7話 今年のつわものたち
「まず、今年のマスターテストには総勢一万人ていどのジュケン者がいるわけだが……」
「そんなに!?」
と目をまるめるエマをスルーしてメトロンはつづける。
「今年はとくに注目されているルーキーはいない。いや……ひとりいるな」
「だれ!」
「さっきソイツをいじめてたライスバーグ・ギャリックだよ。ヤツはライスバーグ家のあととり息子で、ゴサンケということもあってさすがにつよい。現ネームドマスター“親指の姫君キャロライン”は祖母。そして同じくネームドマスターの”親指の姫君カロリーナ“は妹だ」
「ネームドマスターの息子……たしかにそれだけの威圧感はあったかもねえ……」
あの男がまさかそれだけのボンボンであったことなど、すう刻前のエマは知るはずもなく。しかしやってしまったものは仕方ない。エマはきりかえ、メトロンの話にさいど耳をかたむけた。
「それ以外にジュケン者をあげるなら……つよいというよりも、キケン視すべきニンゲンのほうがいいか」
「そ、そうしてもらえると助かります……」
「オーケー。じゃあまずあげるべきは、あそこにたっている眼帯女ミツビシ・ハナビかな」
メトロンは、建物のコカゲでなにかをいじくりまわす、きみょうな女に指をさした。
「ヤツは頭のネジひとつぶっとんだ爆弾魔で、ところかまわず爆発しまくるから注意しておけ」
「え? それじゃあ、あの人がいじってるあれって……」
「爆弾だ」
「だよね……」
「ばっ、爆弾……!?」
「まあ、アイツはまだメイカクな敵意がないだけかわいいもんだ。アイツのほかにもヤバい奴は腐るほどいる……」
それからというもの、メトロンはあたりをわたり歩きながら。わざわざそのナリを紹介しながら、ていねいに情報をおしえてくれた。
『巨人バーテンダーのペグ・ダルメシアン』
真っ黒な肌、ふくれあがった筋肉は見ためどおりクッキョウで、肉だん戦でみぎにでるやつはいない。ふだんはオンコウだが、おこらせたら手がつけられない。
『ピエロ俳優ロッキー・ル・デニーロ』
有名な俳優だ。以前テレビでだいだい的にマスターテストのジュケンを宣伝していた。ウラの顔はカイラク殺人鬼であることが俺のデータにより導きだされている。出会ったら、まっさきに逃げろよ。
『神童ミニマディスカ・ヤングポルノ』
子どもだが、前回のマスターテストでは5歳ながらに好セイセキをおさめている。人をきずつけることにヨウシャのない、ザンギャクなやつだ。
『ベテラン爺ミリ・グラム』
マスターテスト10回めのベテランだ。運のつよさとしぶとさがある。だが10回もテストをうけるのには、なにかウラがあるんじゃないかと俺はふんでいる。
『名家のマックスレイ・ラインハルト』
ゴサンケからは格がおちるが、名の知れた家系の出だ。幼いころから剣術をたたきこまれていて、なにより判断力にすぐれている。
『ハト男』
あたまにハトのかぶりものをした変なやつ。名前もスジョウも生まれも、あろうことか性別も、なにひとつわからない。俺のジョウホウ収集をもってして、なにもヒットしないなんて初めてのことだよ。
「とまあそんなところだが……言ってしまえばこんな情報は、マスターテストじゃなんの役にもたたない」
あるていど街を歩きまわり、おおかたの説明をうけたところでメトロンはそうつげた。これまで説明をすべてムダにするようなひと言を。しかし臆めんもなく。
「え? なんで!」
「マスターテストってのはゴウカク者がでない年すらある『超ナンカン試験』。そんな試験にジョウシキとか、データとかをあてはめたところで意味がないんだよ。それにくわえて、これは俺のジロンだけど……エイユウは、あるとき突然あらわれるんだ」
「あるとき、突然……」
メトロンの言葉を、自身やノヴィスのような若ものにむけたそんな言葉を。エマは目をかがやかせながら、口にした。けっしてネームドマスターが目的というわけではないけれど、しかしそこには目うつりしてしまうような夢があったのだ。
「とくに10年前はすごかった。なんの注目もされていなかったルーキー二人が、ほかとは圧倒的な差をつけてゴウカクしてしまったんだ。それも15歳の子ども二人がな」
