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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
102/132

日録36 家族が待つ家(前)

 「お帰りなさい――“兄弟(ションディー)”」


 ランドが現れるなりかけられた第一声がこれ、だった。


 いきなり現れたランドに驚くでもなく、コムジたちが揃って彼を温かく迎えてくれた。


 瞬きひとつで、もう邸内の居室なのだから、転移の術の凄さをランドは改めて思い知る。


 「外は寒かったでしょう」「火のそばへ」と二人が競うようにしてランドの腕を取り、居室の中央に据えられた暖爐(ストーブ)のそばへと誘導する。


 第一声の言葉といい、この分だとエンジュの名前の件は、すっかり皆に知れ渡っているものと考えてよさそうだ。


 部屋をぐるりと見渡すと、壁に寄りかかってチュンジが控えている。ランドを見ると小さく笑って、片手を軽く掲げるのが見えた。


 二人がかりだと、女性相手でも分が悪い。あれよあれよという間にランドは暖爐のそばへと押しやられてしまう。


 暖爐(ストーブ)のすぐそばまで来ると、肌にあたる空気がしみ込むように暖かい。


 頬に、ピリピリと痛いほど。それで、自分がどれほど冷え切っていたのかが分かる。


 半ば強引に厚い抱枕(クッション)にランドを座らせると、青い前掛けをつけたウコムジがお茶の準備に取りかかった。


「お可哀そうに。寒かったでしょう。ったくどうせ荷を準備するなら、なぜ()の分まで防寒着を用意しないのでしょう。理解に苦しみますわ」


 また例のマテ茶かと思いきや、漂ってくる香りはいつもと違う。匂いにつられて、そちらを見るとウコムジが暖爐にかけた鍋を掻き回している。


「――チャンジ兄様ですもの。主様以外に気を遣えと言うのがそもそも無理な話だわ。熊に編み物をさせるようなものよ」


 赤い前掛けのサコムジが諦めたように言いながら、毛布をそっとランドの肩にかけてくれる。その後も二人して、ここにいない兄の悪口で盛り上がり、言いたい放題である。


 だがどれだけ悪しざまに罵っても、意地悪な物言いではない。むしろ笑ってこき下ろすという感じで、そこに悪意めいたものは感じられなかった。


 ――この兄妹は本当に仲が良い。

 ほっこりと二人のやり取りを眺めていたランドは、チャンジの名前を聞いてはっと我に返る。


 改めて室内を見回すも、チュンジと瓜二つの姿はこの場に見当たらない。


「チャンジは? まさか、まだ戻ってないのか?」


 焦ったランドの声に、サコムジがふと口もとを緩ませると優しく首を振る。


「ご安心下さい。とうに戻ってきておりますよ。今は主様をお部屋にお連れして、そのまま付き添っております」

「そうか…」


 ホッと息を吐くと同時に、ウコムジが二人の間に割り込んだ。


「お茶が入りました」


 盆の上で湯気を上げるのは、いつものコロンとした丸い木の椀ではなく、漆塗(うるしぬり)の木椀だった。広口で浅く、口縁(こうえん)が立ち上がっている。


 そこになみなみと注がれた茶色がかった乳白色の液体。なんのお茶だろうと、ランドが興味深くのぞき込む。


「バター茶です。固めたお茶をほぐして煮て、バター、岩塩と牛乳を入れ、念入りに撹拌して作ります。飲まれたことはありますか?」


 ランドは首を振りながら、木椀に手を伸ばす。すかさず「熱いのでこぼさないよう、しっかり底から支えてくださいね」と鋭い声が飛ぶ。


 子供のような扱いに少しばかり苦笑が洩れる。

 椀に鼻を寄せると、濃厚なバターの香りが湯気と共に鼻孔に押し入ってくる。


 息を吹きかけながらどんな味だろうと考えていると、それを躊躇と受け取ったのだろう。反対側からサコムジがそっと耳打ちする。


「マテ茶と違って、苦くありませんので、心配ないですよ」

 

 その声が若干、笑いを含んでいる。

 ――顔に出さないようよくよく気をつけていたつもりだ。


 だがランドが実は苦いマテ茶を飲みにくいと思っていることは、すでに二人の知るところらしい。隠していた悪戯を見つけられたように、ばつが悪い思いで、ランドは椀の縁に口をつける。


