ヤキモチ
一話完結予定です
2話です
僕の朝は早い。朝から日本語の単語の復習をする。できる限り辞書を引かずに単語をクリスに教える為だ。
(まぁ、引き受けたからには全うしよう)
そして朝ごはんを食べ玄関を出ると、クリスが立っている。相変わらず綺麗な金髪が風で光ながらなびく。夏服だからふくよかな胸を強調し、ミニスカートから伸びる太ももは艶やかな色白の肌できめが細かい。
「優司、遅いっ!」
「悪い、悪いっ」
そして僕達は一緒に登校する。
「ふあぁ……」
彼女は眠たそうに欠伸をする。
「まだ早く起きられないか?」
「やっぱり今は一人暮らしだから、自由がきいちゃう。Englandの家の時はmamaがいたから起こして貰ってた」
「まぁ、けど僕よりも早く登校しているんだから凄いじゃないか」
「それは……まぁ、幼馴染みのよしみというやつねっ!」
「そんなものか?」
「今、私なかなか難しい言葉使わなかった!?」
「ん……まぁな」
彼女はよしっと小さくガッツポーズをする。
「でさ優司、“love”についてどう思う?」
「え?」
急にそんなこと言われるとドキッとする。一体どうした?
「私さーっ、恋愛小説読んで思うのよね~。恋とは何か、愛とは何なのか」
「へ~~」
「甘い恋の話を読んでいると、こう心が幸せな気分になるのよねー」
「ふーん」
「何? あまり興味なさそうね」
「だって、そういうの女子が好きなことだろ? 僕はあまりよく分からない」
「好きな子とかいないの?」
「うーん、あまり恋した記憶はないな~」
彼女はため息をつく。
「駄目ね。これだから日本の男子は、いわゆる草食系男子ってやつねっ」
「よく知ってるな」
「gentlemanは大事だけど、草食系男子は違うわよっ」
「はぁ……」
「まぁ、私が色々優司に言葉のtrainingをしてあげるわ」
「ん? 言葉を教えてるのは僕だろー?」
彼女はふふっと笑ったままでこれ以上答えなかった。
学校に着くとそれぞれのグループに分かれる。流石にクリスとずっと一緒にいる訳ではない。日常会話程度は差し障りないので、友達は普通にいる。
「小山ーっ」
小山とは僕の苗字だ。
「一色」
「相変わらず藤澤さんと仲が宜しいことで」
「まぁ、昔からの繋がりで頼れるのが僕くらいしかいないからな」
「彼女の金髪は本当に綺麗だよなー」
「まぁ、日本人にはない輝きだよな」
「彼女に憧れる女子はうちの校内で結構いるぞ」
「そうなのか?」
「何だ、そういう系は本当にお前は疎いよな」
「うん、まぁ」
「じゃあ何か? よく告白されているのも知らないか?」
「え? いつ!?」
「そりゃあ昼休みだろ?」
「……そうなのか」
確かに彼女が昼休みにクラスからよく出て行くのは知っているが、まさかそういう事情があったのか。
「ありゃ、小山君、どうしました? 少しむくれてますよ?」
「まさかっ」
「ふーん、さいですか」
一色は何やらニヤニヤしている。ええい、何なんだ!? 鬱陶しい!
「私は黒の髪が綺麗に感じるわ」
放課後。クラスで日本語を教えている時の雑談でクリスが言う。
「え? そうなのか?」
「えぇ、黒は日本人らしくて羨ましい」
「金髪も十分良いと思うが」
「ハーフってどっちでもないでしょ? 日本人でもあり、英国人でもある。けど私、心は日本人のつもりだから、やっぱり黒髪に憧れちゃう」
「そうなのか……」
やっぱりそれぞれに色々悩みはあるんだな。
「まぁ、でも金色も十分綺麗だと思うよ」
「え? 私の髪が?」
「うん」
「そ……」
彼女は下に俯き加減になった。そして上体を起こして、
「さ、次の言葉教えてっ」
「はいはい」
「ここねっ」
「これは『無意識』だな」
「意識の反対?」
「そうそう。意識せずに、な感じだ」
「じゃあこれは?」
「これは……ふつうに『目で追う』で良いぞ」
「どういう意味?」
彼女の後ろ姿を無意識に目で追うようになっていた。……という文だ。えーと、つまり……、
「彼女の後ろ姿を意識せずに彼女をずっと見ていたという意味だ」
「あー、なるほどっ。で、目で追うってどんな動きになるの?」
「だから例えばあの子を見てこういう動き」
僕はある特定の女子を眺めて彼女の動きを目で追った。
「分かったか? ……何怒ってんだ?」
「……別に?」
「?」
「優司はさーっ、誰かを目で追ったことはあるの?」
「いや、どうだろうか。あるかな?」
「ふーん、そ。…… You don't look at me but you look at her. Shit!」
「?」
早口で何を言っているか分からなかったが、機嫌の悪さだけは伝わった。
「じゃあ、私の言葉を繰り返してね」
「え? なんで?」
「良いから! You mean so much to me」
「You mean so ……え、何て?」
「You mean so much to me!」
「……You mean so much to me」
「You mean so much to me」
「You mean so much to me」
そして彼女の気が収まり、とりあえず本日の勉強はお終いにして下校していると、
「この文読んで?」
彼女は小説を取りだして僕に渡す。
「やだよ」
「これも日本語の勉強だからnativeのintonationを知りたいのっ」
「日本語は英語ほど発音は複雑じゃないぞ?」
「良いから、早く! 言わないと家に帰さないからっ」
「けどここまだ道だぞ?」
「早くっ!」
「~~~っ。はぁ、分かったよ」
そして渡された小説の文章を読む。
「もうおまえをてばなさない。おまえはおれのものだ」
「むう。もうちょっと気持ちを込めてよっ!」
「……『もうお前を手放さない。お前は俺の物だ!』」
何だこれ? 新手の羞恥プレイか? 帰り道でこれは恥ずかしい。彼女を見ると、満面の笑みだった。
「宜しい……いや、なるほど。そういう発音なんだ。分かったわ、こほん。ありがとう」
そして僕は彼女の住むアパートの前まで嬉しそうな彼女を見送って家に帰った。
“You mean so much to me.”とは、“あなたは私のかけがえのない存在です。”という意味だそうです。