月が綺麗
お久しぶりです。
11話です。
夏休みも終わりに近づき、“あれ”がどうしようもなく溜まって、どうしても大詰めになる。
「つらいわ……」
クリスはボソッと呟く。
「もうこんなに溜めてどうするんだーっ?」
「だって~、一人じゃ難しいんだもん」
「仕方ないなーっ。ほら、開けて」
「ん」
「……これはすごい。綺麗なまっ白だ……」
「そ、そんなこと言わないでよ……恥ずかしいから……」
「……」
褒めてない……。まったく綺麗な真っ白だっ、“問題集”が!
「早くしないと夏休み終わっちまうぞっ」
「そう、大きな声で言わないでよ、もう!」
「……」
僕はため息をはきながら、クリスに宿題に出ている文章や内容を色々教える。
「ここの漢字はまず辞書で調べて書いてみて?」
「……これかしら?」
「違う。この字だな」
「どうして?」
「“健”だと保健体育の“保健”になるから、ここでは生命にまつわることだから、“保険”だからこっち(険)だな」
「えー、どうして保健じゃないの?」
「えーと、それはだな。ちょっと待てよ……。そうそうここでは災害とかにかかるお金だから“保険”なんだ。保健室とか保健所とかそういう病院の部屋みたいな場所に対しては“保健”だな」
「保険も病院じゃないの?」
「病院は病院でもどちらかというと、物や金に対してのイメージだな」
「oh~、difficult……」
彼女はだらっと項垂れる。
まぁ、仕方ないよなーっ。まだ彼女の漢字レベルは中学だからな。
「……ほしい」
「え?」
「優しさがほしい」
「いや、そんな時間は……」
「やだ、疲れたーーっ」
したばたし始めた。子供か!?
「甘えるなってっ」
「やだ! 疲れたんだもーんっ!!」
わーっと駄々をこねるように言う。
「……はぁ、分かったよ。一体どうしたら良い?」
彼女はぱあっと明るくなり、そしてニヤニヤし始めた。
「ふふふっ、実はね観たい映画があるのっ!」
「えーっ、映画だって!?」
「そう、二時間で済むからっ」
「長いわっ!」
「お願い、ちょっとだけっ」
彼女は瞳をうるうるしながら、猫なで声で僕のところに近づいてくる。
「……分かった、ちょっとだけだぞ……」
やたっと小声で言いながらはしゃぐ。そしていつの間にか借りているDVDを鞄から取り出しパソコンに挿入した。
「ほら、始まるからこっちに来て」
「え? 僕も観るのか?」
「当たり前じゃない。一人で観てもno happyなだけよ」
「……」
僕は彼女のパソコンという小さな画面を渋々見るために、彼女に近づく。
「ほら、もうちょっとくっつかないと見えにくいでしょ?」
「おい、そんなに近づなくても見えるわ」
「いや駄目よ! 画面に見えやすい場所にいないと見えにくいわよっ! ほら早くっ、startしてしまうわっ!」
「……ったく」
僕はもう少し近づき、肩と肩同士が触れ合った。ついドキッとする。
そして僕達は映画を見始めたのだが、洋画のアクション映画でハラハラドキドキする。
しばらく観ていると、腕辺りの服を引っ張られる感じがした。見ると彼女は僕のそれをぎゅっと引っ張っている。
「ど……どうかしたか?」
「なかなかnervousだけど、fantasticねっ!」
目をキラキラさせながら観る彼女を見て、なんか鼓動が高鳴り変な気持ちになった。
(なんだろうか?)
そしてヒロインが監禁されていた建物から主人公が助け出し、そこからなんとか脱出出来て最後二人は結ばれて終わった。
「ふう、面白かったなーっ」
「えぇ、そうねっ!」
はっと彼女の方を見ると、かなり僕の方に寄りかかっていた。
気づかなかった。こんなにくっ付いていたとは……。しかしそんなに悪くない気持ちなのが、なんか複雑だ……。
「どう? 吹き替えだったから分かりやすかったでしょ?」
「あぁ、そうだな、分かりやす……」
その時ふと思う。なぜ彼女はわざわざ吹き替えにしたんだろうか。字幕なら彼女は英語で聞いて、僕が字を見ればいいだけの話なのに。僕はなぜか不思議な気持ちになった。
「なぁ、クリス」
「何?」
「あ……なんでもない」
「?」
はっ! 今何時だ!?
「おい、もう18時回っているぞ。さっさと宿題終わらせようぜっ!」
「えっ? I see……」
そして今日目標にしていた所までは終わらせた。
「ごめんね。こんな遅くにしちゃって」
「いいよ別に。休憩も大事さ」
「……」
「それじゃあ帰るから」
「あ、優司っ」
「?」
「I will always be there for you」
「また英語かー? そんな綺麗なネイティブで言われても分からないぞ」
「ふふ、良いの。私が言いたいだけだからっ」
僕はいつもよく分からない英語ばかりを言われっぱなしでなんか悔しくなり、
「それじゃあ、こっちはこっちで面白い日本語を教えてやろう」
「?」
「日本にはかつて明治に物凄い文豪がいてだな、彼がある英語を面白く翻訳してだなーっ」
「ぶ、ぶんごう?」
「それで訳した言葉が『月が綺麗ですね』だとさっ」
「え? what? 月は……確かに綺麗だけど?」
「じゃあな、クリスっ。またなっ」
「え? あ、ちょっとどういう意味よーっ!??」
“I will always be there for you”は“(助けが必要な時とかに)いつも貴方のそばにいるからね”という意味だそうです。
“月は綺麗ですね”は文豪・夏目漱石が、とある英語を訳した言葉だそうですが、気になる人は調べてみましょう。
 




