その8
3 メアリー・クレメンス
「おはようございます、メアリー様」
私が元男だと発覚してから二日目。いつものようにツイン学園の校門前でロボット馬車から降りたら、いつものように、先に着ていたエリザベスが声をかけてきました。今日は赤いドレスです。――確か、昨日は黄色、一昨日は青のドレスだったはずです。もちろん、私の着ているドレスも、昨日と同じものではありません。
なんとなく、ほっとしました。
「おはよう、エリザベス」
私もエリザベスに、いつものように笑顔を返しました。エリザベスの家は子爵。ツイン学園に通う前からの友達です。栗色の髪に、やや大きめの、緑色の瞳。私のような青い瞳とは違い、緑色の瞳は珍しいので、ツイン学園でもよく注目されていました。ほんの少しですが、この点は私も嫉妬しています。小さい頃からの友人に、こんな思いを持つのはいけないことなのでしょうけれど。
「メアリー様、聞きましたか? 今日は転校生がくるそうですよ」
いつものように明るい調子でエリザベスが話しかけてきます。幼いころからの友達なのですから、私のことはメアリーと呼び捨てにしていいと言っているのに、エリザベスはそれをしません。
「私たちのクラスではないようなのですが――」
ここまで言いかけ、エリザベスが少し眉をひそめました。
「メアリー様、ひょっとして、まだ何かお悩みごとがあるのですか?」
「え? ああ、いけない。顔にでていましたか?」
「ええ、なんとなく」
私の問いにエリザベスが神妙な面持ちでうなずきました。
「昨日もでしたけど、何か、困っているというか、ひとりで何か抱えこんでいるような、そんな感じに見えます。気のせいかと思って昨日は黙っていたのですけれど。二日つづけてとなると、私も気になりますので」
言ってから、エリザベスがちょっと周囲を見まわし、私に近づいてきました。
「ひょっとして、あの魔族のエイブラハム様と、何かあったのですか?」
小声でおかしなことを聞いてきました。
「ああ、それはありません。大丈夫です」
「そうなのですか?」
私を見て、エリザベスが小首をかしげました。
「メアリー様が気にかけることとなると、私には、ほかに思いつきませんが」
「私にも、いろいろあるのです。それに、むやみに誰かを疑うことはよろしくないことですよ?」
私が静かにエリザベスを見つめると、エリザベスも、少し反省したような表情になりました。
「申し訳ありません。でも、どうしても私は、あの方を信用できなくて。これは偏見なのかもしれませんけれど」
「それは仕方がないことかもしれません。誰にでも、大なり小なり、そういうところはあるでしょう。それを抑えて、自分自身を律することに価値があるのです」
私が日本人だったときも、小学校の道徳の時間に、差別はダメだとさんざん言われました。あのころはうるさいと思っていましたが、いまの私にはよくわかります。
「確かに肌の色は違いますが、エイブラハム様は紳士です。私を困らせるようなことなど、過去に一度もありませんでしたし」
エイブラハム様とはじめて会ったのは、私がツイン学園の中等部に上がったときでしょうか。過去のことを思いだしながら、私はツイン学園の校舎まで歩きだしました。その横をエリザベスが並びます。
「メアリー様は、本当にエイブラハム様のことがお気に入りなのですね」
「お気に入りというか、エイブラハム様が積極的に、私に話しかけてくださるだけです」
ツイン学園の中等部に上がった私は、周囲から、この学園には魔族も通っている話を聞かされました。そして、その姿をお見かけして。最初は少し恐ろしいとも思いましたが、すでに休戦協定は結ばれています。それで私は声をかけたのでした。
『はじめまして。あなたが魔将軍のエイブラハム・フレイザー様なのですね』
――それ以降、エイブラハム様は、よく私に声をかけてきてくださるのです。まるで愛の告白をするかのような言葉も聞かされました。
「でも、どうしてエイブラハム様は私に声をかけてくるのでしょう?」
小さくつぶやいた私に、横を歩いていたエリザベス様が笑顔をむけてきました。
「それは、メアリー様が、とても魅力的だからだと思いますが?」
「そんなことはないでしょう」
私は眼前の校舎を見上げました。ここには私以外にも、家柄もよく、淑女としての礼儀作法もわきまえた方々が何人も通っています。私だけが魅力的ということはありえません。
「魅力ではないと言うのでしたら、それ以外で、特別に惹かれる何かがメアリー様にはあるのかもしれませんね」
「またそんな冗談を。とりあえず講堂へ行きましょう。登校した以上は、きちんと授業を受けなければなりません」
エイブラハム様とは、昼食のときに、いつもの中庭でお話をすればいいのです。考えを切り替えようとして、私はさっき、エリザベスが言いかけていたことを思いだしました。
「さっき、転校生と言っておりましたわね」
「あ、はい」
エリザベスが私を見ながらうなずきました。
「私たちのクラスではないそうですが、とにかく転校生がくるそうです。珍しいですね」




