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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
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閑話・ソジの個人指導④

「……。結論から言うと術を授けることは出来る。そやけどお前がやりたいことは、長い時間その状態を保つことやろ?」

「はい。その通りです」 


 そう答えた後で、再び沈黙が落ちる。

 値踏みするような目が無遠慮に、上から下まで舐めるように眺め倒す。その間ランドはじっと身動きせず、ひたすら相手の執拗な視線に耐えた。


「…髪か瞳、出来てどっちかやな。それでもカツカツやろなあ…」

「カツカツ」

「そや。すぐに元に戻ってええんならそんなに呪力はいらん。けど朝から晩までとか一定時間保つんやったらそれなりに呪力を食う。お前、自分の呪力がどんだけ使えるか把握しとる?」


 ランドは黙って首を振る。呪力を細かく扱う必要があることも今日知ったばかりだ。


 「やろなあ」とソジが唇の端を吊り上げる。いたたまれず、ランドはぎゅうっと両手の拳を握り込んだ――その時。


「あ」


 黒い瞳がひときわ大きく見開かれた。ぴたりと固まった少年術師を、ランドは固唾をのんで見守る。


 何ごとだろうか?


「…あかんあかん。忘れるとこやったやん」

 

 呆けるソジを見上げると、気にするなと言うように少年が首を振る。目が合うと、深い闇色の瞳が、猫のようにすうっと細くなる。


「蟻が(とお)なら蚯蚓(みみず)二十(はたち)

「え――それは?」

「思い出させてくれて、ありがとうってこっちゃ♡」


 おいでおいでと手招きされて、すぐそばまで近づくと、ぽんっと小さな手がランドの肩を叩く。


 先ほどふくれっ面をしたことも忘れて、目の前で跪くランドにソジが上機嫌に笑いかける。


「? 師匠?」

「一石二鳥の手があるんや――まあ聞け」

「と申しますと?」

「なんや自分、ホンマなんも知らんのやなあ。“一石二鳥”は『一つの石を一羽の鳥に向けて投げたら、二羽も鳥が落ちてきた』ってとこから生まれた言葉や。つまり一回で、同時に二つの目的を達成できるっちゅう、それこそ俺が目指す、“出来るオトコ”のあるべき姿。めっちゃ素敵やと思わへん――?」

「はあ…」


 言葉の意味は理解した――だが全く話の流れが読めず、返す言葉もついつい間の抜けたものになってしまう。


「つまりやな…俺が言いたいことは、いっこ、うまい話を思いついたってこっちゃ。お前にとってはええ話。でもって俺にとっても願ったり叶ったり――“一石二鳥”ってわけや」


 そう言うと、少年ははち切れんばかりの笑みを顔いっぱいにたたえた。きっとそこに嘘はない。――なんのかんのと言って、根は気のいいソジのことだから。


 しかし、なんだろう――この不安感は。

 なんだか釈然としない。


 ランドの思考を遮るように、ずいっと顔を寄せると、ソジは一段声を落とした。


「――お前は術を修めて長時間、娘の色を隠せるようになりたいと思とるわけやろ? けど術を授けても、使いこなされへんかったら無意味や。――そこでや、呪力の限界値を上げる方法があるって聞いたら…どうする?」

「呪力の限界値を上げる?」


 間抜けな受け答えだが、思わずオウム返しに繰り返してしまう。そんな夢のような話があるのだろうか。


「そや。確かに呪力は持って生まれた量ちゅうのがある――つまり才能やな。お前の里では実力に合わせて技を仕込んどったみたいやけど、俺の考えは違う。叩けば伸ばせる呪力があるんなら、可能性が残ってるうちにどんどん上限上げとけって考える。そりゃあ、術の扱い方を教えるのも色んな技を覚え込ませるのも大切や。けど潜在能力そのものを引き上げることがまず何より重要と思うてる…生き残る為にはな」


 夜の闇よりも深い黒瞳(こくどう)にはポカンと口を開いたランドが映り込んでいる。その瞳がさも可笑しいとばかりに細くなる。たまらず、ランドはごくりと唾を呑んだ。


「そんなことが…本当に可能なんですか?」

「まあ、かなりキツイし無理もする。俺の考えではな――普段から大人しゅう小さくやっとるとそれが癖みたいに染みついてまう。長いことそれに慣れてもうたら、いざっちゅう時には大きい力を出されへんようになっとる。そうなったらもう後の祭り。そこで頭打ち、や」


 「終わりだ」という意味だろう。そこで親指で首を掻っ切る真似をする。互いが喋るのを止めると、途端に辺りがしいんと静まり返る。


「どうや?」


 短く問いかける声はけして大きくない。だが静かな中に、よく響いた。


「…それは、師匠が俺に施してくださるということでしょうか?」


 少年は、にっこりと頬に笑みを張りつかせると頷いた。その顔を眺めながら、ランドは思いついたことを口にする。


「代償は? ――こういう場合、必ず取り引きがあるはずでしょう」


 ソジの言う“一石二鳥”は、一度で二度おいしいことを指している。これまでの経験上、無償でこの提案をこの腕利きの隠密がするとは思えなかった。


 先ほど口にした、彼にとっての“願ったり叶ったり”とは一体何だろう?


