日録37 家族が待つ家(後)
壁際でどのような話し合いが行われているのか分からないが、ひそひそと声をひそめて話を続ける兄妹を尻目に、ランドは黙って茶をすする。
今日はとても濃く――長い一日だった。
腹にたまる温もりと目の前の暖爐の熱に、張り詰めていた気持ちがほぐれ、ランドの目蓋がトロリと緩み始めた。遠くから聞こえる喋り声がまるで子守唄のように、心地よい眠りに誘う。
「あらあら、うたた寝はいけませんよ――弟弟」
―――うん?
腫れぼったい目蓋を持ち上げて、ランドはゆっくりと何度か瞬きを繰り返す。
今の呼びかけは自分にだろうか。問いかけるように、目の前のサコムジを仰ぐ。
目が合うとサコムジがにっこりと笑みを深めた。
「さあ、疲れたのなら寝台に参りましょう。風邪をひいては大変だわ。姉さんがお部屋まで付き添ってあげましょうね」
“姉さん”。
ああ、そういうことかと半分眠った頭でゆっくりと理解する。
つまり姉妹の間でランドは「弟」認定されたということだ。さすがに二人がランドの「妹」では無理がある。
チュンジに言われるまでもなく、その事実を受け入れざるを得なかったのだろう。ぼんやりとそんなことを考えていると、ウコムジがさらりとつけ加えた。
「そうそう。その前に姉さんが体を拭いてあげましょうね」
――完全に目が覚めた。
腰を浮かせたのは、反射的な動きだ。うたた寝から覚めたばかりの体は、いつものランドの動きに比べると緩慢だった。邸内だからと気を緩め過ぎていたと後悔してももう遅い。
あっけなくサコムジの腕が片腕を捉えると、反対側の腕をウコムジの手ががっしりと掴んだ。掴まれた腕にぐっと力を込められる。
引っ張りあげられて、ランドの腰が浮いた。その力が思いのほか強くて、ランドは抵抗もままならない。
まずい――非常にまずい。
ちらりとチュンジがいたはずの場所に目を向けると、気配を殺した大男の姿が見えた。目が合うと、片目を閉じて手を合わせる。ふざけるなとランドは小さく舌打ちをした。
誰かいないか? 他に救いの手を求めて室内を見回すものの、もちろん人影はない。
万事休す。
二人に引きずられるように、ついに歩き始めたランドの顔に絶望の色が浮かんだ――その時。
居室の大扉がばんっと音を立てて勢いよく開かれた。
全員の視線が、一斉に扉に向く。そこにいたのは寝間着姿のソジの姿だった。
「ねーちゃん。そらアカンわ」
大きな欠伸をした後、寝ぼけた声だが、はっきりと言い切る。
ぎょっと目を剥く姉妹のすぐそばまで、スタスタと近づいてくる。その足取りはしっかりしたものだ。
「そ・ソジ。あなた…ここに、いたの…?」
「うん。今夜からしばらく、お世話になるわ――て誤魔化されへんで。何しとんねん」
「弟弟。そう弟弟のお世話をするのよ。だって私たち、姉さんだもの」
ウコムジが文句がある?とでも言うように、ツンと顎を反らす。その隣でサコムジが「そうよそうよ」と囃し立てる。
ソジが聞こえよがしに、はぁ――っと大きな溜め息を吐いた。
「ねーちゃん。あのな」
「「な、なによ? 家族だもの。いいじゃない。どこが悪いのよ?!」」
「姉ちゃんたち…相変わらず、ええハモリ具合やな。泣かせ甲斐がありそうや…」
ぼそりと不穏な言葉を吐いて、可愛らしい顔がニヤリと悪い笑みを浮かべる。ひいっとランドの両隣りから声にならない悲鳴が上がった。
「よお聞け。家族ヅラして年頃の男の裸を拝もうとか、どんだけ変態鬼畜やねん! 姉ちゃんのやっとることは痴漢行為――いやヌルいな淫行罪やぞ。知っとるか? 姉ちゃんたちみたいなのを“痴女”って言うんやぞ」
「「い・い・いや〜〜〜!! ヤメてええぇ~!!」」
「イヤもヤメてもあらへん。事実やろ」
熱のない声で、ソジは容赦なく二人の悲痛な声を叩き落とした。怒涛の言葉責めに、姉妹が顔面蒼白になってブルブルと震えあがる。
「今後一切、手出しせえへんて約束するか? ほなこれで勘弁したるで?」
