閑話・ソジの個人指導②
「あの娘のこと知りたい。情報よこせ」
岩場に腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら、むっつりとソジは言った。
喋りすぎる自分のことだ。絶対、口が滑るに決まっているから結局、等価交換ではなくなる。
そう言って、ソジがフェイバリットのことを色々話して聞かせろと言い出したのはつい先ほど。
それを聞いて、意外に自分のことを分かっているのだなとランドは妙な感心をする。
ソジの言葉は本音だろう。だがきっとソジ自身、『飽きた』のだとランドは推察する。
無理もない。発動の紋など、ソジにとっては児戯にも等しい。
そればかりにひたすら励むランドに朝早くからずっと付き合っていれば、うんざりする気持ちも分かろうというものだ。
「どやねん聞いとるか? それともなーんも知らんのか? 自分、幼馴染みとちゃうの?」
苛立ちを隠そうともしない。眉間に深いしわが刻み込まれる。不機嫌そのもの――全開である。
「情報と言いますと…? 何を聞きたいか言ってもらった方が…」
「――なんでもええ」
ぴしゃりと途中でぶった切るソジに、さすがに苦笑が否めない。
ランドとしては、手を止めることなくひたすら己の鍛錬に精を出したい。だがこうなると一度手を止めて、話につき合った方がよさそうだ。
こちらを睨みあげる姿は頑是ない子供そのもの。その癖、見かけ通り子供扱いをすればもっと面倒なことになるのだから、うっかり溜め息の一つもつけない。
手を止めて子供の目の前に立つと、いくぶん機嫌が上向いたらしく、激しくぶらぶらさせていた足がおさまった。
「なんでも…」
「“敵を知り己を知れば百戦危うからず”って名言、知らんか? これは敵の実力と自分の実力、両方をきちんと知っとったら戦に負けることはないという有難い言葉や。――恋は戦や。そやから始まる前に相手をしっかり掴んどくんや。なんでもええから知っとること話せ」
キリリと顔を引き締め、いかにももっともらしく語る――その後で。ぽっと頬を染めると、少年は口ごもりながらこう続けた。
「し・強いて言えば、体重とか身長とか…知りたいかも。…。…。…あ・あとついでに胸囲とか胴まわりとか、ちょっぴりキョーミあるかな? あくまでもつ、ついでや…っ」
(いやそれ、大本命だろ…)
恥じらいながらもしっかり願望を伝えるソジに、ランドは生温かい視線を送る。
もしその乾いた眼差しに気づいていたら、ソジはきっと真っ赤になって烈火のごとく怒っただろう。幸いにもしゃべるのに夢中で、ランドの表情にまで気が回らないようだ。
「…いやいや、それをお前が知っとるっちゅうのは、ありえへんよな…?」
「――そんなの、俺でも分かるはずないでしょうが…」
呆れ果ててランドが小さくボヤく。好きな食べ物あたりが無難だろうかと考えながら、脳裡に娘のことを思い浮かべる。
「そうですね…彼女は拾い子でした。おそらく生まれは別の部族なのでしょう。顔立ちは里の誰とも違いましたよ」
「ほうほう。どう違うねん。色か?」
「髪色と瞳は俺たちと同じ茶色でした。ですがおそらく本来の色は今の色かと。向こうでは目立たないよう彼女の師が術を施していましたから。稀有な白髪に赤い瞳も美しいですが、昔の素朴な彼女も可愛いですよ」
少し前のことなのに、もう随分前のことのように感じる。ランドの目が懐かしげに緩んだ。
「ああ――それやったら知っとる。向こうで見てきたさかい」
「は?」
「そやから実際に向こうで、この目で見たから知っとる。動いてるとこ初めて見たけど、かいらしかったわあ。――それに茶色い髪に瞳もよお似合とった」
おそらく記憶の中の彼女に向けてだろう。うっとりとソジは思いを馳せる。
「ちょっ…ま・待ってくれ。見た?! 向こう??…ってどこで?!」
「ん? そやから彼女が戻ったとこ――お前のおった里や」
