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AtoZ  作者: 立山雷鳥
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5話 僕の名前はノヴィス

「おい、おい!」


裏ロジの深い闇にまぎれているのは、マンシンソウイでいまにも気絶しそうなハク髪の少年と、そんな彼をそれでもなお蹴りつづける男たち。かすかな冷笑に似たきみょうな笑みがくちびるのはしにうかび。まるで肩にイトでもたらされたような、あやつられたような男たちは、裏ロジのさらにふかいところで腰をおろすイレズミの青年をしり目に。そのようすをうかがうようにして蹴りつづけていた。


「……死んじまったんじゃねえか。びくともしねえぜ」

「んなわけあるか、死んだふりだよ。ズル賢いんだよ」

「もう立てねえだろうし帰るか?」


そんなテマエがってな相談ごとをボソボソとかわし。しかし彼らのもとへ、イレズミの青年ギャリックはやってくる。

とおくで腰をおろし、そのイッポウ的な暴力をながめていただけだったはずのギャリックが。ゆっくりと、ジンジョウのなん倍もおおきな筋肉質の上らをよせる。そしてとうとう彼は地にのした少年の足もとまでやってくると、


「俺をがっかりさせるなよ」


と、少年をあおったのか、はたまた取りまきをいましめたのか。そんなことを言ってハク髪のまえがみを握りしめたかと思えば、ヨウシャもなにもなくもちあげた。


「ぐあああっ!」


はちきれそうな、そんな痛みにとうぜん少年は声をあげる。こころが壊死でもおこしてしまいそうな、ひ痛のさけびを。

しかし、それだけの苦しみをあらわにしてもなお、彼の目のまえにはいまだ石のようにヒジョウな顔があった。“なさけ”ということばを母の腹にすておいたような、そんな笑みがあったのだ。少年はさとるーーーこの苦しみはおわらない。コイツは僕をコロしてしまう気なのだ、と。


「鳴けるじゃねえか。オマエらはいったいどこを見てたんだ? まだコイツは、ラジオ体操第二まで踊れるくらいには元気だよ」


「へへっ……へいへい」

「まったく危なっかしいやつだなぁ……ギャリックは……」


と。ギャリックのうむをいわさぬ、つらぬくような目つきに、おそらく“しおどき”だとふんでいたはずの取りまきは、ヘラヘラと笑った。逆らってしまえばどうなるか分からない、そんなキョウフからでたあいそ笑いだった。


「じゃあ……やるかぁ……?」


彼らの視線はマンシンソウイの少年へと、そっとおとされる。もう立ちあがることもままならないであろう傷だらけの少年の息はあらく。すべてをあきらめたような、かげりある表情は目もあてられない。

こんな状態のくせにやりかえすことも、ましてや逃げだすことすらできない彼を、ここまでたたきのめす義理はあるのだろうかーーー少年の手もつけられないカ弱さに、いたみつけた当人たちですらドウジョウせざるをえない状況のなか。しかしギャリックという絶対に反するわけにもいかず。そんななかで彼らはいた仕方なく、少年をふみつけようと足をあげた。そのときだった。


ーーーこっちだ、サルどもっ!


彼らの頭上からは、ふと声がかかった。裏ロジ全体にひびきわたるようなそれは、少女らしいあどけない声で。しかしジシンたっぷりといった少女のケイハクな罵倒に男たちは顔をあげた。天をあおいだ。瞬間ーーーそこにひろがっていたのは、空。どこかゆがんだみずいろの、まるで酸素をかんじとれない空。

否、それがどうやら空ではないと気づいたのは、心臓をにぎりしめるような冷ややかさが頭上からふりかかってからのことだった。というのも、男たちのまうえにほんとうにひろがっていたのはーーーみわたすかぎりの水めんで。彼らが頭からかぶったのは、そっけない温度のたいりょうの真水だったのだ。


「は?」


ドシャリ、とショウドウ的なはげしい音をたてて、タイリョウの液体は地面へとながれゆく。いったいなにがおこったのかわからない。そんなギャリックの声とともに頭上からは、


「「「水もしたたるいい男ども! そのまま風邪ひけ、バーカ!」」」


と彼らをあおるようなバカらしい言葉がふりかかった。すこしだけコチラをのぞきこんだのはダンボール箱。そこには、マジックペンでえがかれたような安っぽいてづくりの顔がある。ダンボール箱の少女はやるだけやって、言うだけいうと、サッソウと走りさっていった。


「ハハハハハ!」


とたか笑いをうかべながら。


「……すぞ」


ギャリックはそんなふざけたダンボール箱に、まずつぶやき。そして取りまきはいっせいに彼をみた。背筋をつめたくながれる予感に、


「ギャリック……大丈夫か?」


と、とりまきたちはそのご機嫌をうかがうのだけれど。彼のギョウソウは。いまにも人ひとりは殺してしまいそうな、そんなギョウソウは落ちつく気配がなく。まさに恐怖のドまんなかにたたずむギャリックは、取りまきのなかからてきとうなひとりを選びだすと、とう部をつかみかかった。