「15歳! 私と同い年だ!」
「たしか……黄金コンビってよばれてたらしいね」
「ああ。じつはこのマスターテストは、ベテランよりも若い世代が、二回目よりも初めての奴が残ることの方がおおいんだよ。リクツやケイケンじゃない。そんなものじゃ測れないナニカがあるんだと俺は思っている。だから俺たち三人にだって、案外チャンスはあるのかもしれないな」
するとメトロンは気むずしそうな目つきからイッペン、ここにきてはじめての笑みをみせる。それはまるで、夢をおう少年のような表情でーーーエマはふと、思いがけず言葉をおとした。
「15」
「……は?」
「私15歳。ふたりは?」
「俺は16だが」
「僕は……14だよ」
「ほぼ同い年じゃん」
彼らの年齢をみずからとちかしいものだと確信したそのとき、エマはみょうな縁を感じとった。そしてうれしそうに彼女は言う。
「やっぱり私たち仲間になるべきだよ!」
「……またはじまった」
「だって10代三人がマスターテストをゴウカクしたらすごいことだよ! 私たち、黄金トリオって呼ばれちゃうよ! まわり見ても大人ばっかりだし。ぜったいそっちの方がいいって!」
エマのあきらめのわるいその言葉に、しかしメトロンはくちびるをむすんだ。
「ことわる」
「なんで」
「俺の脳は、おまえらみたいに簡単なつくりをしていない。出会ってまだ数時間も経っていなくて、それでいて自分にとってユウエキかも分からない年下ふたりに、ノコノコとついていくなんて出来るわけがない。それだけだ」
「うーん……」
メトロンは、いまだあきらめがつかず考えこむエマに眉をひそめると、ヤレヤレと首をふり背をむけた。背をむけ、そしてその場をさっていく。しかしエマに、彼をとめるようなリコウな言葉が思いつくわけもなく、とうとうその距離が届かないものになったそのときーーー
「それじゃあ」
と声をはっしたのは、他でもないノヴィスだった。
「ノヴィス……!」
「それじゃあ、ひとつテイアンさせてください」
「ハァ……おまえはまともだと思っていたんだが」
あいそをつかしたようなメトロンの言葉に、しかしノヴィスはまっすぐな瞳でつづけた。
「メトロンさんが求めているのは信頼。そしてギブアンドテイクの関係、ですよね?」
「まあ……そういうことにしておいてやるが、それがどうした」
「僕たちは、あなたの手と足に、なんなら駒にだってなることができる。僕たちみたいに簡単じゃあない、あなたの複雑な脳みそに合わせることができます。それをいまから……証明してみせますよ」
覚悟を決めたような、そんなノヴィスの交渉を、おそらくヒカク的まともだと感じたのだろうか。それともうまい話だと感じたのだろうか。メトロンはフッ、と笑みをこぼすと口をひらいた。
「……証明できたら?」
「僕たちの仲間になってください」
「……もしもできなかったら?」
「もうあなたには近づきません。二度と」
「フッ、わかったよ。証明してくれるんだな? 俺の駒になれることを」
「はい」
「それじゃあ……」
するとメトロンはメガネをクッともちあげたかと思えば、嫌みったらしく笑う。笑い、そして両手をひろげると言った。
「この会場のやつら目障りだから、みーんな消してくれよ」
「……そうですか」
「ああ、それだけだ。次会うときは敵どうし、せいぜい生き残れよ。どうしようもなく仕方がないから応援ぐらいはしてやるさ、エマにノヴィス」
ノヴィスはさとる。彼が仲間になる気などほんとうにありはしないことを。そしてそこにつけ入るスキもなにもないのだと。いい残し、さっていくメトロンの後ろすがたに立ちつくしながら、ノヴィスはエマにつぶやく。
「ダメだったね」
「なにが?」
「いや、だから……メトロンさんはどうしても仲間になるつもりはないらしいから、ね?」
「?」
しかしエマはきょとんとして、首をかしげた。それはいまだメトロンをあきらめていないような。しかしそれが、さもとうぜんであるかのような振るまいで。エマは赤リボンをゆらしつつ言う。
「消さないの? みーんな」