はじめて覚えた魂の数は、くーくくくくくはっく
・・・・じゅうしちじゅうく・・・・
・・・・・・にじゅうくさんじゅいち、さんじゅしちしじゅういち・・・
いつの間にか眠ってた。
学生さん、いつもあたしより先に火照ったものが冷たくなって、それが寝息に変わって、それ聞いて安心してあたしも眠る。贅沢なお客じゃないけど、「それくらい甘えさせてくれたって、いいじゃない」って、あとであたしがとんがり口で突っかかるのが分かっているからお母さんや姐さんたちは面倒くさい顔をしてこない。
だから、これからの、朝までの夜が一番好き。
このひとよりも好き。やっぱり、あたし、このひとよりもこのひとを好きなあたしが好きなんだってつくづく思う。
そんな独り合点でウトウトしてる耳の後ろから男の寝言が追いかけてくる。
ううん、寝言じゃない。じゅうしち、じゅうくなんて、はじめは年の割に錆びた声だから、粋な清元の出だしかと島田髷の襟足が浮かんで、にじゅくさんじゅいちは、漆髪した年増のぽってりした後ろ姿がプーんと浮かんできたけど、しじゅいちしじゅさんまで進むともういけない。齢にあったお頭結い上げるのが面倒くさくなって、のっぺらぼうの顔しか出てきやしない。
そこまでいって、気がついた。
つまみたくなるような細くてきりっとしたその鼻の上で、節回しはクルクル廻り付いてってるけど、やっぱり何か順々に数えてるんだ。
「83(はちみつ)、89(やく) 97(な)・・・・あーあぁ、起こしちゃったか。やれやれ、ひゃくまでも続くかなかったかい」
「おにいちゃん。いまのお称名みたいなの、なぁーに」
学生さんは、おにいちゃんって呼ばれたがっていた。うちの方が2つ姉さんなの知っとるくせに、「お前は、いもうと可愛がりがよう似合う、性に合とる」そないいいよって。
「たましいの数字だよ。ソスウって言うんだ」
うち、いまもそうやけど、素数って字顔、好かん。たましいとは無縁の木偶人形みたいな名前やもん。おにいちゃんが唱えとったのは節が付いとらんでもちっちゃな一粒一粒に魂の宿って、おのおの立ってる感じに聞こえた。
みんなそれぞれに顔があった。色があった。匂いがあった。
・・・・・ひゃくくじゅうく、にひゃくじゅういち、にひゃくにじゅうさん・・・・・・しひゃくくじゅうく、ごひゃくさん・・・・・ごひゃくくじゅうく、ろっぴゃくいち
三畳部屋にかかってた蚊帳が、お星さんの瞬く真っ黒の空に模様替えする。
漆黒に慣れた目が、大きくはっきりしたものから拾っていく。
天井穴から零れる星の光のように、ざわざわ、ざわっと、落ちてくる。
うちがはじめて拾ったたましいの数は、99999989。くーくくくくくはっく
あまーいコンデンスミルクに粒が弾けるときの王冠みたいな角が七つきれいに輝いてるから、すっくり入ってくる。掌に描いて飲んだりせーへんかて肌に沁みていくから、こぼれ落ちる心配せんかていつまでも掌の上でコロコロさせとってエぇ。
「えらいもんやなぁー。はじめてなのに、そない気張ったもん拾うやなんて。おまえ、そすうに愛されとんのやなぁ」
学生さん、うちが褥の中でしかこぼさんお国訛り、きれいに拾い集めて披露してくれる。拾いもんやけど「気張った」なんて・・・・お世辞やと分かっていても、掌の上のこの数と一緒に嬉しくてコロコロがプルプルに変わるくらい、うれしい。
あー、今夜の身体はとっても嬉しい気分に抱かれている。お月さんの青い影に照らさてぐっすり眠ったときよりも身体の浮いとる心地よさ、足の両方の親指まですっぽりが包んでくれとる。
「もう一度、あっためてもらおう」と横を向いたら、今度はいつもみたいにお称名は寝息に変わっとる。寝たふりかと思って触れたら、火照りは消えて眠るだけの冷たい身体に変わってた。
うち、もうこのお人がおらんでもえぇ気がした。
お月さんの青い影を浴びんでも身体を軽ぅして夢の中に入っていける気がした。
夢なんか見なくても、腹の中に納めた99999989で、世間様にあるすべてを産んでいけると思った。
小さかったとき、表店のぼんぼんに見せてもろうた絵本がある。小っちゃい虫やった。その小っちゃな虫の足先まで姐さん達が眉毛書きよるように筆先使うて丁寧に黒々輝いてた。その何万の黒々を大して大きさの変わらん一匹の雌が皆んな産みよったと書かれてた。ほかの黒々も雌やのにその黒々を産んでく雌はその一匹だけ。春にそのためだけの牡からたった一度のお情けもろて、それからを延々と産み続ける。
うち、99999989腹に納めたとき、その絵の女王アリと同じになった。
ほかの黒々したアリなんかとは違う。うちは、ずっと世間様に生み続けていく女。