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学校の二大美少女から好かれている俺だが、ごめんなさい、実は地味子ちゃんと付き合っているので君たちを彼女には出来ません

作者: 墨江夢

 帰りのホームルームが終わると、今日もまた胃の痛くなるような恒例行事が待っている。

 部活にも入っておらず、委員会にも所属していない。学校に残って自主勉強に励むタイプでもないので、出来ることなら一刻も早く帰宅したいのだが……。

 しかしそんなささやかな願いは叶うこともなく、俺は早くも二人の女子生徒に捕まっていた。


颯斗(はやと)くんは今日、私と帰るのよ!」

「いいや、一緒に帰るのはアタシだね!」


 一方は、如何にもカースト制度の頂点に君臨していそうな金髪美女・真中里枝(まなかりえ)。もう一方は、垣間見える男の子っぽさが一層魅力を増大させている短髪美女・国仲陽美(くになかはるみ)

 学園の二大美姫とされる彼女たちは、毎日下校時間になると俺を取り合い始めるのだ。


 俺・湯沢(ゆざわ)颯斗は、自他共に認めるイケメンだ。

 街を歩けばスカウトマンが声を掛けてくるし、すれ違った女の子たちは必ずと言って良いほど二度見してくる。

 その上勉強が出来て、スポーツも万能で。

 そんな高スペックな男なものだから、当然女子たちは黙っていない。はっきり言って、かなりモテる。

 どのくらいモテるのかというと、バレンタインデーの日は宅配便を使わないとチョコを持って帰れない程、モテモテなのだ。


 異性の注目の的になるのは小さい頃からのことなので、今更どうってことはない。ただ……学内可愛い子ランキング首位タイの二人が、こうも積極的にアプローチしてきては、流石の俺もいくらかたじろいでいた。


 毎日「一緒に帰ろう」と誘われているわけだが、俺は一度だって彼女たちと下校を共にしたことはない。

 だってそうだろう? どちらか一方を選ぶということは、どちらか一方のことが好きだということになる。

 これは決して飛躍した考えじゃない。校内随一の美男美女とは、それ程までの影響力を有しているのだ。


 だから「どっちが好きなの?」と聞かれても、選ぶことなんて出来やしない。俺は真中とも国仲とも付き合う気はない。だって……


 俺は窓側一番奥の席を見る。

 そのに座るのは、黒縁メガネをかけたおさげの地味な女子生徒。

 彼女は地味の境地に達しており、ほとんど空気と化している。隣席の生徒も、きっと彼女の存在を認知していないんだろうなぁ。


 だけど俺は、その女子生徒を知っている。他の誰よりも彼女のことを見ている。

 今だって、いつだって。

 彼女の名前は、紀村万由美(きむらまゆみ)。この学校一地味な女子生徒にして、俺が最も好きな相手であり……俺の恋人だった。





 真中と国仲からなんとか逃げてきた俺は、駅ナカのファストフード店に入った。


「いらっしゃいませー。1名様ですか?」

「いいえ。連れが既に来ていると思います」

「かしこまりましたー」


 忙しいのか、それだけ言うと店員は立ち去っていく。下校時刻というだけあって、確かに店内は学生客で混み合っていた。


 さて。万由美はどこにいるのかな?

