七年後
俺がこの世界に転生してから七年が経とうとしていた。俺は両親の愛に育まれながら、すくすくと順調に育っていた。
「痛っ!」
キッチンからお母さんの声が響いた。確か夕食の準備をしていたはず。キッチンへと向かうと、お母さんが指から血を出していた。痛みで表情は歪んでおり、切った所を押さえていた。
「大丈夫よ。アムル。心配かけてごめんね」
俺を心配かけまいと痛みに耐えながらも、お母さんは歪な笑顔を向ける。傷口を洗おうと、水を出そうとする。俺は背中の服の裾を引っ張って、
「指、出して」
「え?」
言われるがまま、お母さんは俺に指を向けると、俺は魔法陣を展開する。
「≪治癒≫」
魔法陣が淡い輝きを放つと、出血していた傷口が徐々に塞がっていった。だが、傷口の塞がりが思っていたよりも遅い。おそらく小さい身体のせいで、魔力量が少ないのだ。
俺は小さく息を吐いて、小さく首を傾げる。
「お母さん。大丈夫?」
そういうと、お母さんは俺をギュッと抱きしめて、俺の頭を温かい手が優しく包み込む。
「ありがとう。ドジなお母さんでごめんね」
?泣いているのか。鼻を啜りながら言葉を繋いでいた。俺はお母さんの手を逃れて、目尻に溜まっていた涙を拭ってやり、笑顔を見せて、
「ううん。俺はお母さんの息子でとても嬉しいよ。いつもありがとう」
「う……」
う……?
「うわあああぁぁぁーーーーーん!!」
より一層、お母さんは号泣して俺をさっきよりも強く抱きしめた。苦しいが、今はされるがままにしておくこととしよう。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「ーーでね!アムルは私の指を治してくれたのよ!」
「ほう!良くお母さんを助けてくれたな!さすがは俺の息子だ」
夕食を食べている最中、お母さんは起きた出来事を話し、お父さんは大きな手で俺の頭を強く撫でた。
お父さんは建築の仕事に携わっている。お父さんの筋肉は建築の仕事によってついたものなのだろう。とても安心する大きな手だ。だが……。
「お父さん、痛いよ」
「おぉ、すまんすまん」
俺の頭から手を離し、豪快に笑った。それを見て、お母さんも優しい笑みを浮かべる。本当に賑やかな家庭だな。
俺は目の前にあるスープを口にする。様々な種類の野菜がふんだんに使用されており、身体がとても温まる。
「将来、アムルはきっと立派な魔法使いになれるわ!」
「そうだな。だが、そのためにはもっと大きくなって魔法のことを勉強して、魔法学院に入学しないといけないからな!」
「確か一番凄いところって、フェルメイトにあるフェルメイト魔法学院だったわよね?」
「あぁ、幼少期から魔力に長け、魔法に優れた者だけが入学できると言われているフェルメイト魔法学院。俺達が暮らすアゼッテ村からそこそこ離れたところに位置する大きな王国にあるんだ。確か試験があって、それを合格しないと入学できないんだ。確か一五歳でないとその試験を受けれなかったはず」
お母さんは何かが閃いたかのように目をキラキラさせながら俺とお父さんを見た。
「アムルならきっと、楽勝で魔法学院に入学できるわ!今日だって、私の指をあーも簡単に治したんだもの!もっと大きくなったら、もっとすっごい魔法を使えるようになるに違いないわ!」
「そうだな!そしてその内、物凄い魔法使いになれるに違いない!お父さんとお母さんは応援しているぞ!」
俺の肩を叩きながら、お父さんは再び豪快に笑った。
だからそれをやめてくれ。痛いから。
フェルメイト魔法学院。
人間が暮らす大陸、アグンネスタの北東に位置する王都フェルメイトにある魔法学校だ。
それにしても、魔法学院か。
死ぬ少し前、俺の右腕とも呼べる戦友に、俺が魔法術式を起動させることができなかったことを考えて、若い人材を育成する施設を作っておいてくれと頼んでおいた。だが、王国まで作ってしまうとはな。
おそらく、魔法学院というのはその戦友が作った施設のことなのだろう。平和となった今では必要がなくなったのかもしれないが。まぁ、魔法に興味を持ち、魔法を極めたいという若者達がいるというのは、別に悪いことでもない。
魔族と人間の記憶を書き換えたことで、戦争というものがなくなった。そのことにより、人間の記憶からはアムル・シルフィルクという存在も消えている。本でいろいろと調べたりしたのだが、やはりアムル・シルフィルクという名前はどこも見かけなかった。
銅像が建てられたりでもしたら……という淡い期待もなくはなかったのだが、記憶を書き換えるというのはそういうことだ。その結果、今の平和があるのだ。グッと堪えるとしよう。
「アムル。一つだけお父さんと約束してくれないか?」
お父さんはスプーンを置くと、俺に目を向けた。その視線に気がつき、俺も目を向ける。初めてといってもいいほど真剣な目をしていた。お父さんは軽く咳払いをして、
「アムル。お前の力は決して悪いことには使うな。あと、自分の私利私欲……といっても分からないか。自分の為だけに使うのも駄目だ。困っている人達、アムルの力を必要としてくれている人達のために使うんだ。いいな?」
「お父さんとお母さんは、魔法使いになれるだけの魔力は持ってないから、アムルのような小さい時から魔力に長けている子をどうやって育てていけばいいのか、正直今でも分かっていないの。でも、誰かに迷惑をかけるのだけは駄目だからね」
小さい子供が身に余る力を持っていると、悪い方向に向かってしまうということを危惧して、俺のことを心配してくれているのだ。
前世では、魔力に優れた子供でも、戦場に向かわされていた。あの時、子供を奪われていく母親や父親達の姿は今でも忘れることはないだろう。
こうして心配してくれている両親も、彼らと似たような心情なのかもしれない。
「うん、約束する」
「よし、いい子だ」
お父さんは俺の頭を撫でる。誰かからこうして心配されるというのも嬉しいものだ。
「ほら、早くご飯を食べましょう!冷めちゃうわ!」
お母さんは笑顔で手をパンと叩く。確かに冷めてしまっては折角のお母さんの料理の美味しさが半減してしまう。
「アムル、食べるぞ!」
「うん!」
「そんなにがっつかないで、落ち着いて食べてね」
そして、楽しい日々はあっという間に過ぎていきーー。
俺は一五歳になった。
次回から魔法学院の生活が始まります!