから、その娘が困ってんじゃねえかよ」


 張りのある男の声が扉の方から聞こえてくる。――どうやら姉妹によって部屋から追い出されたらしい。


 毛布の隙間からそうっとのぞき見ると、扉の上枠に頭を擦りそうになりながら、身を乗り出す男の姿がある。


 少し前かがみになっているから、おそらく身長は扉の枠の部分を超えているだろう。


 突然、降って湧いた訪問客に気持ちが追いつかず、心臓はまだバクバク言っている。しかも訪問客はどう見ても全員、普通ではない。

 

 ついでに言うと、最初に現れたのは人ですらない。

 最初に彼女のもとを訪れたあの獣を、フェイバリットは脳裡に思い浮かべる。言わずと知れず、物言う黒猫のことだ。

 

 ちらりと、先ほど猫が座っていた辺りに目をやるも、今はそこに黒毛玉の姿はない。姉妹が現れてアワアワしているうちに、どこかに行ってしまったらしい。


 黒猫がいなくなって残念に思う気持ちが、じわじわとこみ上げてくる。また気が向いたら、顔を見せにきてくれるだろうか?


「怯えなくても大丈夫ですよ〜」

「私どもはお嬢様のお世話にきた者です」


 優しい声音に、はっと物思いから覚める。

 ずっと毛布の影に隠れたままなのはさすがに失礼だ。フェイバリットはおずおずと毛布から顔を出した。


「大変失礼しました。私どもの紹介がまだでしたわね。私どもは“人差し指(コムジ)”と申します」


 毛布の中から顔だけ出し、フェイバリットはためらいがちに、姉妹をかわるがわる見比べる。


 本人の自覚は薄いだろうが、戸惑いを浮かべた白い顔には、どちらがコムジ?という疑問がはっきりと書かれている。


「――ふふ。私たち姉妹は同じ名前なのでございますよ。ああ…でもそれだと呼び分ける時にお困りになるのですよね」


 赤い前掛けをつけた方が、胸の前で腕を組む。そのまま軽く頭を下げながら一歩前に進み出た。


「私のことはどうぞ“左の人差し指(サコムジ)”とお呼びください」


 続けざまにもう一人の姉妹もまた一歩前に進み出る。こちらは青い前掛けを身につけている。


「では私のことは“右の人差し指(ウコムジ)”と。以後、お見知りおきください」


 洗練された流れるような所作。ポカンと呆けたように見惚(みと)れるフェイバリットとはてんで離れた所から。


「俺は“中指(チュンジ)”だ。――入るぞ」


 言葉と同時に、惚れ惚れするような美丈夫が、窮屈そうに身を屈めて部屋に入ってくる。


 野性味あふれる精悍な顔つきは、鋭い眼差しのおかげで一見、隙のない印象だ。


 だが困ったように眉を下げると、途端にくだけて優しい見た目になる。出会ってまだ短いが、フェイバリットはとうにそのことに気づいている。


 だからだろうか。終始、双子の姉妹にやり込められる様子は、まるで子猫に威嚇される大型犬のようで、微笑ましくすら思えた。


 とは言え、厚い胸板に無駄な脂肪のない引き締まった体つきといい、彼には里長とはまた違った破壊力抜群な魅力がある。


 恥ずかしさの余り直視することも出来ず、指の隙間から相手の姿を拝みつつ、フェイバリットはただ身を震わせるばかりだ。


 そんなフェイバリットが怯えているように見えたのだろう。姉妹の柔らかな声が降ってくる。


「ご心配いりません。()()は私どもの兄でございます」


 優しい笑顔は一転、きっときつく目を眇めると二人揃って、兄と呼んだ男を振り仰ぐ。


「私たちがよいと言うまで『待て』も出来ませんの?」

「お、お前らぁ…人を犬みたいに――」

「ああら、もう一人のお兄様は最近、犬になるのがお好きみたいですわよ。ご一緒に『待て』を学ばれてはいかがです?」 

「は…ったく、お前らなあ――」


 目の前で繰り広げられる光景を前に、フェイバリットはほうっと溜め息に似た息を洩らす。


 なにやら言い争っているようだが、その姿すら一枚の絵のような神々しさ――普通ならあり得ないことだ。


 こうして目の当たりにしても尚、現実のものだとは思えない。なんてことはないごく普通の部屋――しかも自分のすぐ目の前に、天上もかくやとばかりに美しい方々がいるのだから。


 これぞまさに眼福。それ以外、なんと呼ぶのだろう?


