どうして婚約破棄なんかしなきゃいけないのだろうか
敬語など、文体がおかしな部分や誤字脱字などあるかもしれません。報告していただけると嬉しいです。
追記:誤字脱字の訂正を行いました。指摘くださった方、本当にありがとうございます。
「殿下!明日の卒業記念パーティでビシッと言ってやるの、楽しみにしてますよ!」
「殿下。憎きあの令嬢の悔しがる顔を見るのが楽しみでたまりません。期待しておりますよ」
「殿下、明日は歴史が動く日です。王国史に希代の名君と記される日も遠くはありません」
「「「明日の婚約破棄を!楽しみにしております!」」」
嬉々として俺、ジーク・マガミレニア第一王子にそう言うのは、俺の側近たち。騎士団長の息子も、宮廷魔術師長の令息も、宰相家の跡取りも、気が触れてしまったのだろうか。そうに違いない。
思い返せば、歯車が狂いはじめたのは、マグラビ男爵がずっと放置していた妾の子を、養子として引き取り、俺の通う学園に通わせることにしたあの日。つまり、この3人が半ば妄信的にまで恋焦がれる、リアーナ・マグラビ男爵令嬢が編入してきた1年程前のあのときだろうか。
「はじめまして!ジーク様!私は編入してきたリアーナ!よろしくね!」
(不敬過ぎる…凡庸な第一王子の相手など適当でいいという事なのだろうか…)
屈託の無い笑顔で挨拶する彼女に、どう返していいか分からないまま唖然としている俺に、パックス宰相の一人息子、フィリップが言う。
「彼女はマグラビ男爵のご令嬢。今日編入してきて右も左もわからないそうです。殿下、言葉遣いが荒いのは市井に染まっているからと、大目に見てあげては」
「………」
特に秀でた点もない俺よりも、優秀なザレード・マガミレニア第二王子を次期国王へと目論む、いわゆる第二王子派と呼ばれるグループが、この国の貴族にはある。当然ながら第一王子派もいて、そのリーダー的存在は現国王の忠臣、ファガン・フォン・ミストラス公爵だ。
そして、俺はミストラス公爵の長女サレアと8つの時に婚約をした。国王公認の後ろ盾という訳だ。これは、俺を籠絡することで王家とミストラス公爵家の関係悪化を狙った、第二王子派の差し金だろうか。
(いや、聡明なザレードの事だ、そんな見え透いた策を容認するはずが無い。考えすぎだろう。たまたま目の前のこいつが美人で礼儀知らずなだけだ)
「殿下?聞いておられますか?」
「すまない、考え事をしていてね、リアーナ男爵令嬢か。よろしくな」
「ジーク様、リアーナでいいですよぉ」
「すまない、用事を…」
「あら殿下。その令嬢はどなたで?」
関わりたくないと思った俺が、我ながら苦しい言い訳を述べ、場を離れようとしたその時、今1番会いたくない人物が現れた。俺の婚約者、サレア・フォン・ミストラス公爵令嬢。腰ほどまである濡れ羽色の髪、吸い込まれそうになる透き通った眼、そしてきりりと引き締まった口許。容姿端麗とはこのことだろう。
「彼女はリアーナ・マグラビ男爵令嬢。今日編入してきたそうだ」
「まぁ殿下、このような女性がタイプですのね、ですが、学生のうちは愛人を作るのは禁止だと約束したではありませんか」
「ち、違うんだサレア、話を聞いてくれ」
「おい!殿下の婚約者とはいえ、失礼だろう!愛人などと…撤回して謝罪しろ!」
「ふぇぇ…リアーナ、怖いぃ…」
フィリップ…話をややこしくしないでくれ…もしや、こいつ男爵令嬢に惚れてるのか?いくらなんでも早すぎやしないか…?
