表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

17の家

 17。連れていかれた先は、あっけないほど単純な数だった。

 私たちの乗った車はロシア人が作った白を基調の街からどんどん外れ、コウリャン畑と小麦畑と何ものも生えてくるのを拒む荒地のまっ平らな地平線をどんどん進む。

4597(キングサイズのベッド)は、先に運んであるから、181(いーらいしゃん)。なにもし・・ん・・・・・」

 外套で顔の半分を覆ったままなので、最後の語尾まで聞き取れなかった。

 ()()()()()()なのか()()()()()()()なのか、それとも「何も知らなくていい」と引導を渡すために詰められてしまったのか。そのあとの沈黙がどんなに長くても、だんなさんはポツンとみせている糸口の先を引っ張るいとまを与えようとしない。

 とてつもない長い時間が続いた。

 だんなさんは一度も時計を見ようともしない。そのままそこに到着した。

 砂漠の中に湧いたオアシスに生えてきた街のように、寄り添うように(まだら)のような家がポツンポツンと立っている。各家(かくいえ)が許したものだけを受け入れるような、そうでないものは立っている存在さえ視界に触れさせないカゲロウのような危ういポツンポツン。どれも同じつくりで一度外に出たらさっきまでがどの家だったか探せないくらいに似かよっている中、だんなさんは迷わずそこに入る。あたしも一緒に車からおりた。

 

 でも、すぐに、安心した。

 不具の主(ふぐのあるじ)の店を出てからとてつもなく長い時間が、満州まで渡ってきた船よりも汽車よりも長い時間が経っていたはずなのに、お日様はまだあんな高いところにとどまっている。

 何より、この家には女が親しみやすい17が立っている。

 やっぱり、お店ではなくて家なんだ。

 赤いもので包んでサヨナラするように戸口にツッパリ棒かけた音を背中に聞いてから一度しか思い出さなかった実の親のいた家よりも、それはあたしのために家として立っているんだ。

 17はすぐにそれとわかる匂いがついているから、好き。

 かぐわしいけど、選ばれた高貴な女だけが持ち合わせている(たぐい)のものじゃなく、どんな女でも持てる、だけど一度の通過しか許してくれない甘酸っぱい香り。

 だけど、きっと、あたしは、4597(キングサイズのベッド)の上で、永遠にその香りを保ち続けている。そのための4597(産台)。そのための181(女王蟻)


 月も星もない闇夜の森の(ほむろ)のように

 砂嵐がぽっかり抜けた砂漠の井戸の釣瓶(つるべ)のように


 金襴緞子の重みで包み込まれる布団にうつぶせで待っていたら、だんなさんは、それがあたっていない裸の肩に、それだけでは肌寒かろうとうなじを超えた耳元まですっぽりかけ直してくれる。

「ここは、日が落ちるとすぐに寒くなるから。そんな真っ裸で待っていなくてもいいんだ。わたしは、昨夜にもうもらったから必要ない。これからは、この国をつくりにやってきた男たちに一粒づつあげればそれでいい」

 金襴緞子(きんらんどんす)の重みでくぐもっているけど、だんなさんの声は、卵のような水滴のような美しい円錐の弾力を讃えて、あたしの盆の窪(ぼんのくぼ)から身体の部位で一番好きな足の親指の腹までの、後ろ側うら側のすべての毛穴に沁みてきた。

 沁みるのは、一粒・・・ひとつ・・・・・(ひとつ)・・・・・

 魂の数の呼び名は、これから順々をはじめる掛け声の「いち」でなく、ひとつが相応(ふさわ)しい。

 

 ここにやって来る男たちは、その(ひとつぶ)をもらえばあとはだまっておとなしく帰っていく。そして、これからの一生恋なぞしない女のように後生大事にその(ひとつぶ)を抱え、ただひたすらまっすぐに、馬車馬のように、奴隷のように、働いていってくれるから・・・・・・


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