スライムの実力
感想とか待ってまーす(ボソッ)
後ろからこちらに向かっていたのはコボルトだった。
スライムが子供ですら倒せる最弱の魔物であれば、コボルトは冒険者達が舐めて掛かれば命を落とす可能性のある魔物である。
魔物をランク付けするならば、スライムの脅威度は一番下である。それに対してコボルトはスライムの二つ程ランクが上である。
自然界で出逢えばその二つの存在の勝敗の行方は想像に難しくない。
知覚能力はこちらが高いようで向かってきたコボルトは来る途中で拾ってきたのか小さなナイフを持っていることが分かった。そして生まれたてという事で空腹なのか、口元にヨダレを垂らしてこちらの方を探していた。
そしてその視界にイータ達を映すとすぐに戦闘が始まった。
イータ達の戦闘はとても上手いと感じられた。
まずはブルーである。ブルーはそこら辺に居るような平凡な個体とは身体能力が比較にならないほどに高く、コボルトのナイフをギリギリまで引き寄せて避けていた。魔物のランクで言うと二つも離れているコボルトを凌駕する程の素早さで相手を翻弄していたのだ。
そして次にレッド。レッドは小さい火を口から吐き出していた。相手は獣型という事で、意識してその向かってくる火を避けている。私の知識には火を吐くスライムは存在しないのでレッドも恐らくユニークなのだろう。
更にその避けた先にはバブルが待機し、体当たりをしていた。バブルがぶつかった場所は少し変色をしており、その体が毒物を有している事が伺える。
最後にイータであるが、彼はほとんど動いていなかった。働いていないのではなく、三匹に対してその体から発する振動やポーズで指示を出しているようだ。
ここまでの連携を可能にするには一体どれほどの戦闘経験、もしくは訓練を続けたのだろうか?人であってもここまで綺麗な連携を可能にするまでには時間がかかるだろう。
スライム。その存在はこの世の何処にでも生息し、どの生物に対して何処までも被捕食者である。しかし、この四匹を見ているとその知識がまるで間違いかのように思えてくる。
事実、コボルトの攻撃は三匹に対してほとんど当たっておらず、一方的に嬲られているようにすら見えてくる。実際は嬲っているのではないが、それはスライムの攻撃では決定打を与えることが出来ていない事がそう思わせる原因なのだろう。
そして攻撃の様を例えるなら、捕まえられない蚊に血を吸われ続けるようなものだ。
とても地味である。だが確実にコボルトの体力を削っている事が伺える。
スライム達の小さな攻撃に決定打を感じなかったが、その時は唐突に訪れる。コボルトがブルーの攻撃に翻弄され、体制を崩したのだ。
その隙を見逃さずにイータが指示を出す。
するとバブルがコボルトの腰に張り付いた。
「ヴァァ」
バブルが強力な毒をコボルトへ投与しているのか、コボルトの口から悲惨な咆哮が辺りに反響する。
コボルトは慌ててバブルへと手を伸ばし、引き剥がそうとした。しかし、その手も毒により負傷したようで、コボルトは手による引き剥がしを断念する。
「…!?」
コボルトの引き剥がしが失敗に思われた瞬間、イータの動きに緊張のようなものが見られた。
その様を感じ取りバブルはその場を離れようとしたが、そこまでの俊敏さがバブルには無かった。
「ガァ!」
コボルトは意を決して自分の腰に向かってナイフを突き刺したのである。自傷行為のように見えるが、スライムの核さえ破壊出来ればそのスライムは活動を停止するのである種正しい判断だと言えるだろう。
すぐ様ブルーがコボルトの上半身へ向けて体当たりをし、コボルトの体を吹き飛ばした。深く刺さっていなかったのか、吹き飛ばした際にナイフごとバブルがコボルトから引き剥がされる。
吹き飛ばされたコボルトは目を狂乱のものに変え、ブルーとレッドに襲いかかる。しかし、先程までとは違い負傷した状態で二匹を捉えることは不可能で、その事が更にコボルトから冷静さを奪っていった。
その裏でイータはバブルの様子を確認したようで安堵の様なものが伺えた。コボルトのナイフはバブルの核を砕いていなかったようである。
しかし、バブルは直撃では無いが、軽く核を傷つけられたようで直ぐには動けそうにないようだ。
イータはその小さなスライムボディを倍ほどに膨張させ、体を震わせた。
するとその振動を感じ取りブルーとレッドはイータの元に向かって移動を始めた。
その様子を見てスライムが逃げると感じ取ったのか、コボルトはブルーとレッドを追いかけてイータに近づいて行った。
そしてブルーとレッドがイータを挟むように駆け抜ける。それと同時にイータが前に出る。