「あら、私は当然の事を申し上げただけですのに…すみません、この後は王妃様からお茶会によばれていますの。殿下、失礼いたしますわ」
ぺこりと俺に頭を下げてサレアが去っていく。どうやら誤解は解けていないようだ。辛い。
「さすが"氷の公爵令嬢"…殿下!あんな失礼な女と婚約しているのはおかしいです!」
あんな女とはなんだ。俺の婚約者だぞ。失礼なのはリアーナ男爵令嬢の方だろうが。
「フィリップ、サレアは間違った事を言っていないぞ。リアーナ男爵令嬢、出来れば殿下と呼んでいただきたい。すまない。用事を思い出した。失礼する」
これ以上関わりたくないので早急にその場を後にする。サレアの誤解はどう解いたものだろうか…彼女に誤解され続けられるのは、困る。俺は次期国王になりたい訳ではない。サレアの夫になりたいのだ。
俺は情けない事に、サレアに片想いの恋をしている。初めて会った時からだ。俺はすぐさま彼女の虜になった。
学園に入学する前、月に1度会う唯一の機会のお茶会では彼女の気を引こうと高そうな贈り物を毎回したし、学園に入ってからは、会う度に友達やメイドから聞いた面白い話をした。しかし、彼女は嬉しそうな素振りも、微笑みすら見せてくれなかった。
誰にも笑みを見せない、そして人に厳しい"氷の公爵令嬢"と噂される彼女だから、俺を嫌っている訳では無い。いつか、いつかは俺に微笑んでくれる。そう思っていた俺の甘い考えは、昼休みの校舎裏、ベンチに座って笑いながらサンドイッチを食べているサレアとザレードの姿を見て粉々に打ち砕かれた。
俺に見せない笑顔をザレードには見せる。昼食に誘っても「忙しいので…」と断るのにザレードと楽しそうに食べている。彼女も凡庸な第一王子より優秀な第二王子のことが好きなのだろう。それに、あいつの優しげな微笑みと時たま見せる物憂げな表情は女子から評判らしい。
だからこれは、片想いだ。
が、このままいけば彼女と結婚できる。彼女と結婚できるのならば、と辛い帝王学の勉強にも耐えられたのだ。
ただ、好きでもない男と結婚させられる彼女のことを微塵も考えていない、自分勝手な男だと言うことを再認識してこんなのじゃあ"凡庸"だの"優秀な第二王子と違って"等と噂されるのも仕方ないと、そう思った。
それからサレアの誤解を解こうとしたが、彼女に会うたびに、リアーナ男爵令嬢が現れることが相次いだ。サレアに虐められたと泣きわめいたり、俺の側近が現れてリアーナ男爵令嬢を擁護したりして話を逸らしてくる。
何より怖かったのが、俺がリアーナ男爵令嬢を拒絶し、もう関わらないでくれと言う度に、側近たちが、「殿下は照れてるんですよ」だの「殿下は素直じゃないんですから」と否定し、リアーナ男爵令嬢も気にするふうもなく接してくるのだ。
そんな事が何回、何十回と繰り返されると、もはや呪いじみたものを感じる。おかげで卒業式の前日まで、サレアの誤解を解くことが出来なかった。ここで話は冒頭に戻る。
側近らの言葉を半ば無視して寮の自室に戻った俺は、明日どうすべきか考えながら眠りについた。
翌日、つつがなく卒業式は終了し、卒業記念パーティへと移る。
両親。つまり国王陛下と王妃殿下も出席される学園伝統のものだ。
学園の大講堂を開放して行われるパーティでは、友人との会話に花を咲かせる者、最後の別れを惜しむ者や、王家お抱えの料理人が腕を振るった軽食に舌鼓を打つ者もいた。
本来なら俺はサレアをエスコートしなければならないのだが、フィリップ辺りが手を回したのだろう。サレアは友人と一緒に居るらしい。
パーティも既に中盤。気づけばリアーナ男爵令嬢と俺の側近3人が側に立っていて、マリジード騎士団長の息子、ラルフが声を張り上げる。
「注目!!これよりジーク・マガミレニア第一王子より重大発表がある!心して聞くように!」
こいつらはこのタイミングで俺に婚約破棄をさせたいのだろう。
静寂に包まれる会場。何か言わなければならないのは火を見るより明らかだ。
俺は覚悟を決めて、昨日考えた筋書きを口にすることにした。
「皆、パーティの場を邪魔してすまない。だが、どうしてもこの場を借りて言わなければいけないことがあるのだ。陛下。よろしいでしょうか」
「うむ。発言を許可するが、くだらない内容ならば罰を下す事を忘れるな」
「ありがとうございます。陛下。承知しております」
一呼吸置いて、声を出す。
「告発しなければならない罪があるのだ!」
先程とは違った静寂が会場を包み、側近たちとリアーナ男爵令嬢が少し笑いを堪えながら俺を見ている。
「それは!リアーナ・マグラビ、フィリップ・フォン・パックス、ラルフ・マリジード、バーナード・バリザラスの4名が、国家転覆を目論んでいる事だ!」
会場はざわつき、名指しされた4人は理解出来ないといった困惑顔だ。
「俺の婚約者、サレア・フォン・ミストラス公爵令嬢を誹謗・中傷し、あまつさえ濡れ衣まで着せた。そして、俺に、今ここで婚約破棄をすることを要求し、リアーナ・マグラビを俺の婚約者にしようとした!