(しかも三人も――)


 思考を遮るように、そこでチュンジと名乗る男が溜め息まじりにその先を続けた。


「――その発言、命知らずもいいとこだぞ…ここにチャンジも来てんのに」

「おう――俺のことは“長指(チャンジ)”と呼べよ」


 チュンジが言い終わるが早いか、二人目の男が扉からぬっとその顔を突き出した。


(――四人目がいた…!)


 チュンジと瓜二つの男の登場により――場の空気が一瞬にして凍りつく。少なくともフェイバリットにはそう感じられた。


 棒を呑んだように立ち竦む双子の姉妹の顔から、みるみる血の気が失せる。今や土気色と言えるほど、ひどい顔色だ。


 男の顔は笑ってこそいるが、ようく目を凝らすと額に一本、立派な青筋が浮かんでいるのが見えた。



「寂しくて死にそうになっているウサギが一羽、こちらにいると主より言いつかり、馳せ参じました。今後は我らがおります故、どうぞご安心ください」



 紆余曲折があり、今に至る。


 身を包む毛布を掴む手に、ぎゅっと力を込める。

 先ほどからずっと、全身至るところからやたらと汗が噴き出すのは、けして気のせいではない。


 視界に入れたくなくて目を背けてしまったが、いつまでも見て見ぬ振りが通じるわけもない。ついに観念して、そろそろと視線を戻せば。


 ――寝台すぐ脇には、固い床の上に直接(ひざまず)く美形の双子姉妹と双子兄弟の姿がある。


 それを目にした途端、ひゅっと息を呑む短い音が、フェイバリットの口から漏れた。あまりにも恐れ多い光景に、目眩すら覚える。

 

(見間違いではなかった――)


「さあ最初のご用命をどうぞ? ――お嬢さん。そのために俺たちはここに来たのですから。寂しいならダッコでもして差し上げましょうか? 俺の胸は温かいですよ?」

「だっ……?!」


 ダッコ??


 人好きのする笑みを浮かべて、口を開いたのはチャンジだ。限界まで目を見開くフェイバリットを見て、淡い緑の瞳が可笑しそうに細くなる。


 からかわれていると知り、沸々と怒りがこみ上げる。悔しいが言い返すことも出来ない。


「「お兄様」」


 小さく(たしな)めるコムジを、チャンジは目視ひとつで黙らせる。


 ()()()のことがあるせいか、コムジは無言でしおしおと俯いてしまった。――手が届きかけた命綱を、目の前でブチリと断たれた気分だ。


 なんで…どうしてこうなった?


 本日二度目の言葉である。一つ分かることは、ここに集まる面々は皆、エンジュの好意で送り込まれた者たちということだ。

 

 つまりフェイバリットを一人にすまいと、心優しい里長がこの美しい面々を彼女のもとに送ってくれた。そういうことらしい。


 『天の配剤』という言葉がある。


 それはすなわち、善行に対してはよい報いを、悪行に対しては悪い報いが下るといったように、天がそれぞれの行いにかなったものを与えるという意味――だ。


 とりたてて善行を積んだ覚えはない。

 だが思い返せば――黒猫との出会いは、フェイバリットの心をおおいに慰めてくれたように思う。


 天の配剤があるというのなら、自分にはあれぐらいがちょうどいい。


 ちらりと四人を盗み見る。

 

 居並ぶ四人の姿は麗しい――あまりにもキラキラし過ぎて、本格的に目が潰れそうなほど。


 フェイバリットはくうっと、きつく唇を噛む。


 ――少なくとも自分は、ここまでのものを望んでいない。こうなるともはや、天罰ではないかと思えてくる。 


(自分は何を間違えた?)


 たしかにランドが立ち去った後の自分は、心細かった。一人が寂しいと思ってしまったのも本当だ。全部――認める。


 だとしたら、一人が寂しいなどと思ったことが、そもそもいけなかったのか。きっと、身の程わきまえない愚かな行為だったのだろう。


 うん、きっとそう。

 少し前の自分にそう言ってやりたい。ひたすら反省するから――どうかお引き取り願いたい。


「あれ。ダッコはお嫌でしたか? でしたら“よしよし”ならどうですか――?」

「…よしよし…は…間に合って、ます…」


(ランド――助けて!!)


 フェイバリットの脳内は、許容範囲を越えて限界に近い――そればかりか決壊寸前だ。


 そんなフェイバリットのすぐそばには、頼もしくも美しい四人が、今もって静かに出番を待っている。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話は一週間後、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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