あっけらかんと告げると、ニヤリとソジが得意げに笑う。
「俺に行けんとこはないゆうたやろ?」
余裕たっぷりに言い放ったかと思えば――しばらくするときまり悪そうに、はあ――っと長い息を吐く。
「――ま、ゆうても過去に遡ることは出来ひん。今回のは彼女の魂の緒があるから、単純にそれたどって行けただけや。そやから、どこでも行けるっちゅうのは言い過ぎやな」
ソジはあっさりと己の誤りを認めた。それでもランドにとっては驚きの事実だ。
目の前の少年術師は、フェイバリットの気配を追って三千年へだてたあの里に行ったと言うのだから。
「それでも誰でも出来ることとちゃうけどな。少なくともお前は止めとけよ。絶対、迷うから」
歯を見せて、きききっと笑う。もちろんランドに挑む気など、さらさらない。里で一番、いやこちらの世界でも十指に入るだろう――凄腕の術師だからこそ成せる技だ。
「なあ――あの娘、向こうでちょいちょい燕の姿になっとったんや。それはそれで、かいらしかったけど…なんで燕なん?」
ああとランドは頷く。理由は分からないが、言えることは一つある。
「岩燕は彼女が唯一化けられる姿なのです」
「へえ…岩燕…」
なぜかそこでソジは何かを考え込む素振りをする。お喋りな少年が急に静かになったので、気になってランドはその顔をのぞき込んだ。
「師匠…?」
「あ? なんもあらへんで。続けてくれ」
「…その前に聞いてもいいでしょうか? 彼女…フェイバリットは元気でしたか? ちゃんと家にたどり着いたんですよね?」
「遠目やけど、ニコニコ機嫌ようやってるっぽかったで」
こうして他ならぬ彼女のことをソジの口から聞くのは不思議な気がする。しかし魂はここにないと言われたあの日、本当に里にたどり着いたのか、無事なのかずっと心配でたまらなかった。
「ちゅうかあの娘と一緒におったんは彼女の守護者かなんかか? 顔もやけど、うっとこの主と張れるくらいの使い手がずっとそばにへばりついとったんやけど」
その様子を思い出したのか、可愛い顔が苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「ああ。それはきっとお師匠様だ。彼女の養い親でもある…」
「養い親ぁ?――の割には…」
「? どうかしましたか?」
渋い表情のまま言い淀むと、ソジはじとりとランドを見上げる。
「…。…。家の周りにごりっごりの結界が張りめぐらされとった…。それが、ものっすごおてな――それ張ったんソイツやろ?」
賢人をソイツ呼ばわり出来るのは、なんとも怖いもの知らずのソジらしい。一気にまくし立てると、ソジは肩で大きく息をついた。
「向こうはすぐ俺の存在に気づいたわ。害がないっていうのもすぐに分かったみたいでな、その場におるのは一応許されたんや。…そやなかったら一瞬でつぶされてたやろし」
平然と物騒なことを口にする。聞いているランドの方がさあっと青ざめてしまったほどだ。
それに気づくことなく、目を落としたままソジは悔しげに言い募る。
「…そやけど、ちーとも近づく隙がないんや。娘の周りに俺らのとこで言う“式”みたいな? とにかく何かヤバそうなんが常に見張っとって、ちょっとでも距離詰めようもんなら、すぐ飛んで来るしで。ちょっと――つうか――だいぶ怖かったでぇ…」
そう言うと大袈裟な素振りでソジは身震いする。相当、怖かったらしい。
「しかもあの結界、敵の侵入を防ぐ為の守護結界かと思たらそやない――逆なんや。中から出さへんようにするもんと知った時はサブイボ立ったでぇ。しかも蟻の子一匹這い出す隙もないくらい厳重なんや――おっとろしい。あれ何なん? 過保護とか心配性とかの範疇越えとるで? とてもやないが普通の親がすることとは思われへんねんけど」
それを聞いてさもありなんとランドは苦笑いをこらえる。脳裡で、エンジュとはまた違った人外の美貌を思い浮かべた。
続きます。