「ぶち殺がすぞぉ!?」


そして彼はそのとう部を地面につよくたたきつけつけるのだ。ドンッ!と大きな音をたてて。つぶれてしまいそうな、それでも構わないといった許容のカケラもかんじられない勢いで。

その後、地面にのめりこんだ仲間のとう部を、ふみつぶした。そんなギャリックの「あのやろうをぶっ殺せ。それとも……テメエらから死にてえか?」というつぶやきで、取りまきれんちゅうはいちもくさんに走りだした。まるで彼から逃げるように。おそれ、おののくように。

ギャリックもまた、そのあとをゆっくりとおいかけたかとおもえば、背なかから少年に言葉をのこした。


「命びろいしたな、落ちこぼれ」


そうしてギャリックとその取りまき連中は、ダンボール箱のなに者かをおいかけて裏ロジをあとにした。

とりのこされたのは、ハク髪の少年。そしてキゼツしてしまっている取りまきのひとりだけだった。あたりはあっさりとしたセイジャクにつつまれ、そんななかでハク髪の少年は立ちあがろうとボロボロのうでを地についた。少年は、あれだけ打たれていながら、立ちあがるという余力をみごとに隠しとおしていたのだ。


「大丈夫だった?」


するとそんな少年の頭上から声がかかる。聞きおぼえのあるあどけないそれに、少年のノウリからはダンボール箱がうかぶーーーこれはもしかして……ジシンを救ってくれた、あの人の声か。

そう気づき、ハッと目をまるめたままに少年は顔をあげた。顔をあげ、その視線のさきにいた少女。かがみつつコチラを見おろす、逆光の少女にむけて口をひらく。


「どうして、助けてくれたんですか」


すると逆光の少女。彼よりいくつか年上のようにみえる少女“エマ”は言った。


「どうしてって……」


彼女はとう惑をうかべつつ、しばらく悩んだすえにようやく答えをみつけたのだろう。ハッと顔をかがやかせると、平然のように言ってのけるのだ。


「助けたかったから!」


なんて、バカらしい言葉を。


「そんな……バカな」

「バカとは失礼な! じゃあ私もきくよ。きみはどうしてにげることも、言いかえすこともしなかったの?」

「それは……僕みたいなのが、ギャリックにかなうはずがないから。やられるってわかりきっていたから。だからジッとしていたほうが楽かなって」

「きみもバカな!」


言いかえしたかったのだろうか。そんなエマの感情ゆたかなリアクションに、少年は「フフッ」とほほえんだ。つい先ほどまで袋だたきにされていたとはおもえない少年の、上品な笑みにエマはそっと声をもらす。


「キレイ……」

「え?」

「ああ、いけない。口にでちゃってた。でもきみ、やっぱりキレイなお顔だよね!」

「……そうかな」


少年はケンキョに、おくゆかしく反応する。そんな彼のしばった髪やながいまつげ、うまれたてのような肌はこの世のものではないように感じるほどうつくしく。どこをどこから見たところでまっシロという言葉がふさわしくおもわれた。

それなのに、それほどまでにキレイなのに、ずっと塞ぎこんでいる少年。彼のコンキョたりえないジシンのなさをみたエマはおおげさに、眉をひそめつつ言った。


「ぜったいそうだよ! ホントはいわれなれてるでしょ? 美形さんね〜って」

「そ、そんなことないよ! 僕なんか……みんなにくらべたら全然……つよくもないし、気がよわいし、小さいし、それに……」

「へえ……きみってジシンないんだね! でも私のお母さん言ってたよ。ジシンがない人は誰よりも“誰かのことをみてあげてる”んだって」

「……どういう意味?」

「人とくらべてって落ちこむってことは、人のいいところを見つけてあげてるってことでしょ!? そういうのって人のことをみとめてあげられるスゴい人なんだって! でも私はその話を聞いて、だったらその力をジブンにつかえば、ジブンのことをスゴいとおもえて無敵じゃない!? って思ったんだよね!」


そんなエマの脳内のものごとをまとめず、ほうり投げたかのような言葉に、しかし少年は首をかしげた。


「うーん……ちょっとよくわからない……かな」

「そっかー。まあいいや! 人はかならずしもわかりあえないっていうしね。それじゃあ、人のいいところを見つけるのがうまいきみは、なんていう名前なのかな? 教えて!」

「ぼ、僕の名前は……ノヴィス。オールド・ノヴィス」

「ノヴィスか……いい名前! 私はエマ。もっといい名前でしょ?」

「フフッ、そうだね」


エマの、ジョウダンともとれない言葉に笑いかけたノヴィスは、さしのべられた手をとると立ちあがった。


「きみの手、びちょびちょだなぁ。水っぽい」

「ごっ、ごめんね……」

「いいよ、私がかけたんだし。そんなことより、アイツらがくるまえにはやく逃げなきゃ」

「そうだね……見つかったら大変だ」


そうして出会った少年、少女。

裏ロジの闇をかけゆくふたりを、どこからともなく見つめる影がひとり。

影は「フッ」とほほ笑むとつぶやいた。


「よく来たな、アレフ」


と。そうして影はさらなる闇にまぎれていく。その後ろすがたは、まるで“ハト”のように『異質』だった。

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