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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
歓びの里 [ランド、七日間の記録]編
101/132

日録35 発動の紋

お待たせしました。


[ランド、七日間の記録]編、ついにカウントダウン。

こちらを含めて残り三話。(※閑話含まず)

本日から三日間、一話ずつ更新しますm(__)m

 (なま)りの強い喋り方、そして子供特有の高い声。確かめるまでもなく、相手が誰なのか分かる。


「ソジ」


 声のした方に、体ごと振り向いた。

 獣が足音を消して忍び寄ってくるように、背後の暗がりから、ひたりと小さな足が現れる。


 月明かりの中に姿を見せたのは、いつもと変わらぬ黒髪に闇色の目をした少年だ。


 最後に見た時のソジは、頭巾(フード)のついた引きずるほど長い外套を着ていた。


 今、羽織っているのは、厚手の生地で仕立てられた膝頭が隠れるくらいの比翼釦(ケープ)。裾からのぞく足もとは暖かそうな毛皮の深靴(ブーツ)でしっかり防寒している。


「上手くいって良かったやないか。ま――俺のおかげやけどな」


 鼻高々とふんぞり返るソジを前に、ランドは複雑な顔だ。


「なんやぁ? 望みが叶ったっちゅうのに、辛気くさい顔してからに」

「……失うものが大きすぎた。こんな顔になるのも当然だろう」


 ついつい恨みごとが口をついて出る。

 己の醜態を嫌というほど晒してヘラヘラ笑っていられるわけがない。


 そう暗に告げると、ソジが「ああ」と言って納得したようにランドを見る。――口に出さずともその目が笑っているのは一目瞭然だ。


 ランドはじとりと恨みがましく相手を見る。しかしソジはそんな視線など気にする様子もない。


 それどころか、あっけらかんと笑ってこう言ってのけたのである。


「欲しいもん手に入れるのに代償はつきもんやろ。自分は無傷でええとこ取りしようなんて…そらお前、ちょっと虫が良すぎとちゃうか?」


 身も蓋もない言いようだが、まさにその通りなので、ランドからはぐうの音も出なかった。


「オマケに濡れ手に粟っちゅうか、棚から牡丹餅と言おうか、な~んもせんで希望通りになったんや。いやむしろ可愛がられてたよな。どっちにしろこんな楽な仕事ないでぇ」


 皮肉ではない。心底羨ましそうにソジは言う。その可愛がりが大変だったと言いたいところだが、ランドはぐっと言葉を飲み込んだ。


 結果を出したのではなく運が良かっただけ、何も間違ってはいない。これ以上何を言っても負け犬の遠吠えのような気がした。


「…ここにはねぎらいに来たのか? それとも冷やかしに来たのか?」


 幾分、低い声が出た。きょとんと、黒い大きな瞳が心外とでも言いたげに丸くなる。


「は? どっちでもない。お前を迎えに来たったんや」

「俺を…出迎えに…?」

「そや。チャンジのこっちゃ。お前が置いてきぼりくらうのは目に見えとったからな。さすがにこの寒空に、子供が一人でべそかいてんのは可哀想で見てられへんやん? そやから出向いたったんや」


 見るからに幼いソジから面と向かって子供と言われて、苦笑が洩れる。だがこの姿でも百年経っているのなら、十七歳のランドなどほんの子供に過ぎないのだろう。


 そして口ではどうこう言いながら、こうして救いの手を差し伸べてくれるソジはやはり面倒見がいい。


「助かる――ソジは本当にいい奴だな」

「ほんまやで。――不出来な弟子の為に、師匠自ら迎えに来るなんて俺くらいのもんや」


 「弟子」「師匠」と言う言葉に、思わず視線が走る。それはこの小さな術師が指南役を引き受けたと宣言をしたも同然だからだ。


 ソジがゆっくりとその手を前に突き出す。開かれた(てのひら)の真ん中に一点、小さな光が現れた。


 目を見開くランドの目の前で、小さな点は(まばゆ)いくらいの光を放った。ソジの手から放たれた光の筋は、闇を切り裂き辺りを明るく照らし出す。


「これは“発動の(もん)”や」


 あまりの眩しさに目を細めるランドが、声を頼りにそこにいるだろう子供の顔を見る。


 闇に慣れた目にその光は眩しすぎたが、しばらくすると少しずつ慣れてくる。


 取り戻しつつある視界の中で、少年の唇が微笑むのが見えた。子供の掌の真ん中には、見たことのない模様があった。


「これ…は」

「これが発動の呪の代わりになる紋や。紋は文字通り“紋様”――まあ模様や。模様とひと口にゆってもその形には意味がある。人によって若干、形も違う」


 食い入るように、ランドは近くで手に描かれた複雑な模様を見る。「穴あいてまうわ」というソジの声は、あえて無視した。


「…今日一日、村の中歩いたやろ。自分、五色の祈祷旗があっちこっちに掛かってたの見たか? あと筒の形した回すヤツ――マニ車っちゅうの。村人がちょいちょい回しとったの、覚えとるか?」