 店内を見回すと、彼女は一番奥のテーブル席に座っていた。

 見事なまでに、壁と同化している。絶対万由美には、カメレオンの遺伝子が混ざっていると思うんだよな。

 スマホをいじったりせず、熱心に参考書に目を通しているその姿は、彼女の地味さに更なる拍車をかけていた。


「待たせて悪いな」と謝ってから、俺は万由美の対面に座る。

 俺の姿を見た万由美は、参考書を閉じて鞄の中にしまった。


「そんなに待っていませんよ。……真中さんたちは、大丈夫なんですか?」

「なんとか撒いてきたよ。今日かなり食い下がってきたから、大変だったけど」


 彼女たちの尾行スキルは日に日に上がっているので、振り切るのも大変だ。今日だって、2人を撒くのに遠回りをしたものだから、駅に着くまで通常の倍近い時間がかかった。


「颯斗くんは、それだけ魅力的な男性だってことですよ。……注文、どうしますか?」

「なんだ、まだ注文していなかったのか? 待ってないで、先に注文しててくれて良かったのに」

「嫌ですよ。それじゃあ、奢って貰えないじゃないですか」

「奢って貰うことは、前提なのね」


 まぁ彼女を待たせてしまったわけだし、そのお詫びとしてバーガーひとつくらいご馳走してやるか。


「金を出すのは俺なんだし、注文も俺が行ってくるよ。何が食べたい?」

「そうですねぇ……グレートデリシャスバーガーでお願いします。あとポテトとドリンクも」


 この女、人の金だと思って一番高いメニューを頼みやがった。しかもどさくさに紛れてサイドメニューまで。高校生の懐事情は、そんなに豊かじゃない。


「おい、女子高生。カロリー」

「シャーラップ! 女の子にその単語は禁句ですよ」


 ビシッと、万由美は俺を指差す。

「太るぞ」と脅しをかけてもっと安いバーガーにして貰おうと試みたが、あえなく失敗に終わった。


「一度食べてみたかったんですよね、グレートデリシャスバーガー。なんでもハンバーグには、ブランド牛を使用しているとか」

「そうみたいだな。お陰で一個1000円もするけど」


 ご馳走すると言った手前、「高いメニューを要求されたんでやっぱりやめます」とは言えない。彼氏として、彼女の前でくらい格好を付けたいものだ。


 俺は財布を片手にレジカウンターの前まで移動する。


「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですか?」

「グレートデリシャスバーガーとポテトとドリンクを、それぞれひとつずつお願いします」

「かしこまりましたー。ポテトのサイズはLでよろしいですか?」

「はい。ドリンクはリンゴジュースでお願いします」


 万由美の好みなら、きちんと理解している。今更「ドリンクは何が良い?」なんて聞く必要はない。


「グレートデリシャスバーガーとポテトのLとリンゴジュースですね。以上でよろしいですか?」

「えーと、ちょっと待って下さい」


 俺は一度、財布の中身を確認する。小銭がひーふーみー……。


「チーズバーガーも追加でお願いします。ポテトやドリンクは抜きで」


 察してくれ。チーズバーガーが食べたかったんじゃない。お金がなかったんだ。


 ファストフード店という名前の通り、バーガー諸々は1分かからずに用意された。めっちゃ速い。

 テーブル席に戻ると、万由美が不思議そうに小首を傾げてきた。


「チーズバーガーだけで、足りるんですか?」

「足りるわけないだろうがよ。どっかの誰かさんが高いメニューを注文するせいで、金がなくなったんだよ」

「それは申し訳ないことをしましたね」

「そう思うなら、少しくらいポテトを分けろ」

「……少しだけですよ」


 どんだけ食い意地張っているんだよと思いながら、俺はお言葉に甘えてポテトを一本摘む。

 対して万由美は、早速グレートデリシャスバーガーを食べようとしていた。


 人目も気にせず大きく口を開けて、豪快にグレートデリシャスバーガーを頬張る万由美。「ん〜っ!」と感嘆の声を上げながら舌鼓を打つ彼女の姿は、うん、本当に美味しそうだ。

 俺はそんな万由美を、チーズバーガーにも手を付けず黙って見つめていた。

 

 二口目食べようとしたところで、万由美は俺の視線に気が付く。同時にチーズバーガーの包みすら開けていないことにも気が付いた。


「どうしたんですか? バーガーも食べずに、こっちをじーっと見て」

「えっ、えーと……そのバーガー、美味しそうだなぁって思って」


 美味しそうに食べる万由美に見惚れていたなんて、恥ずかしくて言えない。俺は咄嗟に嘘をついた。


「実際に美味しいですからね。お肉は柔らかいですし、味付けも抜群ですし」

「そうだろうな」


 なにせ一個1000円なわけだし。これで不味かったら、「金返せ」と文句を言ってやりたいくらいだ。

 なんなら本社に直接クレームの電話をかけてやる。


「……一口くらいなら、分けてあげないこともないですけど」


 そう言うと万由美は、わざわざ食べかけた部分を俺に差し出してきた。

 

