閑話・ソジの個人指導①
年内に間に合わず、大変申し訳ありませんm(__)m
「これから俺はお前の師匠や。そやから今後、俺のことは“師匠”と呼んでもらおか。もちろんタメ口もアカン――ええな? 分かったら「はい」や」
「はい師匠」
「よし――飲みこみはええみたいやな」
ランドの視界の中で、頭のつむじまで見える。ランドよりはるかに小さい少年は、そんなランドを見上げてふんと鼻を鳴らしてみせる。
だが笑みを浮かべていた顔が急に不機嫌なしかめっ面になった。
何かしでかしただろうか。思い当たることはない。
しかしここで、子供にするように頭を撫でて尋ねるわけにいかない。そんなことをすればかえって拗らせることは間違いないからだ。
「師匠――?」
皆まで言う前に、ソジの眉間に一本、深いシワがぎゅっと刻み込まれた。むうっと頬を膨らませると、小さく吐き捨てる。
「…なんで俺が弟子を見上げなあかんねん」
聞き取りそびれたランドが身を屈めた時、たまりかねたようにソジが声を張り上げた。
「ええから! そこに両膝ついて跪け」
そこと指さされて、ランドは地面を見る。それで思い出した。昨日、自分はソジの前で膝を折って教えを乞うたことを。
ソジが望んでいることを悟り、ランドは慌てて跪座の体勢を取る。それを見て、ようやくソジの顔に笑顔が戻った。足を広げて力強くどっしりと立ち、腕を組んで得意満面にランドを見下ろす。
つい今しがたふくれっ面をしたことなど、この小さい頭にはもう欠片も頭に残っていないらしい。機嫌よくその先を続ける。
「ええか、まず最初にゆっとく! 俺の教えは厳しいから覚悟せえ。ほんで俺のこと、この見た目やからって舐めとったら痛い目みるからな? ちなみに俺は外で“疾風迅雷の鎌風”なんて二つ名で呼ばれる、大陸ではちょっとした有名人なんや。おまけに神出鬼没にして正体不明の凄腕術師っちゅう大層な肩書きまで背負っとんねん。俺が望んだわけやないけどな――?」
どやっとばかりに、鼻息荒くソジは語る。しかし語るのに夢中で、スンとランドの目から光が消え失せたことには気づかないようだ。
(しっぷう、じんらいのかまかぜ…)
マジか。心の中でランドは洩らした。その上、どうやらその呼び名にソジがまんざらでもない――むしろかなり気に入っている様子。
自分なら…と考えて、いやないとランドは首を振る。そんな恥ずかしい二つ名で呼ばれるなどあり得ない。全力で遠慮したい。
「まあ、お前も頑張ったらなんかええ感じの名前で呼ばれるようになるんとちゃう? あ、それか師匠の俺がなんか名前つけたろかー? お前、尾白鷲に化けんの得意やんな。ほな“幸運を運ぶ守護神”とかはどや。それかあっさりと“古の翼を持つ天空の覇者”とか――」
どこがあっさりなのか。もはやどこから突っ込んだものか分からない。このまま放置すれば、確実に今日中に二つ名が決まってしまいそうだ。
仮に二つ名が決まったとしても、まあいい。問題はその名を邸内で万が一にも呼ばれたら――それに尽きる。
日頃の鬱憤を晴らそうと、ここぞとばかりにチャンジは連呼するに違いない。そのにやけた顔まで、ありありと思い浮かぶ。
天然の姉妹などはこちらの気も知らず、カッコいいとか斜め上に盛り上がり、嬉々として口を揃えて呼びそうだ。
哀れみの眼差しを浮かべるチュンジは、もちろん全く頼りにならない。
そしてエンジュは――頬を赤らめながらそっと口にするだろう…きっと。
あまりにも恐ろしい想像に、ぶるるるっとランドは身を震わせる。
(絶対に阻止せねば―――)
「お。なんや武者震いってヤツか? 結構結構、ヤル気あってええこっちゃ!」
「師匠」
機嫌を損ねてはいけない。かと言って今は必要以上に機嫌を取って嬉しがらせてもいけない。ランドは重々しく切り出した。
「名前の件なら――師匠に一度でも勝ったあかつきに、ぜひ」
「賜りたい」という言葉もあえて伏せる。もちろん意図して口にしなかった。これは絶対、バレてはいけない。
果たしてソジは――ニヤリと笑った。
「強気やんけ。その言葉に二言はないな?」
ソジはさも嬉しそうに口角を歪めると「後で吠え面かくなよ?」と笑って念を押す。ランドはただ無言で頷いた。
さっそくソジが体をほぐし始めたのを見て、(よしっ)とランドが小さく拳を握ったのは言うまでもない。
◆
「んんんん――?」
ソジは首を捻る。さらに。
「そやない――力入れるのとはわけが違うんや―――」
「自分、そんなに力んだら、下から違うもんが出てまうで?」
「や――か――ら――、紋に平たく力を注ぎ込むんや! 全部に満たしてへんのに発動するわけないやろ?!」
「おそっ…! 遅すぎるやろ――そんなんやったら唱えた方がなんぼかマシやで?!」
「無駄・無駄・む――だ――!! 必要最低限や! 阿保ほど力を注げばええっちゅうもんやない!」
数時間の鍛錬の末、当の本人よりも疲れ切ったソジがぐったりとした声で言った。
「――お前、力加減ってわかっとる?」
力の込め方が大雑把すぎると叱られた。適材適所とは何かと懇々と諭される。挙句の果てに。
「呪力は無限やない。分かるやろ――? そやからもっと厳しく使い分けなあかん。こんな使い方しとったら、お前…いざっちゅう時に呪力が足りずに死ぬで?」
紆余曲折を経て、ついにソジは膝を折った。これにはさすがにランドの心も折れた。二人が深く項垂れる先に、ランドの掌がある。
「なあ…。もしかして自分、不器用なん?」
どんよりとソジが声をかける。もう何度、檄を飛ばされたことだろう。それら全てが空振りに終わってしまった。
二人は揃って、うんともすんとも言わない掌を呆然と見下ろす。
まさかの事態と言おうか――ランドの発動の紋がポンコツ過ぎた。その事実に、ランドだけでなくソジもまた愕然として打ちのめされた。
「そういやお前、人間関係ぶっきようやもんなあ――。主にはいいように転がされるし、コムジたちの性的嫌がらせも上手いこと躱すこと出来ひんし…」
「いや…それとこれとは関係ないと思いますが…」
力なくランドは言うも、実のところ自信はない。
小さくソジが舌打ちをする。
「あああ――もう、指南役にかこつけてめっちゃしばき倒したろ思たのに、こんだけ弱かったらただのいじめもいいとこやんけ。くっそおおぉ……っ」
聞いてはいけない本音を耳にして、咄嗟にランドは聞かない振りをした。ここは大人になるべきだと齢十七にしてランドは悟ったのである。
続きます。




