4話 マスターテストと裏ロジ
マスターテストーーー5年にいち度という、めったにない周期のなかおこなわれるそのシカク試験はオーバーワールドぜんどをあますことなくネッキョウのうずへ巻きこんだ。
ジュケン者が7つの都市をめぐるというそんな試験において、タイショウとなる都市のジュウニンはなによりの協力者でなければならない。それがオーバーワールドのアンモクのりょうかいであり、永きにわたるデントウでもあった。
しかし、ひとえにシカク試験とはいっても“勉学”の2文字からは大きくかけはなれ、むしろ“まつり”のような扱いすらされているそのマスターテストをきまじめに、ましてやシカク目的にジュケンするものなどいはせず。そもそも、なんのためのシカク試験であるのかも。なにをセンテイしているものなのかも。そのカイサイ者すら、世界のだれひとりとして知りはしなかった。知ろうともしなかった。
人びとは単にかれらの熱いチョウセンを見まもるために、あらたなエイユウの誕生をその目におさめるためだけに、おおさわぎして、金をかけ、そしてゼンリョクで手だすけをするのだ。それこそがマスターテストのなによりの楽しみかたであることを、誰もがよくわかりきっているのだからーーー
「うわぁ、ありのぎょうれつだぁ!」
そしてここにもまた、エイユウとなる可能性にあふれたチョウセン者がひとり。さくばんの母との別れから、その身ひとつ足ふたつでオールセントラルへとむかった少女“エマ”。
エマがはなれの村をでてからすでにすう刻ほどケイカし、あたりはタイヨウの元気な昼どきになっていた。どうやら遅刻はまぬがれたようで。エマがようやくモクテキ地へとたどりついたそのときーーーまず少女をでむかえたのは、かわりはてたオールセントラルのすがたであった。
目のまえにひろがるコウケイに少女はふと顔をあげる。顔をあげシュウイをみわたす。
みわたすかぎり、人、人、人。
オールセントラルはすでに、あまたの群衆でごったがえしていたのだ。
どこもかしこも押しあうような、ひしめきあうようなコンザツぶりはエンペラー城をかこいこむように、はるかかなたのチヘイセンまでひろがって。とりとめのないソウオンはそれぞれの会話やシレン、そして出場者にかんするブンセキなど、耳をつんざくようなプロ意識にみちみちていた。「ありのぎょうれつ」という比喩は、エマのたかぶりや、じつはなかにねむっているジシンカジョウをよくあらわし。
わざわざ確認するまでもなくここに、数万のれんちゅうのなかに、だれひとりとして味方となるようなニンゲンはいないであろうと思われた。ヒカク的のんびりとしたエマですら、そう身がまえてしまうのは、するどい刃物のような視線がシホウハッポウからとびかっていたから。そんなサツバツとした空気がこれからのはげしい“ツバぜりあい”を予感させていたからに他ならないのだけれど。
そんなテキイをなかをエマはなんとはなしに、のんびりと歩いていく。腰には、刀身がさやとフクロにつつまれた刀をたずさえていた。
これは母オリビアの愛刀であるのだがマスターテストをうけるさいに、こっそりエマがくすねてきたもので。とうぜん家にかえればこっぴどく怒られることは目にみえているけれど、しかしエマはなんのおく面もなく「この刀使えそうじゃん!」くらいの感覚でもちだしてしまったのだ。
とはいえ、刀をこわさなければべつにたいした問題はないだろうし。まさかしょっぱなからフクロづつみの、ドンキとしてしかそのやくわりをはたせなそうにない刀を使うことになるのか、と問われればーーー
「おいおい、オールド家の落ちこぼれがマスターテストかよ! 腹かかえて笑わせるぜ」
「おやの七ひかりがっ!」
「はなれのベッソウにとじこもってりゃいいものを、どんな顔して俺たちのもとに現れやがったんだぁ!?」
