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AtoZ  作者: 立山雷鳥
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2話 エマとオリビア

エマとオリビア。自由でガンコでノウドウ的な、そんなおやこがいがみ合いでもはじめようものなら、いつだって村のニンゲンたちは迷わくをこうむった。大なり小なり、かならず。しかしそんなこと、はなれの村にとっては、タイヨウが東からのぼるくらい当然のことで。

れん日れん夜のやっかいごとにすっかり慣れきってしまった村のものは、いつだって彼らの仲さいにつとめた。それは村のあばれんぼうであったオリビアが、ある日、ひとりのむすめをダイジそうにかかえてきたときから、ずっとーーー


「この子は私が育てる」


オリビアがそうセンゲンしたとき、村長からそこらに店をかまえるオバチャン。よく村でおにごっこをしている子どもたちまで、誰ひとりとして、オリビアが母になれるなど思ってもいなかった。ミジンも、蚊のなみだほどわずかにも。

というのも『他人をふりまわすけれど、自分のシンはなにがあってもまげない。ごまかしたり、他人にあわせようというドリョクもしない』ーーーそれほどまでにシンがつよく、ゆえにハタ迷わくですらあったオリビアは、母ということばからはまるきし正ハンタイであった。そんなオリビアが、ひどく野蛮だったオリビアが、まさかほんとうにダイジにむすめを育てるだろうとは誰もが思いもしなかったのだ。


だからこそ、オリビアが真に母らしく、嘘みたいにセイジツになったとき。まがりなりにもむすめを正そうとするそのすがたに、村のものはカンドウをおぼえた。もちろんカンドウだけではない。

オリビアのカコも、愛によって変わったすがたも、結果生まれた親ゆずりのイタズラっ子も、イタズラっ子に悩まされる元あばれんぼうも。すべてを見とどけてきたからこそ、そのすべてが、村のものには面白おかしかったのだ。このイヌサルおやこが愛おしくて仕方なくて。

だからどれだけ迷わくをかけられようと『このおやこのゆく末をサイゴまで見とどけてやりたい』と、村のものはそんなおせっかいをイダいてしまったのだ。


「だから村長も、八百屋のマーキュリーも、俺も、皆も、オマエたちのケンカを見守ってやっているんだが……そのケンカもマトモにできないようじゃ、ほんとうに仲なおりがむずしいかもしれないなぁ」

「うぅ……」


すうこく後。家からとおのき、キッサ店にむかい、CLOSEのカンバンがかかったトビラをなんのためらいもなく開けたエマは、ストライプがらの制ふくのあごひげ大男“テツオ”にむかえられた。

それから、だされたジュースグラスをまえにカウンター席にふせたエマ。彼女はテツオのむかし話に耳をかたむけつつ、その口をトガらせていた。なにやら、不服なようすをあらわにして。


「だってヤクソクしたんだもん。スイセン状が用意できるのならマスターテストをうけてもいいって。しかも、ゆびきりゲンマンまでしたんだよ……だから今回は、めずらしくお母さんのほうがわるいよ!」

「めずらしく、か。“いつも“はわるいことをしている自覚があったんだねぃ」


テツオはしつようにグラスをふきとりつつ、エマの言いぶんのあげ足をとった。そんな彼のからかいに、エマはもっと口をトガらせて。しかし、たいしたハンロンもうかばなかったため眉をひそめてつぶやいた。


「それは……そうだけど……」

「ハハッ、そうなのかよ。みとめてもいいのかよぃ……まあ、今回ばかりはオマエのいうとおり、オリビアがわるいなぁ」

「やっぱり! テツオもおもうよね!? お母さんがあやまるべきだよね?」


「オリビアはあやまらないよい」


するとテツオはすこしのソンタクもみせずにそう言いはなった。まるでエマをつきはなすような、かんたんなジジツをのべるような。そんな口調にはかなりのカクシンがふくまれており、ふしぎがったエマは身をのりだす。


「なんで!?」

「オマエをマスターテストに向かわせたくないからだぁ。まだ15のエマにマスターテストは危険だって、いつも心配してるんだよい……アイツ」

「べつに心配しなくても、私はだいじょうぶなのに……」

「そうはいかないさぁ。なんてったって、たいせつなひとり娘なんだからねぃ」

「ひとり娘、か……」


エマはうかない面もちでその言葉をくりかえした。なにかがひっかかり、尾をひいてしまっているように、ボソリと。


エマは知っていた。

オリビアも、テツオも、村のニンゲンも、ほんとうはジブンに嘘をついていることを。エマは“村のそばに捨てられていた”、“それでも私の子だ“、とオリビアはそう言っているけれどーーー