 そう言われてランドは思い出す。

 山中や集落の至るところに、青、赤、白、緑、黄の五色の旗が無数に掲げられていたことを。


 澄んだ青空に映える色鮮やかな旗。それが風に吹かれて一斉に翻る美しい光景は、今もはっきりと心に残っている。


「もちろん覚えている」

「あれは魔除けと祈りの旗や。旗にはありがたい経文や文様が描かれとる。旗が風になびくたびにな、読経したことになんねん。マニ車も似たようなもんや。転経器(てんきょうき)、手で回した分だけお経を唱えたことになる。どっちも人が功徳を得るために生まれた習わしで、この里に住む(もん)も皆、飾ったり回したりしとるんや」

 

 理解したかどうかを確認するように、ソジがじっとランドの顔を見る。理解したの意を込めて、ランドは強く頷いた。


「発動の紋の原理はそれと似たようなもんや。紋が呪言の役目をして、力を注げば(しゅ)を唱えたことになる」


 そこでようやくソジが言いたいことが分かり、はっとしたランドが再び、掌の紋に目を落とす。


 それを見て、白い光の中にふと笑う気配がした――かと思うと急に光が勢いをなくしておさまっていく。


「――とまあ、こんな感じや」


 光が収束すると、辺りは再び闇に閉ざされる。一度光に目が慣れてしまうと、今度は辺りの闇が一層深く感じられた。


「自分のおった時代にはなかったんかもしれんが、術を扱う(もん)で、今どきだらだらと(しゅ)を唱えるような闘い方をする奴はおらん。術比べするんなら、詠唱は相手より先に終わらすのが鉄則や。その為にもどれだけ早く正確に唱えられるかが肝になる」


 力強く頷いた後、さっと両膝を折ると、ランドは地面に膝をついて跪座(きざ)になる。


「ソジ――いや師匠。俺にも発動の紋を使わせてください――どうかご指南願えませんか?」


 いきなり目の前で(ひざまず)かれて、ソジが驚いたように目を瞠る。それもほんの一瞬。「師匠」という言葉に気を良くしたのか、にんまりと口角が上がった。


「まあそうがっつくな。気持ちは分かるけど落ち着け。まず発動の紋は――あらかじめ人の手で施さなあかんねん」

「では、それはいつ――」

「ちょお待て。まず一回落ち着こ」


 ランドの目が縋るようにソジを見上げる。熱意のこもった眼差しに、珍しくもソジがたじろいだ。


 ソジは長い間、無言を貫いた。

 だが一歩も退かないランドを前にして、最後には諦めたように深い溜め息を吐く。


「……。……。まあ、これは俺の気持ちの問題や。俺は約束を守る男やからな。しゃあない――左右どっちでもええわ。手え出せ」


 言われた通りにランドは手を差し出す。渋々といった感じでソジがその手を取った――途端。


「………ん?」


 ソジの口から小さな呟きが洩れた。暗がりの中、ランドの掌にぐっと顔を寄せると、目を細めて訝しげに覗き込む。


「なんや…。もう刻んでもろてるやん」


 くっつくかと思うほど至近距離でランドの(てのひら)を凝視していたその顔が、いきなりぱっと持ち上がった。


「必要になるって分かっとったんやろなあ――もうお前の掌に紋、入っとるわ」

「―――え?」


 思わず己の掌を見つめる。先ほどソジがそうしていたように、ぎりぎりまで顔を近づけて目を凝らすも――何度見てもそこに何も見いだせない。


 途方に暮れて目の前に立つ相手を見上げると、ソジがそっと手を突き出した。小さな掌とランドのそれとが重なり合う。


「――普段は隠れてるんや。力を注ぐと分かるようになる…」


 掌越しに、体温よりも温かい何かが流れ込んでくる。熱が伝播するように、ランドの掌が熱くなる。それを合図に、ゆっくりとソジの手が離れていくと――。


 ランドの掌から、煌々と(まばゆ)い光が溢れ出ていた。掌を見ると、くっきりと紋様が浮かび上がっている。そこでランドは思い出した。――エンジュだ。


 ランドの掌に長い口づけを落とした――きっとあの時に違いない。


「これ主の紋身やな。俺がやると全く痛ないってわけにいかへんけど、主の紋身(もんしん)は別格や。全然痛なかったやろ? っちゅうか、めっちゃ気持ちよかったんちゃう?」