エマがあたりを見まわして。キョウミほんいで街をふらついていたそのとき、彼女の視線のさきにはいりこんだのは裏ロジであった。イヨウなほの暗さが、うすきみ悪くおもわれるその裏ロジには、白髪のキレイな少年と彼をふみつぶす十人弱のチンピラたちがいた。それはおそらくカツアゲ、もしくはイジメというもので。エマは腰にたずさえた刀へと目をむけつぶやく。
「やれるかなぁ……」
するとそのときだった。キレイな、しかし苦しそうにうずくまっていたハク髪の少年が、はじめて声をあげた。
「うう……」
と。おどろくほど情けないうめきごえを。
「うう……だってよ。オマエほんとうにオールド家かよ? 貧弱がアリみてえだぜ!」
「今のうちに踏み潰しとくか? ギャリック?」
ガラのわるいひとりの、大がらの男はふと声をかけた。裏ロジの壁にコシをおろす“ギャリック”とよばれる青年に。
「好きにしろ……どうせこんなチビ、成りあがってくることもねえだろ」
ギャリック。金のオールバックをうしろにながした長髪の男。その筋肉質な上らにはふとく大きなネックレスがいやらしくめだっていた。胸もとにほどこされたタイヨウのような刺青は、彼のやばんさを引きたてるようで。
そんなギャリックは、まさしく集団のリーダーであることが、ひと目みればすぐにリカイできた。それだけのキョウレツな貫ろくを、エマですら凄んでしまうほどの圧をはなっていたのだ。
「じゃあとりあえず立てないようにして、そこら辺にほうりなげておくか!」
「それいいね! きまり! はやくやっちゃおうよ」
「オラ。なんか言ってみろよ、アリンコ度チビがよぉ!」
「……」
ギャリックのイコウがわかったや否や、とりまき連中はイジのわるい笑みをみせ、そしてイキヨウヨウと少年をけりつけた。そのイッポウ的なボウリョク行為に、なんの反応もなく耐えつづける。否、耐えつづけなければいけないというように唇をかたくしめる少年。彼のひとつ結んだまっシロな髪から肌、そして眉はこの世のものとは思えないほどにうつくしかった。うつくしかったのだけれど、どう時に気弱なようすもまたよくうつっていた。
彼のからだはよくいえば華奢で、わるくいえばみすぼらしく。
のっぽという部類にかた足はいっている、そんなエマのほうが背はたかく、肉づきもいいだろうと思われた。
そんな弱いものをいじめてなにがしたいのだろうかーーーとそのコウケイにイラだちが増していたエマはとうとう我慢ならず、感情のままにフクロづつみのドンキをにぎりしめて一歩ふみだした。そのときだったーーー
「やめておけ」
という言葉とともに彼女の肩には手がかかる。エマのこれからおこそうとする行動をヨケンして、そのうえで説得にかかったであろうその手にエマはふりかえった。ふりかえり、にらみつけてやった。
そんな彼女のトガった視線のさきにたっているのは、黒ブチメガネに黒コートの青年だ。あおい髪をセンターわけにした彼の背はまあまあ高く。目はじっとりと気だるそう。色あいからカッコウ、なにからなにまでがすずしげで。そんなすがたを目にしたエマはうっとおしそうにたずねた。
「なんで止めるの? あんなひどいことをしてる奴ら、どうしてみんなは見過ごしてるの」
すると青年はメガネをクイっともちあげて、つまらなそうな声でこたえる。
「たまにいるんだよ。アンタみたいな無知なやつ。アンタみたいなのにもわかるように簡単におしえてやるが、大きくわけて理由はふたつだ。ひとつ、めんどうごとに関わってこれからのテストで不利になるわけにはいかないから。ふたつ、ゴサンケどうしのイザコザにまきこまれて良いことなんかないから」
ゴサンケーーーエマはその言葉に首をかしげた。
「なにそれ」
と、ほおけたような、のんびりとした顔で。
「はぁ? アンタ、ゴサンケも知らないのか? めずらしいやつだな」
「私、ずっとはなれの村とオールセントラルにいたから……きみはもの知りなんだね……?」
「俺はデータベースだからな。この俺に知らないことなんてないんだよ」
「じゃあ、もの知りデータベースくん! ゴサンケってなに? おしえて!」