コボルトからするとイータが二匹を庇おうと写ったのだろう。コボルトが激昂に任せ、イータを殴りつけようと手を振り上げたその瞬間だった。
イータはコボルトの背後に移動していた。
イータの通ったわずか数メートルに障害物はなく、イータが振り返った瞬間にコボルトの上半身が地面へと接触した。
「もう良いぞ。」
イータの言葉を聞き、私はみんなの元まで戻った。
それにしても余りにも呆気なく終わった。始めからイータが一匹で相手をすれば一瞬で終わっていたのだろう。あまりに驚愕するしかない出来事だった。
本来であれば何者にも勝ることの無い魔物が、三匹とは言え格上の魔物を圧倒していた。さらに言えば、被捕食者でしかないスライムが生きた魔物を戦闘中に捕食するというあまりに現実場馴れした現実。私が得ていた知識とはなんだったのかと思わなくもないが、今この状況では心強く感じた。
「イータ、君はとても強いんだな。」
「これでもユニークだからな。お前もこれくらいなら出来るようになるさ。それよりもバブルだが…ここに留まるのは危ねぇし順番で運ぶか。」
イータは溶けかけていたバブルを見てそう判断した。確かに襲撃を受ける可能性のある場所より安全な場所に移動した方が良いだろう。私に異議はなかった。
「そんじゃあブルー、お前に任せるぜ。」
イータの言葉にブルーは震えて答えた。そしてバブルの下に潜り込み、核が落ちないように自分の真上へと乗せた。
その姿は何というか、青色のかき氷に緑のシロップをかけたようで美味しそうと思ったのはイータには言えない。
「じゃあまぁ、気を取り直して縄張りを目指すとするか。」
再びイータが先頭へと移動し、それに私もついて行こうとしたその時だった。
「ヴガァ」
コボルトの最後の意地なのだろうか。下半身を失い、上半身だけになって死んだと思っていたコボルトが、その顎でブルーに襲いかかる。
ブルーは現在バブルを上に乗せている状態で、素早く動くことが出来ない。
レッドの身体能力もそこまで高くなく、上半身だけのコボルトすら跳ね除けることは出来ないだろう。更にイータは先頭に移動しており、捕食出来る間合いに居なかった。
イータは慌ててこちらに向かって来ようとするが、コボルトが咀嚼をするまでには間に合わないだろう。その様子がとても長く感じた。そう、まだイータは体の半分もこちらを向いていない。加えて言えば、コボルトの顎はまだ完全に開き切ってすらいない。
気付けば私は口を作成し、落ちていたナイフを咥えてコボルトのすぐ近くまで移動していた。
そしてコボルトの顎が開ききった瞬間、その顎はナイフが貫通し、再び閉ざされた。
「ブルー!!…」
コボルトの顎が閉じたと同時にイータから警戒の声が届く。
しかし、既に脅威は去った後である。沈黙の末にコボルトの上半身が再び地面に落ちた音が響く。
「「ピギィ!!」」
暫く時間が止まったかのように固まっていたが、ブルーとレッドが鳴き、飛び跳ねる。その様子は歓喜満ちあふれるといった様子で、バブルの核がドロッと地面に落ちても気にしていない。
「てめぇやってくれたな!!」
それはイータも同じようで、他の二匹と全く同じ震え方をしていた。
「なんださっきの動き!俺よりもすげぇんじゃねーか!?おい!」
「「ピギィ!」」
私はイータやブルー、レッドに揉みくちゃにされた。
喜んでくれるのは私としても嬉しいのだが、ここまで激しく喜ばれると困惑してしまう。それとバブルも羨望の目で見ないで欲しい。
「落ち着いてくれ。私も動けるとは思わなかったんだ。」
「そ、そうか…?」
「あぁ、気が付いたら動いてたんだ。もう一度アレをしてくれと言われても出来るとは限らん。」
そう、私にも出来ることと出来ないことがある。普段出来ないことを褒められても戸惑ってしまう。更にそれを頼りにしたり、頼りにされたりするのはどうしても忌避感があるのだ。
「まぁ、この状況だ。てめぇも動ける事が分かったんだ。悪ぃがバブルの代わりに縄張りまで警戒を手伝ってくれ。」
「心得た。」
「よっしゃ、じゃあ改めて、気を抜かずに行くぞ!」
「「ピギィ!」」
「まずはコイツだな…あとスライ、このナイフは持っとけ。お前には使えるかもしれんからな。」
イータはコボルトの上半身を平らげ、刺さっていたナイフを私へと放り投げる。そのナイフには血は着いておらず、イータが綺麗に取り除いたのだろう。
「了解した。」
私は再び口を作成してナイフを咥え、軽く跳ねた。ちなみに思ったよりもナイフを口に加えても移動の邪魔にはならず、感覚的にではあるが戦闘は可能だと思えた。