第1話 0日目 無事死亡
初投稿です。よろしくお願いします!
どうやら梅雨があけたらしい。
空間そのものが太陽の熱量によってわずかに膨らんでいるかのような、そんな朝だった。高校生のグループがたわいもない話ではしゃいでいる横をサラリーマンと思われる男が重そうなビジネスバックを小脇に抱え駅の方に走りすぎていく。そんないつものように繰り返される光景をぼんやりと目で追っていた。しかし雲の切れ間から太陽が顔をのぞかせたのだろうか輪郭が溶けていくような眩しさを感じ、逃れるように視線を自分の足元に戻した。
僕はこの空気が嫌いだ。
すべての人のこれからの一日を祝福しているようで僕の存在だけがすべて否定されているような、そんな思いが心の底に澱のように溜まる。それをコンビニバイトの帰りに買ったビールで必死に流し込みながら人の流れに逆らうように家路につく。家に着いたらあとは寝るだけ。結局今日もいつものように急ぎ足になってしまう。
ひとり暮らしの安アパートのドアノブに鍵を挿し込むと、なぜか鍵が開いていた。泥棒でなければ、毎月のように様子を見に来ている叔母だろう。部屋に入るといつもの澱んだ空気が洗い流され、先程逃げ切ったはずの明るい朝日で満たされていた。
「良太君、また朝からアルコールなんて飲んであなたは……」
もう何度聞いたかわからない叔母の小言を聞き流し、鞄をベットの上に放り投げた。5年前に両親を交通事故で亡くした僕を心配してくれているのはわかるが、もう25歳だ。放っておいてほしい。会話する気力も起きない。
「おはようございます」
「心配してくれてありがとうございます」
「すいませんが眠いのです」
「おやすみなさい」
矢継ぎばやに捲し立てるとベットに潜り込み、叔母が会話を諦めて帰るのすら待たずに意識を手放した。
僕は社会に必要とされていなかった。
そしてこれからも必要とはされないだろう。
大学院にまで通っておきながら、就職活動では行く先々の人事担当者に僕という人間の底の浅さを見抜かれたような気がした。人事担当者曰く「主体性がない」「意欲が感じられない」「話の根拠があいまいだ」等々、気が付けば奨学金という名の550万円の借金だけが残っていた。
すべては自業自得だ。
何度この夢を見返したのだろうか、寝ているにもかかわらず気持ちが沈んでいく。寝ているときぐらいはハッピーエンドな夢を見せてくれてもいいじゃないかと思い直し無理やり夢の内容を変更しようと、かわいい女の子、かわいい女の子、と念仏のように唱え悪あがきをしていたが、抵抗空しく意識が表層に浮き上がってくるような感覚に捕らわれた。
「起きなさい、後がつかえているのよ、起きなさい」
起きたらまたバイトだ。
目覚ましが鳴るまでは起きたくはない。
「生野良太、起きなさいあなたよ」
ん?誰だこの声?
ぼんやりとした意識のまま周りを見回すと、そこは白いタイル貼りの大広間がどこまでも続いていた。目の前には目鼻立ちのはっきりとした美女というのか美少女というのか判断のつかない存在が佇んでいた。
「あなたは手違いで死んだわ。火事ね。私に責任はないけれど救済してあげるわ」
美しいというのはただそれだけで素晴らしいな、こんな理不尽なことを言われても嫌悪感が全く湧いてこない。
「あなたは精神的に少し弱いところがあるけど、心根はそう悪くもないわ」
貴女に言われなくても、毎年おみくじにそう書いてあるから知っています。
「知性は人より大きく劣るわけでもないし、あっちの知識もあるからきっとやっていけるわ」
うん褒めてないなきっと。でもこの流れは知っているぞ。転生しちゃう系のやつだ。
「でも体力は……世界が違うのだから諦めなさい。って聞いているの?」
あぁ、しまった。いつもの癖でずっと独り言だった。慌てて返事をしようにも何から話していいのか判断が追いつかない。
「あの、救済ってどういうことですか?それと貴女は?」
距離感が掴めずに当たり障りのない質問をしてしまう。
「やっと反応したわね。壊れちゃったかと思って心配したわ」
「大丈夫です。お話は聞いていました」
「大丈夫なわけないけどね、あなた先程死んでいるもの」
口元に手の甲を添えて微笑むと、そのまま話を続けた。
「私はこちらの世界の生と死を司っているわ。手違いで死んでしまったあなたには、こちらで別の生を紡ぐことを特別に許してあげる」
これは間違いない。転生して女神さまからチート能力貰って無双しちゃう系のやつだ。能力選びさえ間違えなければイージーモードが約束されているはずだ。ここまでわかれば話は早い。遠回りせずに核心に迫っていこう。
「転生というやつですね!どんなチート能力が選べるのでしょうか?」
意表を突かれたのか少しだけ間を置くと、女神さまは少しだけ平坦な口調でこう言った。
「なにを言っているかわからないけど、あなたはあなたのままよ。魂の器が変わることはないわ。ただ環境が変わるだけよ。行ってみればわかるわ。じゃあね。」
唐突に会話は打ち切られ、自分の存在があやふやになり空気に溶けていくような感覚に襲われ、またも意識を手放した。
違った。ぜんぜん違った。
見切り発車で話を進めなければもっと何か違う話の展開もあったのではないかと思うと、後悔とは少し違う、またかという少し醒めた諦めのような暗い気持ちに支配されていきそうになる。でも、すべて否定されていた現状より悪くなることなんてまず無いだろうと少しだけ気持ちを切り替えているうちに、またもや意識が表層に浮き上がってくるような感覚に捕らわれた。
「おい坊主!生きているか?」
荒々しいダミ声が鼓膜を突き抜け頭の中に反響している。と、同時にのどに絡みつくような息苦しさと右頬をあぶられているかのような熱量を感じ、とっさに左腕で顔をかばう。
「火傷はないか?大丈夫そうだな。坊主は運がいいな!」
そう励まされながら大男に担がれ運び出されている。大男の背中の筋肉は驚くほど厚く、そして不自然なほどに赤い光に照らされていた。不意に顔をあげると、夜なのか夕方なのかわからないほどの圧倒的な光量と熱量で二階建ての民家が燃え盛っている。
「おい坊主!聞こえてんのか?」
ずっと反響している大声に辟易しながらも、まだ返事を何もしていないと気付き、慌てて返事をする。
「はい、大丈夫です」
「今後の詳しい話は夜が明けてからだ、今日はここでゆっくり休め」
今日は寝てばかりだったな、とひどく現実感に乏しい感想しか出てこない一日はこうして終わりを告げたのだった。
初投稿です。よろしくお願いします!
わからない事ばかりですが優しく教えていただけたら嬉しいです。