図書館にて
夏は外には出れないです。
8話です。
「あち~」
「本当よーっ」
夏休みも二週間経ち、アスファルトの照り返しも相まってますます外が暑くなる。
「very hotとはこのことね」
「全くだ」
とはいえ彼女は白のワンピースに麦わら帽子を被り、金髪なりにも似合って可愛らしくいかにも涼しそうだ。汗もそんなにかいている風には見えない。
そしてなぜクリスと一緒にいるかと言うと市立の図書館で勉強することになった。
彼女曰く、
『うちのエアコン壊れたの』
だそうだ。壊れてしまっては仕方がない。彼女の避難先が僕の家である以上、外に連れていく他ない。
「図書館は良いわね~。沢山の本があって」
「あんまり騒ぐなよ。静かにする場所なんだから」
「I see.分かっているわっ」
クリスは鼻唄を歌いながら、図書館内をうろうろしにいった。
(分かっているのか、本当に?)
僕は宿題をしている間、本を選んで来たのかここに戻って来た。僕はこそこそと彼女に話しかける。
「おい、クリス」
「何よ?」
「宿題しなくて良いのか?」
「それより優司。これ見てよこれ!」
「何だ……えぇ……」
それは、かなり有名な歴史作家の歴史小説の名著だった。なんか渋いな……。
「私、日本の歴史に興味あるからいいもの見つけちゃった」
歴史小説を持って図書館内できゃっきゃうふふしている奴なんかほっといて、僕は勉強に勤しんだ。
しばらく静かだったがクリスがトントンと叩く。
「何だよ?」
「ちょっとここ読んでみて?」
『長右衛門は18にして妻を娶った。名を糸と言い2つ下の16だ。器量は程良く、細やかに家での役割をこなす愛嬌のある娘だ。』
「読めないところが沢山あるの」
「……読むの止めたら?」
「嫌よ。興味あるもの」
「雰囲気で理解して、とりあえず先を読めば」
「そうね。そうするわ」
そして静かになったと思いきや、また叩いてくる。
「あんだよ?」
「ここ、何か難しいけど、凄い内容な気がするわっ!」
『初夜のことだ。婚姻を終えたその夜、長右衛門は彼女と夜を初めて共にする。真面目で堅物だった長右衛門にとってこの夜の営みは初めてだった。初めての経験だ。そして彼は月明かりから見えるまだ青い彼女の柔肌の太ももにとてつもない欲情を感じる。今まで感じだことのない気持ちに戸惑いながらも、内なる欲を表に出し、糸の上に乗った。そこから先はあまり記憶に残ってないが、ほとばしる汗を気にせずに、彼女と契りを交わした。それはまるで荒れ狂う野生の交尾そのものだった。(略)』
「……」
「ね? なんか凄くない?」
(クリスさん……。これは文学的に小難しく書いているようで、ただのエロ描写です)
彼女は目をキラキラさせて好奇心旺盛になっていた。こういう内容は東西問わず、よく分からなくてもやはり何かを感じるのかな? さて問題はどうするか。諦めさせるか……。いや、この表情から察するに無理だな。
僕は単刀直入に言った。
「クリス……」
「何?」
「耳を近づけて」
「?」
「これはエロ描写です」
「ふぇ?」
彼女は顔を赤らめてしばし呆然としていたが、顔を振って怪訝そうな顔でこっちにヒソヒソと問いかけた。
「嘘でしょ? これ普通の本よ。図書館にそう言うのは置いてないでしょ?」
(そういう内容は文学だと比較的普通なんだが)
「普通の本だと比較的当たり前だ」
「じゃあ、どういう内容か説明してよっ」
(仕方ない……)
「良いか? “初夜”は二人の初めての夜のことだ」
「……」
「“婚姻”とは結婚のことで、“堅物”はまぁ、ここでは曲がることをしない真面目なイメージだ」
「……」
「大体“夜の営み”と書いているから、そのままだぞ」
「どういう意味?」
「だから、セッ……」
「セ?」
「セッ○ス」
「se……se○!?」
彼女は英語の綺麗な発音で少し大きく言った。
「se○って、いわゆる“he has se○”のse○!? だって普通の小説よ? そんな大人な話が出てくるの?」
「馬鹿! 声が大きい」
「So、……sorry」
「……」
「ほ、他にはどれがそうなのよ?」
(まだ続くのか……)
「良いか? ここでは“欲情”はエッチな欲を意味する」
「……」
「“ほとばしる”はまぁ、勢いよく飛び散る感じで、“荒れ狂う”は英語だと、えー、risingという意味で“野生”はwildだな」
「……じゃあ、“交尾”は?」
「これは……生き物のセッ○ス」
「Oh,noー」
彼女は真っ赤な顔をして大きな声で言う。
「めちゃくちゃembarrassedよーっ。凄い難しい日本語書いているから、どんな内容かとワクワクしたのにっ。ただのエ……そんな内容だったなんて~~、とっても恥ずかしいわ~~」
「おいおい、あんまり大きい声を出すなっ。そんなことすると……」
「お静かにっ」
「はい、済みません」
(ほら、注意された)
「もう帰りましょう。もう身体が熱くなってきたわ」
(宿題は?)
そして僕達は外に出たが、案の定暑い。
「暑いわねー」
「そりゃあな……」
(中はクーラー効いて涼しかったのに……)
「優司さー、歴史小説は全部あんななの?」
「いや、全部ではないだろ?」
(まぁ、一応大人向きだからな)
「それなら良いんだけどねーっ」
「……なぁ」
「何?」
「ああいう内容は嫌いか?」
「え?」
ん? 今変なこと訊いたか?
「いや、話として……」
「嫌じゃないけど、男子に訊いた内容がかなりeroticの内容なのはやっぱり恥ずかしい……」
「……」
「まぁ、けど……」
「ん?」
「まだ優司だから良かったのかも」
「あ? そりゃあ、どういう意味だ?」
彼女はボソッと言う。
「insensitive」
「あ、何だって?」
「な~んでもない。暑いから帰ろう」
「あっ、おい。教えろよーーー」
「ひ~~みつっ」
“sex”は普通に“性的なこと”の意味はあるみたいですが、“have sex”にすると“性行為をする”となるようです。
“insensitive”は“鈍感”という意味です。クリス的に言うと“鈍ちん”でしょうか?
まぁけど、男は女の気持ちなんてなかなか分からないもんですけど……