 万由美の顔が赤くなっているところから推測するに、これは無自覚じゃないな。わかった上で、俺を誘惑している。


「じゃあ、一口だけ」とバーガーをかじると、間接キスが成立。万由美の顔が一層真っ赤になった。


 普段あまり感情を表に出さない万由美の、こんな表情が見られたんだ。そう思えば、グレートデリシャスバーガーの1000円という値段も、割りに合っていると言えるだろう。





 颯斗に逃げられた里枝と陽美は、そのまま下校せずに、二人で駅の近くの喫茶店に立ち寄っていた。

 二人揃って新発売のミルクティーを注文し、窓際の席に並んで座る。

 恋愛においてはライバルの里枝と陽美だが、颯斗のことを抜きにすれば仲の良い友人同士なのだ。


 二人はストローに口をつけ、少し長めの一口を啜る。そして啜っていたのと同じくらい時間をかけて、長い溜息を吐いた。


「結局今日も、颯斗くんと一緒に帰れなかったわね」

「だな。この新作ミルクティーも、颯斗と一緒に飲もうと思っていたのに……何が悲しくて、里枝と二人で飲まなくちゃいけないんだよ」

「それはこっちのセリフ。まぁ美味しいっていうのが、せめてもの救いよね」


 颯斗に拒絶されて、こうして二人で残念会を催すのも、今に始まったことじゃない。その為里枝も陽美も、そこまでショックを受けていなかった。


 あるシーンを、目撃するまでは。

 ミルクティーを飲みながら窓の外を眺める里枝と陽美。そんな二人の動きが、突如止まる。


 二人の目に映ったのは……仲睦まじそうに並んで歩く、颯斗と万由美の姿だった。


「なぁ、あれ」

「えぇ、確かに颯斗くんね。私たちが、見間違えるわけないわ。それに彼の隣にいるのって……」


 クラスメイトの女の子。だけど名前はわからない。人気者の二人にとっては、万由美なんてその程度の存在で。

 いつもならこんな地味子、目にも留めない。視界の端に入り込んでいるというのが、関の山だろう。


 でも、颯斗と二人並んで歩いているところを目撃しては、そうも言っていられない。 

 里枝と陽美がどれだけ頑張ってもなし得ていないことを、万由美はやってのけているのだ。


「里枝は、二人の関係を知ってたか?」

「知らなかったし、知りたくもなかったわよ」

「だよな〜。……取り敢えず、証拠写真撮っとこ」


 パシャリ。陽美は二人の姿をスマホで撮影する。それと同時に、SNSで拡散。

 学校随一の人気者のSNSだ。多くの生徒が閲覧している。

 颯斗と万由美の関係が生徒たちに広まるのに、然程時間は要さなかった。





 翌日。登校した俺は、言い知れぬ違和感を抱いていた。

 ……おかしい。なぜだがいつもより、注目されている気がする。

 このルックスと人気だ。注目を浴びるのは全然珍しいことじゃないんだけど……今朝向けられている視線は、いつもとは違うというか。好意や羨望ではなく、奇異的なものを見るような目のように感じた。


 ……きちんと寝癖を直してきたよね? 鼻毛が出てたりしないよね? 

