王都フェルメイト
翌日ーー
今日はフェルメイト魔法学院の入学試験の日だ。俺の後ろには、お父さんとお母さんが立っていた。
「うん!やっぱり似合うわね!」
背後から聞こえるお母さんの声に振り向き、俺は身につけていた服を確認する。
黒のズボンに白のシャツ、灰色のコート。これは全て、お母さんの手作りだ。何故かこういうのだけは器用にこなしてしまうのが不思議なところだが。服のサイズもピッタリだ。息子のことはなんでも分かっているということか。
「今日はアムルの記念すべき日だもの。気合い入れて作ったんだから」
お母さんはそう言って俺の背中を軽く叩く。
俺は知っている。この服を作るために、こっそり夜中に起きていたことを。この服に込められた想いを俺は受け取らなければならない。
「ありがとう。それじゃあ行こうか」
俺はお父さんとお母さんを持ち上げる。これならば、空を飛ぶのも問題ないな。
「アムル。今更だが、父親が息子に抱き抱えられるというのは周りから見たらどういう風に映るのだろうか?」
「仲の良い親子って思うんじゃないか」
「だったらいいが……」
お父さんの問いかけに俺は淡々と答える。それに対して、難しい表情を浮かべながらも、納得してくれた。
さて、フェルメイト王国は、ウール山脈を超えてさらに向こう。数十、いや数百キロくらい離れているはずだ。五分あれば着くな。
「俺も支えているけど、二人もしっかりと捕まっててな」
そう言うと、二人は頷いた。それを確認すると、俺を中心として、地面から魔法陣が浮かび上がる。すると、俺の身体が重力に逆らうように宙へと浮かび上がった。
「うおぉわ!」
「浮いているの!?私たち!?」
右には驚きの声を漏らす父、左には現状が理解できず戸惑いを見せる母。
この世界で空の景色を見るには、飛竜に乗るか魔法で空を飛ぶしかない。魔法を使えない両親にとっては初めての経験なのだ。驚くのも無理はない。
それにしても今日はいい天気だ。雲一つない青空が地平線の彼方まで広がっている。
俺は≪飛翔≫で一気に空を駆けた。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
お父さんの野太い絶叫と、お母さんの可愛らしい悲鳴が両耳に聞こえる。あらかじめ、二人には風の受け流すため、魔法障壁を展開してある。並の人間が、このスピードで飛ぶと、風圧で身体がぐちゃぐちゃになってしまうからな。
「空を飛ぶのってこんなに気持ちがいいのね!見てみて、建物があんなに小さいのよ!」
最初は絶叫を上げていたお母さんだったが、今は楽しそうに笑顔を浮かべていた。対して、何も言葉を発さないお父さんが気になって、目をやると真顔で景色を楽しむこともなく、ただ前だけを見ていた。まるで、電池が切れたロボットのようだ。
「アムル。途中で魔力が尽きて、俺たちが落っこちるってことは……ないよな?」
なんだ。そんなことか。
「大丈夫だよ。≪飛翔≫は初級魔法の中でも一番最初に教わる魔法なんだ。魔力消費も少ないし、何より飛べない魔法使いを魔法使いとは呼ばないだろ?」
「教わったって……俺たちは魔法なんて空っきしだから教えてはいないはずだぞ?」
「あれじゃないかしら。アムル。小さい頃から魔法の本を読み漁ってたから、それで覚えたのよ!アムルは本に魔法を教えてもらっていたのよ!アムルは頭が賢い子ですもの!」
これぐらいで大袈裟だ。
≪飛翔≫くらいならコツさえ掴めば、魔力が少ないお母さんたちでもできるくらい簡単な魔法なんだがな。
身体の周りに魔力を集中させ、その魔力で自身の周りにある空気を操る。それが≪飛翔≫の原理だ。
しばらく飛行していると、大きな王国が見えた。どうやら、あそこがフェルメイトという街らしいな。王都を囲むように、巨大な壁が建設されている。
俺は広く、尚且つ人が少ないところを見つけて着陸し、お父さんとお母さんを下ろす。
「いやー。魔法とは凄いんだな!アムル!」
お父さんは≪飛翔≫の直に体験したことが効いたのか、感心するかのようにうんうんと大きく頷いていた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「私たちも行こっか?」
「いや、いいよ。せっかくこんな大きい王都に来たんだからさ。たまには二人でデートでも楽しんできなよ」
「「なっ……」」
俺の言葉に二人は互いに顔を合わせると、気恥ずかしそうにしながら目を逸らした。全く、いつになってもこの二人は仲が良い。羨ましい限りだ。
俺は二人に背を向けて軽く手を振り、魔法学院を目指した。
≪飛翔≫で確認したが、フェルメイト魔法学院はここから北東の位置にあったはず。
ある程度の方角さえ分かっていれば、細かい道は王都の人間に尋ねれば問題ないだろう。
俺は魔法学院へ向かいながら、王都の周辺を見渡していた。辺りは大通りで、あちこちにはさまざまなお店が立ち並んでいる。
それにしても広いなぁ。
違うところでは、商店街だろうか。野菜や果物、アクセサリーを売っている商人たちが多く見受けられており、そこも王都の人間で賑わっていたのだ。そこには、子供たちの姿もありとても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
この世界は平和になったんだと改めて実感する。一度この命を捨てただけの甲斐はあったというものだ。
あの時代、こんなにも人口は多くなかった。生まれゆく命も、すぐに消え去っていったのだ。戦争が終結し、そこから文明が栄え、技術が発達し、今のこの暮らしがあるのだろう。生きやすい世の中になったものだ。
大通りを歩き続け、やがて人の往来も少ない道へとやってきた。そこには、俺と同年代ぐらいの少年少女の姿がある。友達同士で話し込んでいる者がほとんどだが、彼ら全員どこかしら緊張したような面持ちを浮かべていた。皆同じ方向は同じなようで、それぞれのペースで歩いていく。
しばらく歩くと、目の前には大きな建物があった。
「ここか」
俺は目の前に聳え立つ建物を見上げて、そう言った。