9話 その街の名はブラックタウン
ブラックタウンーーービルやマンションといったマテンロウがたちならぶその街には、おおくのニンゲンがせわしなく行きかい。そんな街を人びとは、“ねむらない街“と名づけた。
けれどメトロンは知っていた。それはブラックタウンをとお目からみた者による、ラチガイな異名にすぎないことを。街の本質は、そうではないということを。
というのも、ブラックタウンには日がのぼらない。日とは、もちろんタイヨウのことである。たとえそれが朝であっても、昼であっても。タイヨウの光が空をもオオうようなクロい幕によってシャダンされたその街には、いつだってふかい闇がしずみ。ひと知れずうまれた明るさなどありはしないのだ。
つまりブラックタウンは、ねむらないわけではない。いつだってねむっているのだ。
以上のことをふまえて、あえてその街に名をつけるのならば“まどろむ街”ブラックタウンといったところだろう。
そして、そんなまどろむ街にはゲンザイ、“まどろみ”すらさまたげるような目まぐるしい灯りや、しろうとクサいざわめきがただよっていた。ザワザワ、ザワザワと、耳をさくように。
『マスターテスト第一次シレン』。それこそがこの嵐のようなざわめきの正体であり、そしてブラックタウンのねむりがさまたげられる、そんなジタイすらゆるされる大きなワケである。
「すごーい! うわさどおりまっくらじゃん!」
むすうのニンゲンが押しかい、どこをどうみたところで人だかり。そんなジゴク絵図のなかを、だれよりもさわがしくあるく三人組がいた。ひとりは、すこし背のたかい赤リボンの少女で。ひとりは、みたところのすべてがシロい小がらな少年で。そしてもうひとりは、メガネにセンターわけの冷ややかな青年だった。
「これでも明るいほうらしいけどね……」
「へぇー! でも、建物もすべてまっくらだなんて……それに高いなー! もう首痛いよ!」
「まだきてから、すこししかたってないよ……」
コウソウビルをまえに、むじゃきに。子供のように目をかがやかせるエマと、彼女の相手をするノヴィス。そんなふたりを見つめるメトロンは、なぜかフフクそうに口をむすんでいた。
「メトロン、すごくない!?」
「……あのなぁ。俺たちは遊びにきたわけじゃない、シレンをうけにきたんだよ。昨日からずっと言っているけれど、子どものようなまねはやめてくれないか?」
と、フキゲンそうなメトロン。
エマたちとむすんだ、というよりも無理にむすばされたコウショウによって。とうてい叶うはずもないとふんでいた命令を、なんなくスイコウしたエマによって。なにかしらの事件の火だねになりかねない、二人と道をともにすることとなったメトロンは、「やれやれ」とため息をついた。
「えー。でも、メトロンだって昨日は乗り気だったよね」
「べつに乗り気じゃあないさ……アンタたちに付きやってやっただけ。それだけだ」
首をかしげるエマにたいして、文字どおり“それだけ”を言うと「フン」とそっぽをむくメトロン。
しかし彼がきのう、もっともノジュクの準備を気ばっていたことは。名のしれたデータツリ師とやらをサショウして、自然に耳をかたむけていたことは。バーベキューのシハイ人として腕によりと塩コショウをかけていたことは。
それらは紛れもないジジツであって。そんなジジツを知っているからこそ、エマはノヴィスに目くばせした。昨日のコイツはマチガイなく遊んでいただろう、と。
「まあまあ……メトロン。さわぐ元気があるってことは、わるいことじゃないしさ。それに昨日のメトロンは、たしかにいちばん気合いがはいってた……かな?」
「うっ、うるさい。俺はアンタたちの世話をしていたまでだ」
「うん、そうだね。僕たちも、メトロンのデータのおかげでここまでこれた。だから感謝しているよ。ねっ、エマ」
「そうそう、感謝してる!」