 さり気なく確認してみるが、うん、やっぱりいつもとなんら変わらない。いつも通りのイケメンだ。


 だったら一体、どうしてこんな視線を向けられるのか? その答えは、教室に着くなり判明した。


 窓側一番奥の席……つまり万由美の席に、人集りが出来ていた。

 クラスメイトはおろか、他クラスの生徒までが万由美の席に集まっている。学年の大半がその存在を認知していないであろう、万由美の席に。


「昨日までぼっちを貫いていた万由美が、どうして一夜にして皆の中心になったんだ?」


 教室に入らず、ドアの前で放心している俺。そんな俺を見つけたクラスメイトが、「あっ!」と声を上げた。


「皆! 湯沢くんが来たよ! 紀村さんとの関係を問い質さなくちゃ!」


 そういうことかと、俺は納得する。

 考えてみたら、万由美が皆の注目を集める理由なんて、一つしかない。

 湯沢颯斗と付き合っている。それだけで、万由美は一躍有名になったのだ。


 万由美は皆から注目されるのを嫌がっていた。だから俺も、万由美との交際を隠し続けてきた。

 だというのに、まさか彼女との関係がバレてしまうなんて……。


 俺が頭を抱えていると、背後から「よお」と声を掛けられる。声を掛けてきたのは、陽美だった。


「予想より早く噂が広まったみたいだな。これも人気者のさだめってやつなのかね」

「陽美……そうか、俺と万由美の噂の出所は、お前なのか」

「そっ。偶然お前が紀村と歩いているところを、目撃しちまったからな。ほれ、証拠写真」


 陽美が昨日撮影したであろう写真を見せてくる。


「アタシと里枝にあれだけ言い寄られて一切の下心も見せないから、こいつゲイなんじゃねーのって疑い始めていたけど……こういうことだったとはね」

「……因みに里枝はこのことを?」

「知ってる。アタシと一緒に目撃したからな。……里枝は繊細な子だからさ、昨日も深夜まで泣きじゃくっていたんだぞ?」

「そうか……悪かったな」

「謝るくらいなら、紀村と別れてくれよ。そんでアタシの彼氏になってくれよ」

「それは……ごめん、出来ない」


 里枝と陽美を傷付けてしまったことは、確かに申し訳ないと思っている。しかしだからといって、万由美まで泣かせて良いことにはならない。

 寧ろどちらか片方しか幸せに出来ないというのなら、俺は万由美を選ぶ。たとえそれ以外の全ての女の子を不幸にすることになっても。


「わかってるよ。アタシと里枝が颯斗を好きなように、お前は紀村が好きなんだ。それは別に悪いことじゃない」


 裏切った俺のことを、それでも陽美は気遣ってくれている。本当に、良い女だ。

 もし万由美と出会っていなかったら、多分とっくの昔に彼女に籠絡されていたかもしれない。


「だけど……やっぱり悔しいな。颯斗と釣り合うのはアタシか里枝くらいだと思っていたし。だから颯斗を取られるとしたら、里枝だけだと思ってた」


 そう言葉は、きっと陽美の心からのものなのだろう。強がりの中でチラつかせた本音を、俺は見逃さなかった。 


 そしてもう一人、万由美も聞き逃していなかった。





 その翌日も、万由美に対する周囲の興味は尽きていなかった。

 昨日一日中万由美に張り付いていた生徒がいなくなったかと思うと、さも待っていたかのように別の生徒が話しかけてくる。遂には新聞部が取材に来ているほどだ。


 万由美に群がる生徒は減るどころか、昨日より多くなっている。結果教室の出入り口からでは、万由美の姿が確認出来なくなってきた。


 万由美がどんな表情をしているのかを、見ることは出来ない。だけど、俺は彼氏だ。万由美が何を感じているのかくらい、わかっているつもりだ。

 目立つことを嫌う彼女が、今の状況を好ましく思っているわけがない。きっと助けを求めている筈だ。

 俺は多少の非難を覚悟して、人集りの中に突っ込んでいった。


「おいお前ら、いい加減にしろよ! 万由美が嫌がっているのがわからないのか!」


 人集りをかき分けるようにして、俺は万由美に近づいていく。

 無理矢理にでも彼女の手を掴み、この教室から逃げ出してしまおうか。俺も万由美と成績が良いし、授業の一つや二つ、サボってもなんら問題ないだろう。

 そんなことを考えてきたわけだけど――


「……え?」


 万由美の前に到着するなり、俺は驚きの声を上げる。なぜなら……

 そこに座っていたのは究極の地味子ではなく、里枝や陽美に匹敵するレベルの美少女だったのだ。


 黒縁メガネをはずし、コンタクトに変えている。メガネのせいで知られていないが、彼女の目は元々ぱっちりしていて愛らしいのだ。

 おさげ髪も解いている。シャンプーを変えたのだろうか? 長い黒髪が風になびくと、良い香りが鼻腔をくすぐった。

 薄らとだが化粧もしていて、それがまた彼女の魅力を引き立てている。


 紀村万由美が地味だなんて、もう誰にも言わせない。彼女は正真正銘美少女なのだ。


「万由美……お前、どうして?」

「昨日一晩、颯斗くんと付き合うというのがどういうことなのか考えてみたんです。真中さんと国仲さん……いや、もしかしたらあなたのことを好きな人は、もっと沢山いるのかもしれません。私はそんな沢山の女の子たちの恋心を踏み躙っているんです。颯斗くんと付き合っている以上、彼女たちに誠意を見せないと」

「それが、この大変身ってわけか?」

「はい。これだけ可愛い女の子なら、颯斗くんの彼女に相応しいって皆が認めてくれますよね?」


 確かに、校内トップクラスの美少女に躍り出た今の万由美ならば、イケメンたる俺と並んでいても違和感などないだろう。それどころか、お似合いと言われると思う。


「でも、良いのか? こんなに可愛い女の子になった以上、皆黙っていないぞ? 今までみたいに陰で過ごすことは出来なくなる」

「でしょうね。目立つのは嫌ですけど……颯斗くんの彼女でいられなくなる方が、もっと嫌なんです」


 学校の二大美姫をフって、地味子と付き合っている? もう二度と、そんなこと口にしない。

 俺は今も昔も、この先もずっと、世界で一番可愛い女の子と付き合っているのだ。

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