0話 エンペラー城のおさな子
マザーシステムーーーものをエイキュウに作りだすことのできる科学技術。ドウリョクゲンは不明。
そんなまぼろしのシステムがそんざいする世界“オーバーワールド”に、不自由なことなどありはしなかった。家ほどの小さなケンチクブツはひと晩あれば作ることができるし、お菓子でできた街やコウテツだらけのかたくるしい街だって、すでにとうぜんのように生活のいち部としてとけこんでいる。
『フカノウをカノウに』というキャッチコピーは今もなお進みつづけるテクノロジーのおきざりとなり、『ユメみたい』なんて言葉すら、はるか過去でいうところの『マジヤバい』ていどにしかなりえない。
それほどまでに発達した、近未来をカタチにしてしまったオーバーワールドには、飢餓も戦争もバカらしく思えるほどの平和があふれていた。人びとのたえまない笑みがあふれていた。こぼれ落ちそうなくらいどこにでも。どこをどこからながめたところで『へいわボケ』という言葉がふさわしく思われるような、こころやすい光景がひろがっていたのだ。
とはいえ、そんなノンキな世界にシゲキというものがないかと問われれば、イチガイにそうともいえない。へいわボケのなかにだって当然、ごくごくまれにイレギュラーは生まれるものだ。
たとえばそれは、“マザーシステム”という豊かさのミナモトがおびやかされたり。そんなトンデモないイレギュラーを引きおこしたチョウホンニンともよべる人物がおどろくことに、およそ10歳にもみたないような、シンメのようにあおい子供であったりするーーー
『オールセントラル』。この世界の中心にいちする、キボのおおきな街。七大都市のひとつにもかぞえられるそんな街には、いちばんのメイブツとのよび声たかいカンコウ名所があった。くびをうえにあげれば街のどこからでもみえる、それだけコウダイな砦。名を“エンペラー城”という。
エンペラー城がなぜオールセントラルいちのメイブツかといえば、その大きさはもちろんのこと。城のなかに世界で“たったひとつしかない”マザーシステムがねむっているから、というのがもっともな理由としてあげられるだろう。
とうぜん、メイブツを目的におとずれるかんこう客のなかには、マザーシステムのテクノロジーをねらう研究員や、世界のほうかいをくわだてるテロリストまで、十にん十いろのアブナイ人間がいる。それでも、マザーシステムがいまだ城のそこにねむりつづけ、かんこうすら許されているのは、エンペラー城に入り口や出口とよべるものが一切そんざいしないからだった。
『一切』というモジどおり、エンペラー城のガイヘキは“四角まっ平”なのだ。こぶひとつ、よじのぼるための凹凸ひとつない、そのガイヘキ。門がないためとうぜん入ることもままならず、ロケットランチャーでもこわせないエンペラー城のくっきょうなタイキュウ性は、いつだって人びとの前にふさがりつづける。
そんな完全ヨウサイに守られ、ふれることもままならないマザーシステムの謎がとうてい解明されるはずもなく、けれど世界の平和こそヤクソクされているのだからべつにそれでもいいだろう。というのがオーバーワールドのなかで“あたりまえ”とされるニンシキだった。だったはずだった。そのすべてがくずれさったのは、8年まえのひるさがりだった。
「クソッ、アイツ……私のなにがダメだっていうんだい……」
へいわボケした街のなかを、ズカズカ、ドシドシと肩から歩くひとりの女性がいる。それは“歩く”というより“イバる”というような、ぬけぬけとしたあつかましさで。そんなガラのわるい女性を、エプロンすがたのじょうぶな女性を、とうぜん街の住人はさけるようにして進んでいた。
「クソッ……私くらいイイ女、ほかに居やしないってのによぉ……なんでダニエルも、コイツらも……! わたしからキョリをおくんだっ」
しかしさけるという住人のおこないが、より女性のはらだたしさをアオってしまったようで、女性はさらに口をトガらせて。ズドンズドンと。肩のつぎはしたっぱらをつきだすように街を歩いていった。
かたてにはバラの花たばを。もうかたてには、刀身がさやとフクロにつつまれた、ドンキとしてしかそのやくわりをはたせそうにない刀を。ワシ掴むようにしながら。
とうぜん、そんなすがたのふしん者がいれば、キョリをおくというのはしごく全うなおこないであるのだけれど。しかし今、ボーイフレンドに別れをつげられたばかりの彼女には、そんなことを理解するヨユウもありはしなかった。
かなしみにうちひしがれ、それがだんだん怒りへとかわってきた彼女は、しゅういの目もはばからずにすすむのだ。あの男との思いでを重ねてしまった、このイマイマしい街“オールセントラル”を。
「あー、ムシャクシャするな! やっぱこんなときには、あのくそイマイマしい城をぶったたくに限るか! どうせ壊れねえんだから、ストレス発散ぐらいさせろよな……」
ブツクサと念仏のようにひとりごとをこぼしながら、彼女はエンペラー城のシキチへと足をふみいれた。カンコウ客のチョウダの列をおいこし、おいこしてはさらにハナれ。彼女がちかづいていくのは、そのさきにたちふさがる本丸、もしくは二の丸か。そんなことすらたしかめようのないシラサギ色の城壁であった。
「お客さま、そこからさきに入ってはいけません!」というやわらかな声のでどころを、キッ!とにらみつけてやると、ゾンビのようにフラフラと、城壁をめがけてすすんでいく。かたてにあった花たばをまえに放りなげたかと思えば、ふみつぶし。そんな彼女を止められるものはもうどこにもなかった。
「ダニエルの……」
そのとき、ふと怒りをもらした女性。すると彼女のうでに握りしめられたドンキは、イマイマしい名とともに大きくふりあげられる。ふりあげられた“ソレ”は空たかくから、風をきり。そしてほそながい刀身はエンペラー城をめがけて、ドンッ!とふりおろされた。そのときだ。彼女の攻げきにものともしない城壁の、そのむこうからはーーーひとりの少女があらわれる。見ためからスイソクできる年齢がおおよそ6、7歳ていどのオサナ子だった。
「あ……あぁ!?」
はたして“あらわれた”という表現がただしいのかどうかもわからない。けれどたしかに、女性の攻げきにコオウするように壁からは、次元のチョウエツを予感させる大穴が生まれた。そして大穴は少女をおくりだしたかと思えば、またイッシュンにしてうまってしまった。平で、おもしろみもない、そんないつもの壁にもどってしまったのだ。
目をまるめ、怒りすらわすれてあぜんとする女性に、しかし少女はたちどまることもなにか反応をみせることもなく、ふらふらと歩いていく。クモのうえにでものっているように、おぼつかなく歩く。のこりわずかな力がけずれていくような、生気のまったく感じられない少女は、いちにさん……七歩ほどすすんだところでようやく足をとめると、バタリ。力つきたようにたおれこんだ。
「あ……あぁ……?」
と、さきほどからなにひとつ変わらないセリフをはきすてた女性は、刀をほおって少女のもとにかけよった。周囲のケンブツニンは、ものめずらしそうに少女のすがたをながめ、ザワザワとどよめいている。彼らのどよめきはたったの二点にむけて。ひとつはナゾの少女がトツゼンあらわれて、トツゼン倒れたこと。そしてもうひとつは、どこかで誰かがつぶやいたのだーーー
「エンペラー城の壁が……やぶられた」
と。