「フン、どうだか。それに感謝をするなら俺にではない。俺のデータにだ。データはひとを裏切らない。これは紛れもないジジツなんだからな」
けっして態度をくずさずに、メトロンはデータについてかたりだす。おそらくデータにジシンと思い入れでもあるのであろう。そんな彼にたいしてエマは、そっちょくにたずねた。
「じゃあブラックタウンのデータはないの?」
「それはもちろんあるが……」
「なになに、おしえて!」
「ハァ……おまえはすぐに知りたがるな……どうしようもなく仕方がない奴め。まあ、仮にも仲間ということだからおしえてやるよ」
メトロンはため息をつく。気だるげに。
しかしエマの知りたがりにはとっくになれてしまったようで。ヒカク的すんなりとキョダクし、彼女のツゴウの会話をそのままつづけた。
「ブラックタウン。その名のとおりこの街は、絶えまないクラヤミにつつまれている。それはこのフロアも、空たかくにのぼるビルの数々も、そして空もおなじだっていうことが見てわかるだろ? これはマザーシステムからつくりだされた、いつでも空が夜にみえる幕によるものらしい。だからこの街にはいつだって夜景がひろがっているんだよ」
「へぇー。マザーシステムってやっぱりすごいんだねぇ……まさか夜までつくりだせちゃうなんて、ほんとうになんでもできるんだね!」
「うん……マザーシステムはこのオーバーワールドの、大きな希望だから」
と、ただうなずき。まんてんの夜空を見あげるふたりに、メトロンはさらにつづける。
「そしてこの街もうひとつのは、黒いのは見た目だけじゃないってことだ」
「……見た目だけじゃない?」
エマはメトロンの言葉をハンプクし、その意味をリカイしようと思いなやむ。しかし察しのわるい彼女よりさきに、おおかたに気づいた。もしくははじめから知っていたノヴィスは、はさむように口をひらいた。ほそくでもするように。
「つまり中身まで、まっくろってことだよね」
そんな彼の言葉にメトロンはうなずく。
「ああ、そうだ。ブラックタウンのニンゲンのほとんどは、このくらい景色とドウカしてしまうほどにまっくろなんだよ。腹のなかがな」
「腹のなか……わるいひとが多いってこと?」
「ああ。この街はほかにくらべて近未来的だし、ハッテンもしている。つまり、オーバーワールドの商業や研究の中心なんだ。そんな街にあらわれる連中はずるがしこく、社会やニンゲンの汚さをよくわかって、利用しているやつばかり。だから治安はすこぶるわるい。ミツバイ、インコウ、ショウガイ、トバク、サギ、セットウといった犯罪行為が日夜おこなわれる。この世の悪意と才能をかきあつめたような街が、このブラックタウンなんだよ」
「うげぇ……なんだかこわい街なんだね。もしかしたら私たち、マスターテストの途中でおそわれるんじゃないの?」
「まあ、そう気がまえるな。計算だかいこの街の連中は、マスターテストっていう金になる祭りも、とことん利用している。だからいまだってそうとうな盛りあがりをみせているだろう? 金になるから邪魔しない。よくよく考えれば、簡単なはなしだよ」
「ふーん。冷たいもんだなぁ……」
エマはどうもリカイができないといった風に口をトガらせると、ブラックタウンを見わたした。
こまかい虫の集まりのようにうごめく、夜のあかり。そのすべてが、光るシンジュやルビーのようにあざやかに夜景にうきあがって、すんだ瞳にうつしだされるような。そんな街をよこ目にとおりすぎて。そしてエマたち三人はとうとう試験会場へとたどりつくのだ。
「そうこうしているうちに、到着したみたいだね。エマ、メトロン」
と、ノヴィスのそんな言葉に、ふと目をこらせばーーーエマの目のまえにあったのはとある真っ黒なビルだった。縦ひろがりのテッペンがみえないそれに、エマは息をのんだ。これだけ大きく、めまいのするような建物を前にするのは、エマにとってはじめてのことであったから。だからこそエマは目をかがやかせ、飛ぶようにかけだした。




