1話 親子喧嘩
ーーーそんな人びとの平和すらおびやかすひと騒ぎから、およそ8年のときがたち。トツとしてやぶられたはずのエンペラー城。そしてオーバーワールドには、いまだアクビのでるような平和があった。かわりばえもしないまま。世界をおびやかすような、そんな危機のカケラもかんじられないままで。
それではエンペラー城の壁をやぶり、『もしやマザーシステムから生まれたのでは?』とまでコウサツされた、あのあどけない少女はどうなったのかというとーーー彼女のもとにまっさきにかけつけた例の女性。ダニエルにふられたばかりだった女性“オリビア”にひきとられ、彼女のもとで生活をいとなんでいた。
というのも、少女をひと目みて、そのいたいけさに惚れこんでしまったオリビアは少女を家にもちかえってしまったのだ。”もちかえった“といえば、まだ聞こえはいいけれど。しかし、よりゲンジツ的にみればそのコウイは“誘拐”にあたいする。
「この子は、私のいちげきに反応して城からでてきたんだよ! だからこの子は私から生まれたもドウゼンなんだ!」
というのがとあるユウカイ犯のシリメツレツな言いぶんで。しかしそれは、本らい“まかりとおる”わけもない無茶である。それでも無理やりに“まかりとおす”のがオリビアというあらくれものなのだけれど。
こうして、世をにぎわせた“エンペラー城やぶりの少女”はそのスジョウも、顔だちすら知られることがないまま、つれさられた。つれさられて、少女はオールセントラルのはなれの小じんまりとした村へとわたる。
けれど、彼女がワダイのエンペラー城やぶりであることなど、オリビアをのぞき誰ひとりとして知るよしもなく。少女はなんのヘンテツもない女の子としてそれはもうダイジに。らんぼうものなりの、不器用ながらの“ダイジ”によって、すこやかにそだてられたのであったーーーその結果うまれたのは、だれよりも自由で、あのオリビアですら手のつけられないもんだい児。名を“エマ”という。
エマはだれに似てしまったのか、ほんとうに自由で背なかにつばさでもハえたような子どもだった。しごとのない日はイタズラにあけくれ。ときにオリビアと喧嘩でもしようものなら、村ゼンタイをまきこむ大ごとにまでショウカさせた。そんなイタズラ少女の『なにごともまずはやってみる』という、母親ゆずりのハテンコウな信念は、れん日れん夜のやっかいごとの火だねとなり。そのくせ愛きょうだけは百点まんてんということで、よけいにタチがわるい。わるいのだけれどニクめない。なんなら甘やかしてしまうような、そんなジュンスイな笑顔がエマの”ひっさつわざ“だった。
てんねん甘えじょうずのイタズラ少女“エマ”。アホ毛がとびでた茶短髪のこうとうぶには、おおがらの赤リボンをかざり。シロシャツにキャラメル色のベスト。胸もとにはアタマとおなじく赤リボンがついていた。
スカートは短くあぶなっかしいけれど、とうの本人は気にもせず。風のように、もしくはサルのようにすばしこく村をかけぬけていく。またぞろなにかをたくらんで。ヒョウヒョウと足をはずませて。
そして、そんなエマの赤リボンをひと目みると、村のみんなはわらわらと声をかけていくのだ。彼女のムダにありあまった元気をわけてもらうために。
「おいエマ! 今日はどんなイタズラを考えついたんだ?」
「えへへ……ブラウニーさんにはナイショ!」
「あっ、おねえちゃんだ。こんにちわ!」
「ランプくん! こんにちわ。今日もちいさくてステキだね」
「あっ。ちょうどいいところに……エマちゃん、コレッ!」
するとヤオ屋の女性はエマにむけ、あかくまるみをおびたものを投げつけた。かたてにシワだらけの紙をにぎりしめていたエマは、もうかたっぽの手でソレをうけとる。
「これは……ミツ入りリンゴだ!」
「なにたくらんでるかしらないけど、くれぐれもオリビアを怒らせないように!」
「分かってるよ。ありがとうね、アキーラおばさん!」