震えながらも、二人は互いの顔を見合わせて迷った顔になる。その顔にははっきり未練が見て取れた。それを見つめる闇色の瞳が、暖爐の炎を映してキラリと光った。
「――ええんか?」
「「え……?」」
「俺はしばらくここにおる。このまんまやと明日から、姉ちゃんたちの呼び名は“痴女”と“変態”のどっちかになるなあ。二人で相談して、それぞれ好きな方を決めてもろてええで? でもって、チャンジはその呼び名を不思議がるやろなぁ? 俺、正直者やから聞かれたらポロッとゆうてまうかも」
「!!!」
姉妹からみるみる顔色が失われていく。涼しい顔で二人を眺めていたソジの口もとに、凄みのある笑みが加わる。
たっぷり時間を置いて、もう一度繰り返した。
「ええんか?」
◆
「もう寝るで」とソジに連れ出されて、ランドは居室を後にした。前を歩く小さな背中に声をかける。
「ソジ――助かった」
「詫びや」
「え? ――なんの」
静かな回廊。ぴたりとソジの足が止まると、少し遅れてランドの足も立ち止まる。その体がゆっくりと振り返った。
「――俺は根っからのヤキモチ焼きや。それはもうどうしようもない。諦めとる」
「? うん?」
なんの話だ? そう思いつつランドは相槌を打つ。ランドの理解を求めていないのか、ソジもまた一人語りを続ける。
「かと言っていつまでもウジウジ根に持つのも性に合わん。そやからゲンコツ一つで気い晴らそう思てなぁ。それで手打ちにする――うん。ちょっと大人げないけど」
話の流れがいよいよ見えない。あえて聞き返すことはせず、ランドは頷くにとどめた。困惑するランドの腹の辺りを、小さな拳がぽんと小突く。
「ま、そやから詫びや! 今日から俺は可愛い弟やさかい。あんじょうよろしゅう頼むで」
明るく言い放つと「はよ寝ろよ」とひと声かけて、小さな体は弾むように廊下を駆けて行く。あっという間にその姿が見えなくなった。
『詫びや』
あの言葉が、“後でやらかすから、先に詫びを入れとく”の意味だったことを、ランドはその二日後に思い知る。
してみれば、姉妹の魔の手からランドを救い出してくれたのも、彼なりの詫びの入れ方だったのだろう。
次の日――修行の初日、ソジはランドを昏倒させた。その日から二日間、ランドは意識を失ったままだった。宣言通り、二日間をあっという間に終わらせたのである。
ヤキモチとソジは言った。フェイバリットと二人旅をしてきたランドに対して、思うところがあったのだろう。
そう言えば最初に会った時、「ムカつく」とひどく怒っていたことを今さらながらに思い出す。
つまり嫉妬心を昇華させる為に、こんな形で溜飲を下げた。そういうことだろう、多分。
次にランドが意識を取り戻したのは、フェイバリットが目を覚ます七日目の夜明け前のことだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
ランドにフォーカスした七日間のお話。
最終話まで無事にお届けすることができホッとしております。
第一話を投稿したのが'22年10月22日。
一年以上に渡り、お付合いいただいた方には感謝しかありません。
本当にありがとうございました。
次章は再びヒロイン中心のお話に戻ります。
二章に登場した熊の獣人イシトマも一応、攻略対象だったのですが、
あまりにも一瞬のうちに終わってしまったので
今度はもう少ししっかり恋模様を書き込みたいと練っております。
年末年始は多忙につき、大変申し訳ありませんが
次章は来年1月の後半頃からの始動で考えております。
年末までに閑話、『ソジの個人授業(仮)』を一話、
投稿する予定です。本編とはあまり関係ないお話なので
出来あがり次第、こっそり投稿します。
ご興味がある方は良かったらゼヒゼヒ。
次の章でもお付き合いいただけますと大変嬉しく思います。
よいお年をお迎えください。
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