魔石とパワーアップ
トカゲを食べている途中、肉を食べているのとは違う食感のものが混じる。
肉は生なのでグ二グ二と柔らかいのだが、それとは別のカチッとしたものが紛れていた。
ソレは存外に硬く、肉と同等の速さでは消化されなかったので優先度を肉の上に置いく。
そして、硬いそれを消化すると体が軽くなった気がした。
(体が軽くなった?…となると先程のは魔石と言う物か。)
魔物は他の魔物の魔石を摂取すると成長する事があるというエムマークの言葉を反芻する。今の感覚がそうなのであれば先程消化した硬いものというのは魔石だったのだろう。
本来魔物でないトカゲに存在しない魔石がなぜあったのか分からないが、いまの状況から魔石が在ったという事実だけは分かる。
私が魔石と思われる物を完全に消化すると、トカゲを形成していた残りの肉体が気化するように消えていった。
(これでは完全に魔物のようだな。)
魔物は体の大半が魔素によって形成されているらしく、その礎となる魔石を失うと体の大半が消えてしまうようだ。稀に完全に受肉している魔物も存在しているようだが、そのような個体はとても強い。また、魔石だけを失ったとしても、その性質から再び魔石が形成されるらしい。
ともあれトカゲに存在しないはずの魔石を摂取した事で、私は身体能力を向上させることが出来たようだ。
エムマークやイータ達もスライムという身でありながら同様に格上の存在と戦闘を行い、そして勝利する事で魔石を摂取していたのだろう。その行動力や実力に脱帽するしかなかった。
(私も励まねばな。)
僅からながらの高揚感を抑え込み、再び周りの警戒を強める。
何事も変化が起こった直後程小さな失敗という物が発生するものだ。私は主の言葉を頭に浮かべ、体の状態を確認する。
レッドやバブルのような見た目の変化は見当たらず、純粋に身体能力だけが向上したようだ。
(二割ほど機敏に動けるようになったか…。だが、動きの想定とズレは無いようだな。)
軽く跳ねたり、ナイフを咥えた状態で振り回す。また、手足もどきを作成してナイフを振ることで体の動きを確認する。
どうやら身体能力は二割程度上昇したようで、今までよりも動きに余裕が出来そうだった。
しかし、能力が二割向上したと言っても、元の能力というのがスライムなので傍からすればあまり大差のないものなのかも知れない。
それでも元が元だけに少しの成長でも心強く思ってしまうのは仕方の無い事だろう。
(そういえば、イータ達はまだ帰ってきていないのか?遠くに行ったのか、それとも…)
警戒ついでに辺りを見渡したのだが、イータ達は見つからなかった。流石にユニークとはいえ仲間のスライムを放って置いて遠くに行き過ぎるという事はないだろう。
単純に私の探知能力の外にいるのか定かではないが、それよりも先に近くの外敵の対処に移るとしよう。
「グギャギャ!」
「下策だな…」
スライムが一匹だけだと毛ほどの脅威にもならないのだろう。獲物の背後を取っているのにも関わらず、相手は声を上げ、持っているナイフでこちらを攻撃しようとしていた。
探知により相手側が声を上げる前に私はその存在を認知していたが、声を上げるにしても位置的に考えればトカゲですら逃走には十分の距離だろう。
その距離を持ってして私は力を込め、そして相手のナイフを自分の持っているナイフで弾き返した。
「ふん!」
「グギャ!?」
相手の体は私の想定よりも軽く、その体が数メートル程宙に舞う。そして予想もしていなかった出来事に相手は着地後も惚けていた。
「小さいな…貴様、ゴブリンの幼体というやつか?」
「…!?」
「…言葉は通じんか。」
鬼の様な顔、緑色の体、相手の風貌はイータ達に聞いていた'ゴブリン'という特徴を有していた。しかし、体は小さく、それでいて戦闘慣れはしていないようだった。
私は言葉が通じるか試してみたが、言葉は帰ってこなかった。そして呼びかけがきっかけとなりゴブリンは私の事を思い出したかのように再び襲いかかってきた。
「グギャー!!」
「遅い!」
目の前のゴブリンの攻撃はトカゲよりも遅かった。ナイフを持っているとはいえその遅さと安直な攻撃は私に当たるはずもなく、私はその攻撃を軽く避けた。
そして避けた時の反動を利用し、逆にゴブリンへと攻撃を試みる。
「たぁっ!!」
「グ、グギャー!!」
相手の体はとても柔らかく、私の攻撃がすんなりと通る。私はゴブリンのナイフを持っている腕に焦点を当てナイフを降ったのだが、脂を斬っているようにすんなりとナイフがすり抜ける。
そしてゴブリンの腕が切断されるとその事に遅れて気が付いたようで、ゴブリンは悲惨な叫び声を上げた。
「自分から襲っておいて覚悟が足りていないな。」
「ギャー!」
そもそもスライムに対して覚悟を持って襲うという事自体が異常なのだが、それをゴブリンの幼体に持てというのは酷な話だろう。
しかし、これも自然の摂理というものだ。
弱肉強食。襲った相手が悪かった。
「許せとは言わん。」
片手と戦意を無くし、泣き叫んでいるゴブリンの首を私は刎ねた。するとゴブリンはその体を崩壊させていき、先程のトカゲと同じく魔石を遺す。
恐らくコレを食べる事で私は更に身体能力を向上させるだろう。
「…いただきます…。」
私は生きる為だと割り切ってそれを食べる。
やはりトカゲよりも魔物であるゴブリンの方が魔石に含まれる魔素が多いらしく、結果から見ると更に三割ほど身体能力が向上した。
周りを見渡すとイータ達は見当たらず、まだ帰ってきていないようだった。
魔石とは別にナイフとゴブリンの耳も遺った様だが、私はコレらを使ったり食べたりするのは気持ち的に出来なかった。
「…埋めるか。」
私は向上した身体能力を用いて深めの穴を掘り、そこにゴブリンの使っていたナイフと耳を入れる。そしてそこを埋め、滲む視界を暫く閉じた。当然魔力を使った探知により警戒は怠らなかったが、その間に外敵に襲われることは無かった。
外敵とは言え、喜怒哀楽の感情を読み取れる相手の命を奪った事に私は気疲れを起こしたようで、早くイータ達と合流したいと感じた。
だがその反面もう少しの間1人でも良いとも思ってしまうのは仕方の無い事だろう。