その1
1 エイブラハム・フレイザー
昨日、門をくぐり、ツイン学園から魔界へ戻った俺は、一気に自分の屋敷まで飛んだ。屋敷の前では、いつものように使い魔のグレゴリウスが待っている。
「お帰りなさいませ、エイブラハム様」
「おう」
グレゴリウスに返事をしながら俺は屋敷の前に降り立った。背中に帯びた魔力の制御に集中する。――終了。背中の翼は光の粒子となって霧散した。グレゴリウスにカバンを渡し、屋敷の廊下を歩く。
「質問をよろしいでしょうか」
俺の背後を歩くグレゴリウスが訊いてきた。普段は黙っているんだが、珍しいな。
「言ってみろ」
「本日のツイン学園はいかがだったでしょうか?」
「うむ、今日もメアリー様は美しかった。楽しく会話もできたし」
「それはようございました。それで、明日の、メアリー様の誕生日プレゼントは?」
「ああ、残念だが、やはりいらんそうだ。顔だけではなく、心まで美しいのは素晴らしいことだが、あまり無欲だと、どうしたら喜んでくださるのかわからんからこちらも行動に困る」
人間世界の金持ちは教会に喜んでお布施をするそうだが、俺にとっては、メアリー様へのプレゼントこそがそのお布施だった。あの桜色の唇が喜びの笑みに変わる様を見られるのであれば、俺は全財産を投げ打ってもいい。
だが、現実は厳しく、俺の想いは今日もメアリー様に届かなかった。メアリー様の気高い心は遥か天空で燦然と輝くのに対し、俺の粗野な言葉は地上でしか響かない。
「エイブラハム様、その点なのですが、進言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ほう」
俺はちらっと後ろをむいた。カバンを持ったグレゴリウスが、俺に視線を合わせないように、斜め下を見ている。何を考えているかは、表情からは読みとれなかった。
「おもしろい。進言とやらを聞こうではないか」
「メアリー様の誕生日プレゼントなのですが、メアリー様ご自身が必要ないとおっしゃるのでしたら、それは仕方がありません。ですが、それとはべつに、スモールプレゼントなどはいかがでしょう。人間世界には、そういう風習があると聞いておりますので」
「――ほほう。なるほどな」
俺は感心した。これは考えつかなかったな。そうか。誕生日にこだわる必要はなかったのか。しかし、何がいいか。
「おい、グレゴリウス」
俺は声をかけた。
「ちょうどいいから、もう少し進言してみろ。メアリー様には何がいいと思う? 香水か? それとも指輪やネックレスの類か?」
「あまり高価なものはスモールプレゼントになりません。エイブラハム様もメアリー様もツイン学園に通っていらっしゃるのですから、文房具などの小物がよろしいかと」
「ふむ」
俺は歩きながら、少し考えた。
「では、明日、ツイン学園へ行く前に、市場で何かかわいらしいものを買うとするか」
淑女へのプレゼントとなると、花のデザインのものがいいだろう。考えながら俺はグレゴリウスに右手の人差し指をむけた。
「いいことを言ってくれたな。これは褒美だ」
魔力放出。一瞬ののち、俺の魔力を受けたグレゴリウスの身体が一回り大きくなった。これで百年は放っておいても黙って働くはずである。
「ありがとうございます」
「よいよい。これからも俺の使い魔として、より一層励むように」
そのまま俺は洗面所へ行った。手と顔を洗ってうがいをする。バジリスクとコカトリスの毒を混ぜてバケツ一杯飲んでも平気な俺たちには意味のない行為なんだが、人間世界ではこうするのがマナーだとメアリー様に教わった。だったら俺も合わせなければならん。
つづけて俺は自室へ行った。部屋に入ると、あとから入ったグレゴリウスが机の上にカバンを起き、一例してでていった。
「さてと」
夕飯まで、勉学に勤しむとするか。俺は私服に着替えてからカバンをあけ、本日の課題をとりだした。
半分ほど片付けたあたりで、部屋のドアがノックされた。
「エイブラハム様、本日のご夕食の用意ができてございます」
「メニューはなんだ?」
「レアに焼いたサーロインと温野菜のサンドイッチに、チキンコンソメスープでございます」
「わかった。ではそこに置いておけ」
「かしこまりました」




