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AtoZ  作者: 立山雷鳥
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3話 オリビアとの別れ

あれからどれだけ長い時間がたったのだろう。村のジュウニンに別れを言ってまわって。それからシュッパツにむけた支度をして。そんなことをしていると、外はとざされたように暗いマヨナカへとかわっていた。人の寝しずまるころに、そろりそろりと音もなく、エマはジタクへと足をはこぶ。わすれものがひとつ。母にシュッパツを伝えるという、そんなわすれものをショウカさせるために。


とうとうジタクにたどりついたエマは、意をけっしてとびらに手をかける。

そこでひと息つこうかとも思ったが、それでは家に入るタイミングをみうしなってしまうと考え、エマは一もニもなくとびらをあけた。音ひとつたてないように、ゆっくりと。

しかし、エプロンすがたの母オリビアはその先でなにごともないようにねむりこけていた。ジダイおくれの古民家の、げんかんのまえに腰をおろしていた。それもあぐらをかいて、まどろむような静寂のなか。しずかなること林のごとくといった風に、シンと。


オリビアはおそらく、エマの帰りをまっていたのだろう。そんな母を、息をこらすようにじっと見つめるエマ。彼女はすこしだけ家にあがったかと思えば、かたてにあった紙を床にそっとおいた。それはエマがサイゴにのこした別れの手紙で。そのなかには母へのカンシャと旅の理由、これまでの思い出などがギッシリとつまっている。そんな手紙をのこして、


「ごめんなさい、お母さん」


エマは小さな声であやまった。声が聞こえているかといえば、とうぜん聞こえているわけもないのだけれど。しかしエマはさらに口をひらいた。


「私……ほんとうはお母さんの子どもじゃないって分かってた」


ほんとうのことを伝えた。


「記憶はないけど、私がエンペラー城からでてきたことも知ってた。でもそんなこと知っちゃったらさ、私は私が分からなくなっちゃったの。だからある日ね、世界を旅しようっておもったの」


それはとっぴなことのようで。

しかしとっぴなことを本気で夢にかえる、それがジブンだから。


「世界をたびして、私のことを知っているかもしれない人に……七人のネームドマスターに会いにいく。オーバーワールドのどこかに眠っている、私のそんざいを知るためのヒントをさがしにいく。私は自分がなんなのかも分からないまま生きていくなんて嫌。自分のことを分かったうえで、ちゃんと認めてあげたい。胸をはって歩きたい。だから……」


ーーー私は今日、旅にでます。


すべてを。こころの中にあったすべてを、エマは伝えた。聞こえているかもわからない、ねむりこけたオリビアに。そしてエマは彼女に背をむけると足をすすめた。瞬間ーーーエマの背後からは声がかかる。


「エマ……」


と。つつみこむような、毎日のように聞いていた、なじみのあるザラめの低音が。いつからか、もしかしたら最初から起きていたのかもしれない。そんなオリビアは目ぶたを閉じたままソッとつづけた。


「ほんとうにやりたいことの先には、人さまの“ガンコ”が立ちふさがることだってあるさ」

「うん」


オリビアの、ものごとの道理をとくような言葉にエマはうなずく。


「それでもほんとうにやりたいことがあるなら、人さまの言葉なんて……私の言葉なんて……ぶっこわしてすすむ勇気をもつんだよ」

「うん」


うなずく。


「それと……風邪には気をつけて」

「うん」


「天気予報はかかさず見るんだよ」

「うん」


「お腹をだしてねないこと」

「うん」


「考えなしに飛びこまないこと」

「うん」


「でも、後悔だけはしないこと」

「うん。分かった」


いく度となくつづくオリビアのおせっかいを、今日ばかりはすなおにうけとめて。そしてエマがふりかえろうとすると、そんな彼女の甘えをたちきるように……母はつげた。ゼンプクの愛をこめて。


「さいごに……いってらっしゃい、エマ」


そんな言葉にエマはふりかえることを止めた。甘えをすてて。前をむいて。そして彼女の別れに、いっぱいの笑顔でこたえるのだ。


「いってきます、“お母さん”」


と。

エマはとびらをあけると、あわただしく旅に去っていった。

ものさびしい空間のなかで、そっとほほ笑むオリビア。別れに涙をこらえながら、それでもすすみつづけるエマ。

二人の距離はしだいに遠のき。しかし心は、すぐそばに。

ジブンのことをほんとうに理解してくれる、母がいつでも見まもってくれている。

そんな形のないお守りをもって、マスターテストに走りだす。


ーーー彼女の旅はまだ、はじまったばかりだ。

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