その2
「いままで訊いたことはなかったがな。エイブラハム、君はエイプリルをどう思っている?」
いきなり妙な質問をしてくる。どう返事をしたらいいのか、俺は首をひねった。
「宰相様のご息女というお立場で、当然ながら、素晴らしい家柄のご令嬢。そして、私にとっては、小さい頃から付き合いのある女性です。よく言って友達、悪く言って知り合いといったところですか」
とりあえず、俺は当たり障りのないことを言っておいた。特に嘘をついているわけでもない。正直に話したつもりだったんだが、オーガスト様は期待はずれな顔をされた。
「異性として見る気はなかったのかね?」
俺は少し驚いた。さっきのは、そういう意味での質問だったか。
「残念ながら、物心着いたころからの仲ですからね。家族ぐるみの付き合いをしていれば、どうしても家族として見るようになります。それに宰相様のご息女に何かすれば、私の立場も危うくなる。私とて、戦場で果てるならともかく、そんな理由で死ぬことさえもいとわぬほどの命知らずではありません」
「ほう」
「第一、エイプリル殿も、私に恋愛感情は持っていないと思います。それに、 さきほども申し上げましたが、私の心は、ほかの女性に魅了されておりますので」
「なるほどな」
どういうわけだか、苦い表情をするオーガスト様だった。自分の娘に悪い虫がついていないというのは、本当なら喜ぶべきことだと思うのだが。
「なかなか思い通りにはいかぬものだ。それともうひとつ。実はこの話をエイプリルから聞いて、それで慌てて駆けつけたのだが。明日、かつて魔王様を倒した勇者たちの子孫と決闘をするという話は本当かな?」
あ、それが今回、訪問された理由か。これで俺も納得が行った。
「もちろんです」
俺は胸を張った。
「アーサー・レッドフィールドという名前でしたか。あの男は私だけではなく、魔族全体を軽視するような、不遜な物言いをしてきました。赦せません。魔王様なきいまでも、我らの力がどれほどのものか人間たちに教え込む、いい機会になりましょう。相手は実戦も知らぬ分際でありながら、先祖の偉業を笠に着てのうのうと生きている勇者の子孫です。大したことはないでしょうし」
「実戦を知らぬのは君も同じではないか?」
オーガスト様が冷ややかな視線で俺を見ながら言ってきた。いままでとは口調も違う。これには一瞬だけ、俺も口をつぐむしかなかった。
「なるほど、確かにそうでしたな。しかし、私は魔将軍の血筋です。生まれつきの力でしたらこちらが上。どちらが勝つかは自明の理だと思いますが」
「相手が普通の人間ならばな」
オーガスト様が言い、難しい顔をしながら自分の顎をなでた。そのまま、なんだか値踏みをするような目で俺を眺める。
「はっきり言うが、普通の人間など、我らにとっては蟻も同じだ。踏めば死ぬ。しかし、君が相手にするのは勇者の子孫だからな。普通の人間よりもはるかに力を持っているし、我らの知らぬ技も身につけているだろう」
俺は内心、妙な違和感を持った。オーガスト様の言葉は、ずいぶんと弱気に聞こえる。いままで、こんなことはなかったのだが。
「それに、はっきり言うが、君はまだ大人になりきれてない。身体が未完成なのだよ。魔将軍にふさわしい力を身につけるには、まだまだ時間がかかる」
「それは私も否定しません。魔将軍を名乗るには、まだ私は成長途中です」
俺の返事に、大仰な調子でオーガスト様がうなずいた。
「そこで提案なのだがな。その決闘というのを、百年ほど引き伸ばしてもらえないだろうか。その間、熱心に修行すれば、君の身体も魔将軍を名乗るのにふさわしい力を発揮できるようになるはずだ」
「それは、その通りですが」
俺は苦笑した。
「ただ、オーガスト様は大事なことを失念されておりませんか? それだけの時間が経過すれば、普通の人間は老いて死にます。あのアーサー・レッドフィールドも例外ではないでしょう。そもそもが決闘になりません」
「それが狙いなのだよ」
オーガスト様の返事は予想外のものだった。