 どうにも胸騒ぎがおさまらず、心臓が煩いくらいに早鐘を打っている。さも嬉しそうにソジが顔を綻ばせた。


「なんやあ。お前も日々、成長しとんねんな。さすがは俺の弟子。なかなか飲み込みがええやんか」


 黒い瞳の奥にきらりと光が浮かぶ。その瞬間、ひやりとしたものがランドの背筋を伝う。


「限界値を上げる方法、ゆうてなかったよなあ? 教えたる。一番手っ取り早いのは、がっつり型にはまる前に、枠をぶっ壊すことや。自分、運がいいで。こんなん出来るのも今のうちやもん」

「それは俺がまだ型にはまる前だから、ですか?」

「それもあるけど、安心してぶっ倒れることが出来るのは今ぐらいやん?」


 「ぶっ倒れる」という不穏な言葉にランドはぎょっと目を瞠る。小さな体がトンと岩場から飛び降りる。あたかも猫が高い所から飛び降りるかのように、その動作はしなやかだ。


 首を傾げると、こきりと首を鳴らす。次いで手首を回し、足首を回す。――まるで準備運動とばかりに。


 知らず知らずのうちに、立ち上がったランドが及び腰になる。一歩、後退ろうとするも相手が放つ鋭い眼光に、その場に縫い留められる。


 目の前に佇む子供は胸の高さにも及ばない。だが放たれる威圧感は半端ない。足が――竦む。


「枠をぶっ壊すってのはな、手っ取り早いのは“呪力切れ”を起こすことや。お前、なったことある?」


 聞いたことはある。『呪力切れ』――別名、『呪力枯渇』とも言う。


 呪力を限界まで消費すると、眩暈と堪えがたい気持ち悪さが術師を襲う。


 それ以外にも体温低下、瞳孔が開く、全身に激痛が走るといった様々な症状が起こる。――最悪、意識障害まで引き起こす。つまり擬似的な死を味わうのである。


 ランドはぶんぶんとただ首を横に振る。喉が塞がったようになって声が出なかった。


 ランド自身、それは知らないという意味で首を振っているのか、拒否する気持ちがそうさせるのか分からなくなっていた。つまり混乱していた。


「そおか。初めてやとけっこうキツイで~。ほな行ってみよか♡」


 ソジは、ちょっとそこまで散歩にでも出かけるようなのんびりとした口調でさらりと言う。たまらず、ランドは声を張り上げた。


「お・俺が呪力切れを起こすことで、師匠が得られる利があるのですか?!」

「はあ? 嫌やなあ。見返りがないと動かへんように言われんのは心外やわ。んん…でも強いて言えば、『俺の気が晴れる』かな?」


 にこやかなソジの言葉に、今度こそランドの顔が恐怖で引き攣った。すうっとソジの腕が持ち上がり、その手が開かれると、(てのひら)にはすでに煌々と紋様が浮かんでいるのが見えた。


「大丈夫。俺ら兄弟やもん。殺したりせえへん。半殺しくらいで手加減したるから、安心せい」


 動いてもいないのに、背中に冷や汗が流れて気持ち悪い。


(最悪だ――)


 いやそれでもきっと呪力の限界値を上げることは嘘ではないのだろう。ソジはけしてこの手の嘘をつくような性格ではない。


 変な話だが――今から自分に止めを刺す相手だというのに、ソジに全幅の信頼を置いている自分がいることにランドは気づいていた。――とても、皮肉な話だが。


 目の前の少年の体から、熱気が噴き上がり、ゆらりと空気が揺らぐのが見えた。可愛らしい見た目にも関わらず、地を這うようなおどろおどろしい声が吐き出される。


「ちっくしょおおぉぉ…っ、幼馴染みとか絶妙な立ち位置にヌクヌクと収まりおって、腹立ってしゃあないわ。おまけに主とあの()と両手に花か?? ええおい? この色男めが! 絶対、絶対お前みたいな奴に負けたない。これは俺からの宣戦布告や―――! ちっとは痛い目みさらせ!!」  


 怒号の後に、(しゅ)がソジの口から放たれた。恐れおののく茶色の瞳が相手に焦点を結ぶ前に、目の前で閃光が弾ける。


(くっそ…っ、ヤキモチとかふざけんな――!)


 考えつく限りの罵詈雑言をありったけ脳裡に思い浮かべながら、ランドは意識を途切れさせた。


 覚えているのはそこまでだ。

明けましておめでとうございます。


閑話4篇、日付を過ぎてしまいましたが、

変わりなくご訪問いただき、ありがとうございます。


本編は一月後半頃から再開予定です。

よろしければ、おつき合いいただけると幸いです。


本年もどうぞよろしくお願い致します。


2024年、皆さまのご多幸をお祈りします。

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