 ひと口含んで、正直ランドは驚いた。

 思いのほか塩気が強く、普段飲み慣れたお茶とは全く別物だったからだ。


 と言うより変な話だが、これは少なくともお茶ではない。むしろこれは、バターの塩気とこってりとした油脂が混ざり合った、濃厚なスープと言っていいだろう。


 目を白黒させるランドを、右側からウコムジが、そして左側からサコムジがひょいっとのぞき込む。


「思った味と違って、驚かれました?」


 いきなり言い当てられて、口に含んだものを思わずゴクリと音を立てて嚥下する。幸いにも、むせたり吹き出さずに済んだ。


「な……っ」

「同じバター茶でも、王都で飲まれる“チャガルモ”の方がランド様のお好みしれませんね。あちらは塩とバターを少し垂らした甘い紅茶だから」


 内心、ぎょっと目を瞠る。そんなランドの気持ちを知ってか知らずか、笑顔で二人はとどめのひと言を吐いた。


「「ランド様って意外に甘党だものね♡」」


 そんなに分かりやすく反応していただろうか。さらに自分の嗜好まで把握されていることを知り、ランドはますます落ち着かない気分になる。


「俺…そんなに顔に出ていましたか…?」

「あら、失礼しました。うちはオムジ兄様みたいなのがいるから、表情を読むのが習い性になっているのです。どうか、お気を悪くなさらないで?」

「引きこもりの末弟(まってい)などは声でしか気持ちを判断できなくて大変ですのよ」


 一度しか会ったことはないが、無口で表情の動かない長兄とトカゲ姿の末弟――なかなか手強そうな二人を思うと、姉妹の苦労が偲ばれた。


 姉妹の読心術はきっと苦心の末に得られたものなのだろう。難しい兄弟二人と比べれば、ランドの心内(こころうち)を読むことなど赤子の手を捻るようなものに違いない。


(だからといって、やすやすと心の内を暴かれてはたまったもんじゃない)


 心を読まれまいと、ランドはことさら俯きがちにさらに何口かを飲み下す。温かいかたまりが、喉からみぞおちへとゆっくりと移動していく。


 胃のあたりに落ち着くと、体の内側からポカポカとする。寒さで固まっていた体からホッと力が抜けるのが分かった。


 そんなランドを、二人が慈愛の眼差しで見下ろしている。照れくさくて、ランドはどんな表情をしたものかと曖昧な笑みを浮かべた。


「温まります――ありがとうございます。ウコムジさん、サコムジさん」


 お茶だけでなく毛布もろもろを含めて、ひとまず礼を口にすると、コムジたちがうんうんと頷く。


 相も変わらずその動きは一糸乱れず揃っている。双子だからと言ってこれほどピタリと呼吸が合うものなのか。


「ウコムジさんサコムジさんなんて、他人行儀だわ」

「そうね。私たちもう家族も同然だものね」


 二人が互いに視線を交わし、目配せをする。


「――いっそ呼び方を変えてみてはどうかしら?」


 いいことを思いついたとばかりに、はしゃいだ声でウコムジがそう言うと、サコムジがポツリと呟いた。


「…さすがに、ランド()()()――は違うわよね?」

「はあ? おいおい、お前たち。こんな年増の妹がいたら、さすがに坊主が可哀そうだろうが」


 小さな声だったのに、耳聡く聞きつけたらしい。よせばいいのに、後先考えずチュンジがいらぬ(くちばし)を突っ込んだ。


「「――チュンジ兄さんっつ!!」」


 即座に二人が壁際に佇む兄に振り返る。その顔を見るなり、逞しい肉体美を持つ偉丈夫の口から「うおっ?!」という悲鳴にも似た声が上がった。


 果たして二人がどんな表情でチュンジを見たのか。少しばかり好奇心がそそられたが、その顔をのぞき込む勇気はついに出なかった。


 部屋の隅に追い詰められるチュンジを心底気の毒に思う。しかし余計な救済はかえって火に油を注ぐだけだろう。


 うんと、ランドは小さく頷く。

 この場はあえて沈黙でいようと、ランドはひたすら心を無にした。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話いよいよ[ランド、七日間の記録]編、最終話。

明日10時に更新予定です。


最終話も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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