「きもち……っ?!」


 何気なく吐かれたソジの言葉に、ランドはぎょっと呼吸(いき)をのむ。先ほどこの場所で起こったあれこれがまざとよみがえり、一気に顔が赤らんだ。

 

「紋身を刻むには、互いの呪力を馴染ませる必要があるんや。いっぺんやられたら分かると思うけど、相手の呪力を肌で感じるっちゅうのは――だいぶ気持ちええ…」


 だいぶ気持ちええ。


 最後は俯きがちになる。子供は、恥じ入るようにひっそりと言った。


 うっかりあの時の感覚を掌に思い出しそうになり、ランドは思わずぐっと手を握り込む。


「――もちろん相性があるから必ずそうとは限らんけど。そもそも呪力を馴染ませる行為自体、実際に触れへんだけで肌を重ねるのと大差ない。ある意味、肌重ねるより性質(たち)悪いくらいや…。呪力を馴染ませる時深いところで()()()から、多幸感とか気持ちいいのが団子になって、もう自分のなんか相手のものなんか分からんようなる。やから…その・気持ちええけど・やっぱり気色悪いって思うのはしゃあないやん?」


 言いにくそうに、ソジの声がしどろもどろになる。子供の口から肌を重ねるなどと際どい言葉を聞くと、ランドも居たたまれず目線を下げてしまう。


「…そやけど頭では拒否してても――気持ちよくなるのは止められへん。女の子相手やったらまあ――ええけど、男相手に気持ちよくなるて、なあ…やっぱり抵抗あるやん? ――ま、お前の場合、()()()()()()()主で良かったやん! 当たりやで♪」


(…初めて、紋身を刻んだ相手だろ…)


 変なところを省略すると、全く別の意味あいに聞こえる。

 

 それに気づいた様子もなく、一転して明るい声で話すソジを前に、ランドは顔を真っ赤にして深く俯いた。幸いにもこの暗さと喋るのに夢中で、ソジはそんなランドに気づいていないようだ。


 ソジの言葉はランドをめった刺しにする。心底ほっとしたように、ソジが大きく息を吐いた時には、ランドの精神はすでに息も絶え絶えになっていた。

 

「はあ――ともかく無事、紋は手に入ったし良かったな!」

「……ええ」

「なんや。そんなに疲れとったんか?」


 ランドの疲れ切った声に、ソジが不思議そうに小首をかしげる。火照った頬の温度を手で確かめながら、ランドは辺りが暗闇で良かったと思う。


「ほなら今日はこれでしまいにしとこ。今夜はしっかり体を休めとけよ? 明日っからたっぷり地獄見せたるから楽しみにしとくんやで♡ ん? まさかお手柔らかにとかゆうんちゃうよな?」

「いえ――もちろん全力でお願いします」


 いかにもランドらしい実直な返事だ。だがどうやらソジには、それが挑発と取れたらしい。「強気やな」と低く呟くと、ふんと盛大に鼻を鳴らしてみせる。


「お前のそういうとこ俺は嫌いやない。その鼻っ柱へし折るのが楽しみやわあ。そや――最後にいっこ宣言しとく!」

 

 びしりと人差し指をランドに突きつける。


「明日はきりきり舞いさせたるで! ――気がついたら、娘が目を覚ます日やったって思うくらい、あっちゅう間に二日間を終わらせたるからな」


 それは地獄の特訓を予告しているのだろうか。改めて顔を引き締めたランドに、ふわりとソジの瞳が細くなった。


「とにかく、明日のお楽しみや――ほな送り届けたるさかい」


 突きつけた人差し指以外の指がゆっくりと開かれる。ランドに向けられた掌の中央がぽうっと白く光り、紋が浮かび上がるのが見えた。


「“転移(ヂュァンイー)”」

読んでいただき、ありがとうございます。


次話は明日、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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