そうしてエマは八百屋の女性にペコリとあたまをさげると、たちまちリンゴにかぶりついた。シャリシャリとした食感にあまったるい実をほおばり。それからも、村のものにいく度となく声をかけられながら、エマはひたはしる。
彼女がめざすさきはジタクだ。ひとえにジタクとはいっても今回ばかりはアンソクの地ではなく、いきぐるしいセンジョウであるのだがーーー
エマは、母オリビアのもとへ。カクゴをきめたようなまなざしのままに唇をかたくしめると、さらに足をすすめた。足をすすめ、それから数分ていどがケイカしたころだろうか。少女はいよいよジタクへとたどりつく。
そこでひと息つこうかとも思ったが、それでは家に入るタイミングをみうしなってしまうと考え、エマは一もニもなくとびらをあけた。ドンッ!とおおきな音をたてて。まゆのあたりにはつよいケツイの色をうかべて。
しかし、エプロンすがたの母オリビアはその先でなにごともないように汁ものをすすっていた。ジダイおくれの古民家の、イロリのまえに腰をおろしていた。それもあぐらをかいて、のうのうと。うごかざること山のごとしといった風に、わずかなドウヨウもみせることなく、のうのうと。
そんな母をにらみつけたエマ。彼女はズカズカと家にあがったかと思えば、かたてにあった紙を床めがけてたたきつける。それは、エマがさきほどまでダイジそうに握りしめていたシワだらけの紙であった。
「マスターテストのスイセン状、もらってきたよ! これで……」
「ダメ」
エマが言いきるまえに、オリビアはその声をたんたんとさえぎった。
「なんで? ヤクソクどおりにもってきたでしょ」
「こんなもの、誰からもらったの」
「お母さんの知らないひと……っていうか。いまはそんなこと、どうだっていい! これでマスターテストをうけてもいいんだよね!?」
「ダメって言ったばかりだろう。これでハナシはおわりだよ」
「どうしてダメなの! スイセン状があればマスターテストをうけてもいいってヤクソクしたでしょ!? 指きりげんまんもしたでしょっ!」
なにをいったところで態度をくずさない、そんな母のズ太いふるまいに、しかしエマは食ってかかった。なぜならそれは『スイセン状をとり寄せさえすれば、マスターテストを受けていい』というヤクソクであったはずだから。指きりげんまんに嘘などあっていいはずがないのだから。
「アンタにはまだはやいのよ。マスターテストは危険すぎる」
するとオリビアはつげた。ハガネのような、かたくつめたいもの言いで。
マスターテストーーーこのオーバーワールドにて5年にいちど、ダンゾク的にひらかれる、“ネームドマスター”になるためのシカク試験。
そして“ネームドマスター”とは、世界に七人しかいないエイユウであり。ネームドマスターになったあかつきには、富とケンリョク、そしてノゾんだままの街がひとつあたえられる。そんな大モノになることを夢みて、われこそはと名のりをあげるものはとうぜん後をたたず。
ゆえに世界はシンパンするのだ。いったい誰がマスターにふさわしいのかを。
そんなシンパンのために生まれた試験こそが“マスターテスト”だった。内容はオールセントラルをシュッパツして、七人のネームドマスターがカンリする街をまわるというもの。それもただまわるだけはない。街のゆくさきざきにはネームドマスターによるシレンが待ちかまえており、そのすべてをコウリャクする必要がある。死人がでるほどに危険なシレンを。
だからオリビアはキグしていた。エマにシレンをコウリャクするほどのつよさがあるのかを。
だからオリビアは、あえてこう切りつけたのだーーーまだはやい、と。
「はやいって……私もう15だよ! マスターテストのゴウカクシャにはおないどしの子も、17の子もいるんだって!」
「そういう人間はねえ……アンタがようやく歩けるようになったような、そんな小さいころからものすごい努力をしたり、なにかしらのコウセキをおさめたりしてるの。それでも受からないニンゲンを私はたくさん見てきたよ。マスターテストで命をおとしたニンゲンだって、いくらでもね」
