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両親

 何もない。声も出せない。手足の感覚はなく、ただ意識がはっきりとしていた。

 ただ真っ白な世界が広がっており、俺は抵抗することができず崖から落ちるように下に引っ張られていた。

 一体どれぐらいの月日が経ったのだろう。食欲も起きない、眠くもならない。まぁ、死んだのだから当然のことだといえば当然のことなのだが。


 何しろ死んだのは初めてのことなので、『死』とはこんな感じなのかと一人で納得する。


 俺はバハルが言おうとしていたことを思い出す。消えゆく意識の中だったので、何を言おうとしていたかは分からなかったが、バハルの顔は穏やかだった。


 魔王と呼ばれた男のあんな顔を拝める日が来るとはなと、俺は心の中で呟いた。俺の魔法によって人間と魔族の争いは起きないはずだ。

 人間と魔族、姿や形は違えどどれも尊しく美しい命。どちらかが優れており、劣っているのかというのはない。

 

 願ったのは、俺の生きた世界が平和であり続けるということと、そんな平和な世界を一度だけでもいいから生きてみたかったという、そんな叶わぬ願いだった。


 キラン。

 俺しかいない真っ白な世界の中で、たった一つの光が見えた。その光は小さくて淡い、今にも消えてしまいそうなほどの弱々しい光が手を伸ばせば届くであろう距離に出現したのだ。


 それを見て、俺は何を思ったのだろう。感覚のない腕を必死に伸ばそうとして、その光を掴もうとしていたのだ。

 しかし、それは届くことはない。目の前にある光を掴めないもどかしさを感じていた。それでも必死に手を伸ばす。

 掴まなければいけない。この光だけはーー。


 ーーっ!!


 俺は渾身の力を振り絞って光を掴んだ。俺の掌に収まった淡い光は一瞬、消えたのかと思うと真っ白の世界が金色に輝いた。


 俺の意識がこの世界ごと、その光に包まれてーー。


* * * * * * * * * * * * * * * * *


 目が覚めると、見知らぬ天井が俺を迎えてくれた。俺の頬をなにやら指で軽く突く感触がくすぐったい。


「ふふ、可愛い」


 目の前には、クリーム色で背中にまで伸ばした艶やかな髪に、髪と同じ瞳の色を持つ女性だ。

 その女性は愛おしそうに俺を見つめ、優しく頭を撫でた。


「いい顔をしている。将来は俺のようなナイスガイになるぞ。早く一緒にいろんなことをやりたいぜ。すくすく育つんだぞー」


 一人の男性がその女性の隣に立った。短く整えられた黒髪は爽やかな印象を与えるが、それとは対照的に服の上からでも分かるほどに鍛え上げられた肉体はワイルドな感じを醸し出している。


「えぇ、あなたに似てかっこいいわ。ネギアス」


「今は君のようにかわいいよ。メイア」


 などと、俺が起きているのにも関わらず、ラブラブを展開している男女二人。おそらくこの二人は結婚していて、俺はその二人の間にできた子供というわけだろう。


 あのとき、小さな光を掴んだのがきっかけで俺は転生をしたということなのだろうか。魔王の玉座で起きた出来事を昨日のことのように、いや、この世界ではどれぐらいの年月が経ったかどうかは分からないが、俺からしたらさっき起きた出来事のように感じる。


 一体、どれだけの年月が経ったのか。今すぐにでも確かめたいところなのだがーー。


「ああ!危ない!」


 お母さんがこの世の終わりでもかというような声で言葉を発する。少し手を動かそうとしただけなのだが。


「メイア。さすがにそれは心配しすぎなんじゃないのか」


「だってー。もし動いて怪我でもして、骨とか折っちゃったり、それこそ死んじゃったりしたらどうするの!?」


 お父さんはお母さんの肩に手を置いて目をやると、涙目になりながら猛抗議。というより逆ギレして、お父さんはたまらず苦笑いを浮かべた。


 反応から察するに、この二人にとって俺が初めての子供らしい。どうすれば良いか分からず手探り状態ということなのだろう。


「ぁ、あぁーー」


「見て、アムルが喋っているわ。可愛い」


「俺たちが両親だって分かったんじゃないのか。アムル。お前は将来大物になるぞー!」

 

 アムル?俺の名前のことか?前世のときの名前と変わらないということがあるのだろうか。もしかしたら、これも何かの運命なのかもしれないな。俺は、一人で納得した。


「そうだわ!ねぇあなた。日記をつけましょう!この子の変化を目だけじゃなくて、記録として残しておきたいの!」


 お母さんは目をキラキラさせて、お父さんに訴えかける。お父さんは「それだ!」と言いたげに顔を輝かせて、


「じゃあ早速ノートを取ってこよう!」


「今日は……そうね……アムルが指を動かしたというのと、私たちに話しかけたということを書きましょう!」


 そう言って、お父さんはこの部屋を飛び出してノートを取りに出て行ってしまった。お母さんは俺の身体を持ち上げて、優しく抱き上げる。


「これからよろしくね。アムル。一生大事にするわ。私の、私たちの宝物」


 そう言って、俺のおでこに優しくキスをする。

 

「うぁ、あーー」


「本当に元気な子ね。一生懸命育ててみせるわ!」


 俺を抱き上げたまま、お母さんはくるくる、と回転をし始める。しばらく回り続けていると、


「うぅ〜。目が回る〜」


「おぉい!どうしたんだメイア!」


「ちょっと目が回って〜」


 フラフラしながらも、俺を離さまいと必死に抱き寄せている。俺はそんなに目は回っていないのだが、とても賑やかな家庭に生まれてきたようだ。だが、こういった家庭で暮らしてみるというのも悪くはないのかもしれない。


「メイア。ノートを持ってきたぞ!」


 お父さんは手に持っていたノートを差し出すとお母さんは笑顔でそれを受け取り、慣れたような手つきで文字を書き出した。


「できた」


 そう言ってお母さんはノートを両手で持ち上に上げる。そして、お父さんと目を合わせると互いに笑い合った。


 ーーアムル成長日記。

 俺が、この両親の間に生まれ、育ったことを示すノートの完成である。

19時あたりにもう1話投稿します!

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