これは、リアーナ・マグラビを通して第一王子の俺を操り、国を乗っ取ろうとする重罪である!」
ここでリアーナ・マグラビ男爵令嬢が喚き始めた。
「なんで?こんなはずじゃない!原作ならこれでトゥルーエンドなのに!」
「図星のようだな!衛兵!その4人を摘み出して地下牢に入れておけ!」
リアーナ・マグラビは駆けつけた衛兵に連れていかれながらも意味のわからない事を叫び、喚いていたが、側近たち3人は青ざめた顔で黙ったまま去っていった。
最後にこの場を収拾を付けなくてはならない。
「大事になる前に対処せず、この場で告発することになったのは俺の不徳のなすところだ!皆、すまなかった!どうか許してほしい。
陛下、以上でございます。申し訳ございません」
何とかそれっぽい事を言えはしたが、もっと早く告発しなかった理由は作り出せなかった。これでは"凡庸"のまんまだ。国外追放はされないと思うが廃嫡ぐらいは覚悟すべきだろう。さよなら、サレアとの結婚生活……
「ジークよ、事態は凡そ理解した。しかし、事を放置し、ここまでの大事にした罪は大きい。沙汰は追って下す」
「はっ」
「皆の衆よ、愚息が迷惑をかけたな。どうかもう少しだけこの事を忘れてパーティを楽しんではくれまいか」
国王陛下がそう言うと、パーティに喧騒が戻ってきた。カリスマというやつだろうか。さすがだ。
「殿下、すみません。今は少し混乱しておりまして、また後でお話を聞かせていただけませんか?」
サレアが少し申し訳なさそうに話しかけてくる。俺に断る資格などない。
「サレア、すまなかった。もちろんだ。全て話そう」
「では、友人を待たせていますので。失礼します」
「あぁ」
サレアが去っていく。
大声を出したら小腹が空いた。俺もなにかつまみに行くとしよう。
翌日、王城に呼び出された俺が部屋に入ると、国王陛下と何故かサレアが待っていた。
「ジークよ。よく来たな。沙汰を下す」
「お前は廃嫡ののち臣籍降下だ。ミストラス公爵家を継げ。これはファガン・フォン・ミストラス公爵も了承済みだ」
「…は?…っ、いえ、申し訳ございません。どうしてでしょうか。私にそのような資格があるとは…」
「資格も何も、彼女の希望なのだ。お前にもう一度チャンスをあげたい、だそうだ」
「さて、儂は公務がまだある故、失礼するぞ」
そう告げると、国王陛下は部屋を出ていった。
俺とサレアの2人きりだ。
「サレア、どういうことだ…チャンス…とは?ザレードの事が好きだったんじゃないのか?王妃教育を終えている君なら、婚約者不在のザレードの婚約者に名乗り出ることが出来るだろうに」
そう問いかけると、彼女は驚いた顔をして、言った。
「殿下が何を勘違いされておられるかは知りませんが、私は殿下一筋ですわよ」
「は…?」
「初めてお会いした時からお慕いしております。つまずいて転びかけた私を優しく助けてくださった時から、ずっとですわ」
「で…でも、校舎裏でザレードと楽しそうに昼食を食べていたではないか」
「第二王子殿下の事ですか?第二王子殿下は練習台になってくれたのですよ。殿下と会うとどうにも緊張してしまって上手く笑えないのです、と相談したのです」
「全部、俺の勘違いだったという訳か…」
「ふふ、そうみたいですわね」
「サレア、俺も、初めて会った時から君のことを愛しているよ」
サレアが頬を赤らめる。俺もきっと真っ赤な顔をしているだろう。
恥ずかしくて顔から火が出そうだが、言っておくべきだと思った。
「好きだ。結婚してくれ」
一瞬の沈黙の後、ザレードに見せていたものとは比べものにならない笑顔を見せて、彼女はこう言った。
「ええ、喜んで」
王国歴1486年から1487年にかけて、リアーナ・マグラビ男爵令嬢が首謀した「国家転覆騒動」は、首謀者の処刑、共謀者3人は廃嫡ののち国外追放、対処が遅れたジーク第一王子を廃嫡、ミストラス公爵家に婿入りさせ、ザレード第二王子を立太子させる事で終結した。
リアーナ・マグラビ男爵令嬢は常時発動型の魅了魔法をかけていたとされ、共謀者3人はそのせいで半ば精神支配のような形で彼女に協力したとされるが、事の中心のジーク第一王子が魅了されていないことから、後世の歴史家からは疑問視されている。
18代目ミストラス公爵家当主、ジーク・フォン・ミストラスの治世に特筆するべき項目は無いが、妻のサレアとの間に3男4女をもうけるなどおしどり夫婦で知られ、68歳で亡くなるまで彼女を愛し続けたとされる。
閲覧いただきありがとうございました。