魔法学院
「はぁっ」
「どうしたんだよ。お母さん」
テーブルに肘をつけて、頬杖をしながら深い溜息をする姿を見て、俺は声をかける。お母さんはゆっくりとこちらを見上げる。
「アムル。あなたは今いくつ?」
「一五歳だな」
「明日は何の日?」
「フェルメイト魔法学院の入学試験の日だな」
「そう!それよ!」
バン!っと机を叩く。一体どうしたというのだ。お母さんは俺の元へと近づいてきて、
「魔法学院に入学しちゃったら、アムルと離れ離れになっちゃうじゃない!」
俺は思わず溜息を吐いてしまった。
「この世界は一五歳になったらどこかしらの学校に通わせないといけないんだよ。お母さんだってそうだっただろ。学校に通わなかったら俺はこのままニートになってしまうよ」
「別にニートだろうと社会不適合者にだろうと、私は構わないわ!アムルは学校に通わなくてもいろんな魔法が使えるんだから大丈夫よ!」
それは駄目だろ。いつになったらお母さんは子離れをしてくれるのだろうか。
「別に離れ離れにはならないよ。すぐそこにあるんだから、通えるさ」
「だってー」
そう言ってお母さんは頬を膨らませた。年に似合わずそういった姿も綺麗だと思ってしまう。
生まれ変わったといって、魔法術式の知識が失われたわけではない。年齢を重ねるにつれて、魔力も少しずつ以前の状態へと近づいてきており、ある程度の大魔法なら術式を展開するほどに回復している。
だが、カリュエヴァマを再びこの手に呼び出すことはできなかった。神創剣カリュエルジェルは、己の力を最大限発揮できる主を求めて、人を選ぶ。この剣を使用するということは、神を力を行使することと同義である。あまりの強大な力により、生半可な魔力の持ち主が使用できる剣ではない。
まぁ、生まれ変わったのだし仕方ない。実際、どこにあるのかも知らないのだ。今後、ゆっくりと探すとでもしよう。
俺はお母さんの肩に手を置いて、優しく微笑む。
「俺、魔法学院に行きたいんだ。魔法を勉強して、いろんな奴と交流してみたいんだ。フェルメイト魔法学院って魔法に優れた奴らが集まる所なんだろ。だったら俺の力を試してみたい。そんな凄い奴らが集まるそんな場所で、俺がどこまでやれるのかを知りたいんだ」
これは俺の本心だ。『剣聖』といってもそれは遥か昔の話だ。どうやらこの時代は、俺が死んだ時から三〇〇年の月日が経っているらしい。
こうして、魔法の勉強をやるというのは楽しみなことだし、何より学校というものに通って、『青春』というものを味わってみたかったのだ。
争いが絶えぬ古の時代は、どこにいても戦争、戦争で学校というものすら存在しなかったのだ。
本で見たが、学校というものは学業を本分とし、同級生と時を一喜一憂するらしい。それはとても素晴らしいことだ。
折角、平和な時代へと転生することができたのだ。学校で友を作り、共に学び成長していく。何としてでも経験したいのだ。
「だから、お母さん。俺のわがままを聞いて欲しいんだ」
俺がそういうと、お母さんは黙り込んだ。そして、肩に置いた俺の手をギュッと握りしめる。
「そうよね。アムルは今まで一緒にいてくれたもの。わがままの一つや二つ聞いてあげないと、親失格だものね!」
ようやく納得してくれたか。こう見えて結構頑固なお母さんだ。説得するのに骨がいるものかと覚悟はしていたのだが、こうもすんなりと上手くいくとは思ってもいなかった。
「ありがとう。お母さん」
「よし!お母さん、今日は張り切るわよ!アムルが入学試験に合格できるように、今日は豪勢な夕食を用意するわ!」
「いつも通りでいいよ」
「そんなわけにはいかないわ!アムルと私が力を合わせればフェルメイト魔法学院なんてイチコロよ!」
お母さんは服の裾を捲ってやる気を見せる。
入学試験を受けるのは俺だし、イチコロしても駄目だろ。だが、お母さんも俺が入学できるように頑張ってくれようとしているのだ。その心だけでも受け取っておくこととしよう。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
三人で夕食を食べている最中、お母さんが箸を置いて、尋ねてきた。
「そういえば、アムルはフェルメイト魔法学院に通うって言ってたけど……どうやって通うの?」
「確かに、飛竜なんて大層なもの、飼えるわけないし、借りるにしても結構なお金がかかるしなー」
難しい顔して、頭を抱える二人。俺は口に含んでいた食べ物を飲み込んで、
「大丈夫だよ。飛ぶから」
「「えっ!!??」」
何を言っているのかと言いたげな表情を浮かべて、俺の方を見つめていた。
なるほど、魔法に乏しい人間は知らないということか。仕方ないといえば仕方ない。
「魔法で空を飛ぶ。だから問題はないよ」
「魔法って、空も飛べるの?」
「あぁ」
「今どきの魔法って、そんなに進歩しているんだなー」
進歩も何も、三〇〇年前から存在していた魔法なんだがな。あの時代は、空を飛べなければ死んでしまうとすら言われていた。地を駆けるより空を飛んだほうが、移動手段としては優れていたし戦闘から離脱するための最終手段として使用されていたからな。
二人の表情から見るに、信じることができていないようだった。だったら実際に体験してもらったほうがいいだろう。
「なんだったら明日、フェルメイト魔法学院に向かう際、二人とも一緒に連れていくよ」
「え!?二人とも!?」
「そう」
「だけど、大丈夫なのか?お母さんは軽いが、俺は見ての通り……」
お父さんは立ち上がり、自身の筋肉を俺に見せつける。ここまで鍛え上げられた肉体の持ち主はそうそういないだろう。見た感じ体重は九〇前後、と言ったところだろうか。
「大丈夫だよ。二人くらい余裕さ」
「本当に?」
俺は立ち上がり、お父さんを片手で持ち上げる。思ったよりも軽いな。
「うおっ!」
急な出来事にお父さんは驚きを隠せていない様子だった。
それはお母さんも一緒なようで、空いた口が塞がらない様子だった。そして、お父さんをゆっくりと下ろして、爽やかな笑顔を向けて、
「な。問題ないだろ」
「凄いわ!お父さんを持ち上げたのも何かの魔法を使ったの?」
「いや、純粋な力だよ。お父さんぐらいだったら訳ないさ」
どうやら身体能力も転生前とは対して変化はないようだ。しかし、まだ本調子ではないな。俺は肩を回していると、
「お前は自慢の息子だよ!」
「アムル!私も持ち上げることってできるのかしら!?」
「もちろん」
俺たちの家は相変わらず、賑やかで楽しい空間に包まれていた。