シレンにさいごまで残ることのできる確率、つまるところその“ごうかく率”は【数千万分のいち】とまでいわれている。ごうかく者のでない年や死人がでる年さえめずらしくない、最難関のシカク試験『マスターテスト』。
そんなキケンなものが、しかし今でも世界のデントウとして永らえているのは、オーバーワールドのジュウニンもまた、夢みるモノの挑戦とごくまれにあらわれる『超新星』をこころまちにしているからに他ならなかった。
とはいえ、だ。そんなキケンなシレンをよく思わないニンゲンだってオーバーワールドにはごまんといる。エマの母もまたそんなニンゲンのひとりであるから。だからこそ彼女はエマをみとめない。たったひとりのむすめを失ってたまるかと、指きりげんまんに嘘をついてまでとどまらせるのだ。
そしてオリビアはエマのひたいに指をついたかと思えば、シンミョウな面もちのままにたずねた。
「それにくらべてアンタがやってきたことはなんだい?」
ひたいにささった指をより目ぎみに見つめつつ、エマはこたえる。
「ヤモリ森でのシュギョウ……」
「ヤモリ森でおあそび」
「村をセイフクして……」
「村でイタズラばかりして」
「強敵とのジッセン訓練を……」
「私との親子ゲンカだよ! まったく。アンタぐらいの子はみんなオシャレして恋して、おんなの子らしくイジらしく生きてるってのに、どうしてこうも……」
自信なさげなエマのキベンにオリビアはやれやれと首をふると、とうとうモンクをたれはじめた。ブツクサと、念仏でもひたすらにくり返すように。そんな母に『まずい』ーーーとエマが息をのんだのは、ながったらしく、はじまってしまば二度と止まらないセッキョウを予感したからだった。
「そもそもアンタには、品がないんだよ。ごはんの食べかたも、たたずまいも、なにから何まで品がない! 母さんがどれだけ言ったところで……」
品のよしあしから口びをきった、そんな母のモンクをひだりからみぎへと聞きながし。けれどにがりきったようすのエマはりょうこぶしをギュッとにぎりしめた。歯をくいしばった。
もとはといえば、ヤクソクをやぶったお母さんがわるいのにーーーというまったくセイトウな心のこりをもって。くやしさからカッとのぼった言葉をいま、飲みこむこともせずに喉もとへとおしやり。そしてとうとうエマはいった。
「お母さんだって……」
「あ?」
「お母さんだって恋もオシャレもしてないじゃない! この万年独身女ッ!」
いってしまった。ほんらい、エマの望みをおし通すうえでたえるべきところを、いつものくせでガツンといってしまった。エマのスカッとしたこころとはウラハラに、視界のさきには曇りぞら。まがまがしいラクライが、げき怒が、すぐそこまでやってきているようだった。
「なんだって……?」
「あ……嘘、嘘。嘘もほうべん……!」
かみつくような母の目つきにひどくおびえながら、エマはどうにかこの場をきりぬけようとヘタクソな言いわけをした。しかし、そんな言いわけはどうやら逆こうかだったようで、おにのツノでも生えそうなギョウソウの母は、立ちあがる。そしてーーー
「なんのためのほうべんだぁ!? 言ってみろゴルァァァ!」
おおごえでエマを怒なりつけたのだ。
「ひぃぃぃっ! お母さんのバカーーー!」
ダンガンのごとく解きはなたれた母のらく雷に、ふるえながらもエマは言いかえす。言いかえし、さっそうと背をむけると家をあとにする。さいごくらい穏びんにすませてやろうというエマの思いあがった策も、母の気みじかさによってオジャンになってしまった。
いつもならここで追いかけてくる母だけれど、どうやら今日はやってこないらしい。いったいどうしたのだろうかーーーそんなシコウにひたりつつ、ふりかえりつつ。しかし万がいちのことを思うと走らずにはいられなかったエマはゼンソクリョクで家から遠のいていった。
それはいつもどおりの逃亡で。けれどいつにも増して思いつめたようすのエマは、今日もまたとあるキッサ店へと足をはこぶ。キッサ『はなれむら』へとーーー