そんなエマのかがやかしい瞳に、青年はため息をつくと口をひらいた。
「はぁ……まったく。どうしようもなく仕方ないから教えてやるよ。これはチュートリアルみたいな手ほどきだから、よく聞くんだ。まず、このオーバーワールドにはネームドマスターがいるだろう? ネームドマスターというそんざいはこの世界において大きなハツゲン力をもっている。ここまでは……」
「知ってるよ! あたりまえじゃん!」
「ああ……そうかよ」
青年のかいせつに口をわってまで、鼻たかだかにこたえるエマ。しかしそんなコウイは青年のそこはかとないシンセツ心をいったい忖度しないもので。青年はエマをにらみつつ、わずらわしそうにつづけた。
「それでこの世界には、ハツゲン力のあるネームドマスターを多くハイシュツして、ケンリョクをにぎろうってヤカラがいるんだ。やつらはみずからの子どもにおおくのシュギョウをつませ、そしてマスターテストに挑ませる。ちっこい頃からそれだけきびしく育ったんだから、子どものどいつかはネームドマスターになれる、と。そんなキレるやり方で成りあがっていった家系。なかでも、もっともケンリョクがあるといわれるのがいま話にでていた……“ゴサンケ”だ」
「へぇ……愛がないんだねぇ、ゴサンケって」
「ああ、その通りさ。ネームドマスターになるには愛なんていらない、そんなカゲキ派のあつまりだよ。アレは」
青年はエマの意見にサンドウしつつヤレヤレと首をふると、つぎはアゴで裏ロジをさしだした。
「ゴサンケのひとつは、“ハク眉ハク髪”が特徴のオールド家」
そのさきには、ちぢこまっている小がらの少年。彼のかみ色はまさに……うつくしいハク髪だ。
「ああ、あの子!」
「もうひとつは」
青年はエマの納得をかるくムシすると、さらにおくへと指をさしだした。
「もうひとつは、“タイヨウのタトゥー”が特徴のライスバーグ家」
つぎにさされたのは、裏ロジのかべにコシをおろし集団をまとめあげる青年だった。その上らの胸もとには……タイヨウのタトゥーが入っている。それも見せびらかすように、でかでかと。
「さいごに“お菓子みたいな名前”が特徴のリリー家。これでわかったろう? あれは力をもつものどうしのイザコザで、庶民が首をつっこめば痛いめをみるんだ。だからおまえみたいな弱そうなやつは、ジブンのことにだけ集中してればいいんだよ」
「ふーん。きみ、名前は?」
「はぁ……どうしようもなく仕方ない奴だな。俺はメトロンだ。ブルーリック・メトロン、それだけだ」
「そっか。優しいんだね、メトロンは!」
エマがマンメンの笑みでそう言うと、メトロンはたまげ、どう時にバカらしそうにもした。ジシンのこれまでのイヤミをはねかえすという“ゼンダイミモン”を目前に。そしてメトロンは、気のぬけた声をはっする。
「はぁ? いままでの俺のイヤミが聞こえなかったのか?」
「でも私のことが心配だったから止めてくれたんでしょ? 優しいじゃん!」
「……俺はただ、これ以上さわがしくなるのが嫌だった。それだけだよ」
メトロンはメガネをクイっともちあげると、それ以上はなにもいわず。もうオマエとは話してやるかという風に、その場をさっていった。そんなメトロンのうしろすがたに、しかし少女は彼を気にいったようで、おおきく手をふる。
「私はエマ! よろしくね!」
すると気だるげなメトロンからかえってきたのは、手のコウによるヘンジのみで、そのまま彼は裏ロジをあとにした。
そんな一件ののちに彼が見えなくなったあたりで、エマはひとつ息をはく。息をはき、なにかをちかうようにさいど一歩をふみだす。その足がむかうさきはーーーあろうことか、まさにいまの今まで話題にされていた裏ロジであった。
メトロンの話を耳にしておきながら。
ゴウインに話をきいておきながら。
しかしエマには、ひとつおもうところがあったのだ。
そんなカンタンな話なら、見すごす理由にはならないなーーーと。