「きみはこの城からやってきたんだよ」


エマはじぶんが『エンペラー城やぶり』であることも、母オリビアがじぶんをユウカイしたことだって、とっくの昔から知っていたのだ。エマの知人、スイセン状を渡してくれたネームドマスターのひとり。ふたつ名に“空々“の字をもつ”空々ホロウ”のそんざいによって。


「エ、エマはそんなにシレンをうけたがっているが、ネームドマスターでも目指しているのか? マスターになって街のカンリ者になりたいとか、人気ものになりたいとか……」

「べつにそんなんじゃないよ。私はネームドマスターになりたいわけでも、チヤホヤされたいわけでも、つよくなりたいわけでもない」

「だったら、どうしてマスターテストをうけるんだ。命がけのシレンに挑んでまで何がしたいんだ? それを……だな……“サイゴ”くらいおしえてやってくれないだろうか」

「えっ?」


サイゴーーーという、自身のこれからをヨゲンするようなひと言に、ふとエマは顔をあげた。そのシセンのさきには、スンとこころぼそい目つきで立ちつくす、テツオの巨たいが。わかれでもおしむようなテツオのすがたがあった。


「どうせ無理やりにでもうけるんだろうぃ? マスターテスト。『なにごともまずはやってみる』がオマエの“モットー”だからなぁ」

「そっか。やっぱりテツオにはお見通しか」

「ふっ……わかりやすいんだよオマエ。わかりやすいくせに、『わかっててもできないだろ』ってコウドウを平気でやってのける。その思考カイロがマジで理解できないんだい! でも……そんなところが昔のオリビアそっくりだぁ」


「オリビアそっくり、か……」とテツオの言ったことをくりかえし口ずさみ。そしてエマは、はにかみながら首をかしげた。


「そうかなぁ?」

「そうだ。だからオリビアはオマエをよく理解しているよい。昔のジブンならこうするって考えればそれでおしまいなんだから」

「だったらお母さんは、私が家出することに気づいてるのかなぁ。だからお母さんは私のあとを追ってこなかった、ってことなのかな」

「……エマ。ジブンのことをほんとうに理解してくれる、そんなニンゲンには中々めぐりあえないもんだ。だからこそ、そんなニンゲンだからこそ……しっかりことばで伝えるべきでぃ。いつ会えなくなるかなんて、誰にもわからないんだからなぁ」

「……うん」


エマはテツオの言葉に。おそらくいまのエマと、そしてオリビアにむけているであろうその言葉にしずかにうなずく。そして目のまえのジュースを一気飲みすると席をたった。立って、ポケットから取りだしたコインをいくつかカウンターにならべだすーーーテツオとの別れを、ケツイしたのだ。


「これ、いままでのツケ。もし私がネームドマスターになったら、リソクとしてこの十倍は払ったげる」

「ハハッ、いらねえよい。いっちょまえにごうかくした後のこと語りやがって……」

「でも、私は死なないよ」

「えっ……?」


「私は死なないよ」


二回。まったくおなじことを二回と言ってのけた彼女のひとみには、それを信じてうたがわないような光があった。ジュンスイな、そのジュンスイさがおそろしくすらある、そんな光があった。


「そ、そうか。そうだな。オマエみたいな、いつでもピンピンしてるようなヤツが死ぬわけないもんな」

「うん!」


うなずいて。ひるみつつも、ジシンをコウテイするテツオのもの言いに、うれしそうにうなずいて。

そうして背をむけたエマ。しかしそんなエマを“サイゴ”にテツオはひきとめた。おだやかな口調で、ひきとめた。


「オマエの夢、きっとオリビアはしりたがっているよ。マスターテストは明日のしょうご。シュッパツするなら今夜だろう? だったら村をでるまえに伝えてやってくれ。ケンカわかれなんて、さびしいからな……」


まるでとり残されたような。そんなカンサンとしたテツオのつぶやきにエマはもういち度うなずくと、


「そうだね、テツオのいうとおり。私もさびしいのは嫌だ」


と、背をむけていたはずのエマは扉のまえでふりむいた。肩をくるりとまわして。

そして彼女は、いつもどおりの“ひっさつわざ”をニコリとくりだすと、あわせておじぎをした。


「だからしっかりとことばで伝えます。いつも心配してくれて、ほんとうにありがとうございました」


そう言って、たちまち顔をあげたエマは……

ニカッと歯をみせ、

口を大きくひらき、

そしてーーー


「私、テツオのこともだいすきだよ!」


と大きな声で言ってのけた。ただそれだけを告げて、そしてエマはさわがしく店をとびだしていく。とうてい15とは思えない、あどけない後ろすがただった。


「わかっててもできないだろ、って……」


そうつぶやいてテツオはさびしく笑うーーー村がすこしだけ静かになるな、と。


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