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傾(か)しいでいかないように

 生まれてくるまでの話が少し長すぎてしまったようだ。ほんとうは、こんなにも長く話すことはなかっただろうし、始める前はそんな話をするつもりなんてコレっぽっちもなかったのだけれど・・・・・


 ゴほゴほ、ごホごホ。

 咳き込む声は、声変わりなどまだまだ先の幼い声だ。細いが濁音の混じらない、羊水に浮かんでた時分のブクブクあぶくの小さな泡のシュワシュワ跳ねる澄みとおった声だ。

 その声が語っている。いまも、なお。

 そのことを思い出しても、藤十郎の生きていた時間よりもそのことを語る長い話が病弱のために(さと)くならずにいられなかったこの男の子の疲れ果てたほんとうを伝えるためには何よりも必要なことだと分かった。


 もう、ぼくたちには、時間は限られているんだから。こんなに長いむかし話に時間を使うべきじゃないんだ。渡さなけらばならないものをきちんと渡すために時間は使うべきなんだ。それは分かっている。だけど、ぼくの中のもやもやガサガサがそれを邪魔する。邪魔するものは今のぼくを形作っているものなのに、それをほったらかしにして自分だけ先に進んでいこうとするのは公平(ふぇあ)じゃない。


 いつだってキングサイズのベッドが邪魔をしてくるんだ。

 大人だって一人寝なら持て余すキングサイズに、たったひとり。羽化して空中から見つめなくても、大きな昆虫採集の空き箱にたった一匹のカゲロウの姿かたちなのは分かってる。自分のことだから。こんな細い手足と胴体を横たえているだけの子どもがどのようにして形作られていったのかを、プロローグなしに渡したいものだけ渡すのは、いろいろな処のバランスが崩れて()しいでいくような気がしたんだ・・・・・

 

 541・・・・あぁー、恥ずかしくなるほど眩しい。10の2乗100番目の素数、魂の数字・・・・どこから見てもくもりのないクリスタルなその肌合い・・・・


 母さんが見つけた糸繰りおばさんは、この国のどこを見渡しても見つからない一番の優しさを表すアイコン、献身だった。

 優しさなんて、収斂(しゅうれん)したり、公平(ふぇあ)に分け与えるなんてできっこない。だって、大きくなればなるほど優しさなんて自分も含めて誰かしらの不幸が必ずついて回るのだから。

 やっていくのは、繰り返すだけ。いっときの、幸せと不仕合せを繰り返すだけ。

 つくっては壊して、壊してはつくっての繰り返し。でもどんなに大むかしへ辿(たど)っても未来を予言しても、この道筋だけは同じなんだな。

 作り続けることはできないし、壊し続けることだって出来やしない。結果から手繰ってみれば繋がっているように見えても、今を生きてる誰もが出来ることは今を生きてやってることしか出来ないのだから。


             お國のため   自分のため   誰かのため


 それぞれバラバラなテーゼだって、見せてる顔は同じ顔。いくら有意な男だって、たまには違った顔を見せてみたいもんさ。

 母さんが男の目の中に糸繰おばさんを見つけると、己れを勘定に入れずに奮闘してるのを、献身してのを確かめられて、有意な男は安心する。献身なんて、真似ごとにしたって男にはけっしてできっこないのに。

 繰り返しを繋げてためには、立ち止まったり振り返ったりしないことが肝要だ。びくびくおどおどを冷やす湿布薬が必要だ。

 安心。安心するっていうのが(きも)なんだ、鎖を切らずに繋がっていくための扇の要なんだ。

 出てきた、出てきた・・・・・523、541の前の99番目の魂の数

 

 どんなにそれと一心同体を演じたり自己暗示をかけようとしたって、有意な男なんて、所詮あたまの中の「拵えもの」だから。

 口で湿らせた五寸釘をトンカントンカンやって建ててるつもりなのに、そんな「よこしまな真実」が割り込んできたら、小さな丸テーブルの上にトランプで組みあげてる三角の家にすり替わってしまう。少しでも息を変えたらたちまちペラペラしたカードがいっせいにうつ伏せしていた建国前の野蛮に戻ってしまう。

 だから、工程に勇んでるときには、余計な雑音が封じられる523(あんしん)は必須だ。

 昨日は「親の仇」と(ののし)られ、今日は「こん畜生」と地団駄を踏まれ、赤子が口にするものまで奪われた女たちの恨みがましい顔が焼き付いてばかりいる毎日だけど、これもすべて明日のための尊い犠牲者なのだ。いつものように「小異を捨てて大同につく」を連呼できると安心する。


 





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