10話 試験会場歓迎
「そうこうしているうちに、到着したみたいだね。エマ、メトロン」
と、ノヴィスのそんな言葉に、ふと目をこらせばーーーエマの目のまえにあったのはとある真っ黒なビルだった。縦ひろがりのテッペンがみえないそれに、エマは息をのんだ。これだけ大きく、めまいのするような建物を前にするのは、エマにとってはじめてのことであったから。だからこそエマは目をかがやかせ、飛ぶようにかけだした。
「うわはははははは。すごい、すごい! すごい大きいよ? ノヴィス、メトロン!」
「ああ……わかっているさ。俺たちにもちゃんと見えているさ。だから落ちつけよエマ」
「エ、エマ! 走ったら危ないよ!」
笑いつつはしるエマに対し、アワアワと彼女を追いかけるノヴィス。そして冷静さをかかないメトロン。彼らはためらいもなくビルに入るやいなや、その自動ドアをくぐるやいなやーーー先ほどまでとは明るみの大きくことなる、まぶたも閉じてしまうようなセン光にあてられた。あてられ、ひるんでいたそのときだーーー
「「「ようこそ、ブラックタウンへ」」」
と、いくえにも重なった声にむかえられた。なんと入り口をぬけたさきには、黒いスーツに身をつつんだ男女のそうぜい百名ほどが背すじよくたっていたのだ。さながらホテルマンのような彼らはキレイにならびながら。自分たちの身体で左右をはばみながら、道をつくりだす。一直線に、もてなすように。
「う、うわ……あ、え?」
「すごい……すっごーい!」
そう言って好奇心でいっぱいのエマは、黒スーツたちのつくる道をむやみやたらに進みだした。そんなエマのあとを追うノヴィスはひと目をはばかりつつ彼女の背なかに隠れつつ前へとすすむ。
そしてメトロンは彼らを、なぜかにらみつけていた。それはケイカイ心とはまた違った、なにかを確信するようなシセンで。しかし彼らはニコニコと、張りついたような笑みをくずさない。まるでそれは、こびりついた仮面のように。
「エマ、ノヴィス」
ふとメトロンが彼らになにかを伝えようと、冷ややかに声をかけた。そのときだった。
「エマ様! ノヴィス様! メトロン様!」
三人の名をつげたのはひとりの男。黒スーツの集団をわって入る、シチサンわけがよく整った男。笑顔のたえないキツネ顔の彼は、コチラ三人のもとへと足をすすめ。そしてすぐそばまでやってきたかと思えば、こべりついた笑顔のままにこう言った。
「こんにちわ!」
と。
「こんにちわ!」
「こ、こんにちわ」
「……」
「私はあなた方の案内役をつとめさせていただく、マツキともうします」
「マツキさんか、よろしくね! 私はエマ!」
「エマは自己紹介しなくてもいいんだよ……」
「ああ、そっか。さっき呼ばれてたもんね」
「いいえ。わざわざありがとうございますエマ様。それではただいまより第一次シレン会場へご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
マツキという名の男はテイネイな口調でそうつげると、両手を腹にそえたままふりむいた。それはまるで機械のようにセイカクでカタい、おもちゃの兵隊のような足どり。おそらくマニュアルどおりであろう動作だった。
そんなスンブンの迷いもないマツキの後ろすがたを、エマたちは追う。追って、マツキが案内をしたさきにはひとつのエレベーターが。
「それではどうぞこちらへ」
という言葉とともに。表情はニコやかなままに、マツキはジシンの手のひらをエレベーターへと差しだした。はなから開いていた、どこか歪なエレベーターへと。
「……!」
どうやらそのさきにあるのは、おもしろみのないシカクの空間と『床面に張りついたたったひとつの丸い“ワク”』だけで。そして3人は気づくーーーこれはただのエレベーターではないことを。
目のまえにころがる“丸いワク”。丸とはいってもそのチョッケイは、人ひとりがちょうど収まるほどのもので。床から天上にむけて、なにやらあやしい光をはなつそれを、マツキはこう言った。
「ワープホールでございます」
「ワープホール?」
男のメンか布にでもくるんだような、やわらかな声はたしかにそういった。けれどこの世界におとずれて、いまだ聞きおぼえのないその言葉にエマは顔をゆがめる。
「ワープホール……?」
「ワープホールはな、この街のネームドマスターである空々ホロウのハート能力だ」
「ホロウさんの……ハート能力?」
ーーーハート能力、という単語をさもとうぜんのように言いはなつメトロンに、しかしエマの表情はすっきりとしない。すっきりとはしないのだけれど、エマが質問するひまもないままに、男は口をひらいた。
「それではおひとり様ずつ、このワープホールのうえにおすすみください」
と。そんな男のテイネイな指示からか、三人はいっせいに生つばをのんだ。あやふやなきもちを、虫けらのように押しつぶした。そこにさきほどまでのゆとりも、ジョウダンをいう隙もありはせず。そのままにメトロンはたずねる。
「このワープホールをくぐれば、即刻シレンがはじまるのか?」
「さあ、どうでしょうね。このさきにつづくのは、あくまでシレン会場。あなたがたEグループのタイキ場にすぎませんので。時間いっぱいになれば、シレンがはじまるでしょうし……そうでないのならば、どうぞタイキをしていてください」
このワープホールをくぐれば。くぐってしまえばもう、あまたのつわものを一気に相手どることとなるーーーそんなプレッシャーはここにきて、はじめて彼らをためらわせ。そしてエマは鳴りはじめた鼓動に、つぶれそうなプレッシャーにほほ笑んだ。ほほ笑み、その音にあわせるかのように、はしりだすのだ。
「よーし!」
と子どものような声をあげ、「タタタタタッ」とギョウギのわるい音を鳴らし。そしてエレベーターの床に穴でもあける勢いで着地したエマ。彼女はふりかえり言う。
「いちばんのり!」
バカらしい、なん歳なのかも分からない。そんなひとことをつげるのだ。
「ハァ……おまえなぁ」
「あはは。エマらしいや」
ふたりの緊張をとくためにあえてオドけてみせたエマに対し、ノヴィスとメトロンはあきれる。あきれつつ笑う。そんなエマのバカらしい行動によって、張りつめた空気はいつしか消えさってしまっていた。
「ちっ」
どこからともなく鳴った舌うちに気づくこともなく、エマは言う。
「それじゃあ、ひと足さきに待ってるぜ!」
するとそのときだったーーー足もとのブキミなひかりが視界すべてをつつみこむ。まるで目の前で白い爆発をおこしたかのようなつよいまぶしさに、しかし目は痛くない。おそらくなにかしらの配慮なのだろうか。そんなツゴウのいい光とともに、エマの身体はいっ瞬、フワッとしたフユウ感につつまれた。どこまでもおちていく。もしくはのぼっていくような、そんな雲をつかむようなフユウ感に。目のまえの光がシカイからはれたそのときーーー




