第8話 二つ目の遺跡
宿はこの町で上から二番目に高い。
そうレイが自慢げに語り、夕食が始まった。
「さて、今宵は何を食べられるのかしら」
つい、レイに聞いてしまうとにんまりと笑みを浮かべてしまう。
「何が良いかな、君が食べたいものを何でも言うが良いさ。僕は君の主として、衣食住サポートする覚悟くらいはあるからね」
「そうね、誘拐して連れてきたんだし、そのくらい当たり前ね」
私の言葉に、周りで食事をしていた方々の箸や話し声が途絶える。
代わりに、ヒソヒソこちらを見ながら伺っている。
『そ、それはダメです。確かにハリサマは変態でお姉ちゃんを連れてくるような変態ですが、こんな場所で大きな声で言っちゃだめですっ!』
『そうね。レイが変態なのは周知の事実だけど、言いふらすのは感心しないわ、ハリ』
ハリとルリの追加援護に席を立って私たちの方に来そうな雰囲気だ。
ちょうど料理を運んでいた女の子もオドオドし、レイのことを軽蔑しきった眼で見る。
「これはいかんねーー【デリート】」
レイが杖を上に掲げると光が辺りを包み込み。
先程までこちらを被っていた視線の数々が消え失せ、賑やかな場へと戻る。
「何をしたの?」
「魔術で洗脳を掛けた。君と僕は仲間で、これから遺跡に向かうところだとね」
「そんなことーーできそうね。私の記憶を上書きできるって言ってたし……」
「精神干渉魔術と僕は呼んでる。それに記憶を上書きできるといっても、洗脳を掛けただけだ。だからいつか解けてしまうのさ」
まあ一週間以上は持たせられるけどね、とレイが杖を私に向けて言う。
それが本当なら、世界征服さえ可能に思える。
ただ一言、「僕の配下に下れ」
それで誰もレイに逆らえなくなってしまう。
「勿論、誰にでも使える訳ではないよ? 魔術師の奴等に掛けても一瞬で元に戻るし、ハリとルリにも効かないからね……前に記憶改竄した時は、呪術返しされて一月ほどの記憶を失ってしまったからね」
「そういうものなのね」
魔術は万能ではない、とレイは語る。
確かに、本当に何もかも出来るのであれば、未だに戦争を続けてないだろう。
「あれ、それって私の記憶を上書きしたとしてもその内思い出せたの?」
レイの話を聞く限り、精神干渉魔術では記憶を消すことができないと言っているような。
「まあ、そうだね。でも、記憶を思い出せたとしてもそれは仮の記憶さ。その記憶は映像を再度コピーされたものだから、本当の記憶とは言えないかな」
「どういうこと? なに言っているのか分からない」
記憶改竄なんて聞いたこともない。
そもそも、精神干渉魔術があることさえ知らなかったのだ。
それに、戻った記憶が正しければ、それは本当の記憶にしか思えない。
「まあ、君には理解できなくても仕方ないか。この世界の理とは違うものだからな」
「ごめんなさい。私には変態の頭の中は理解できそうにないわ」
『お姉ちゃん、このお肉美味しいよ』
『そうね、レイの奢りでなければもっと美味しく味わえたのに』
横を見るとハリとルリがステーキを頬張ってモグモグしている。
そういえば、レイの話し相手になっていて全く食べてなかった。
「私も頂くね、話は後から聞かせてちょうだい」
「別に話しながらでも食事はできるだろ?」
「そうね、でも貴方の話って長いのよ。話したらせっかくの御馳走が冷めちゃうじゃないの」
ステーキをナイフで切る。
そして口に運ぶ。
「うん、美味しい」
「そうか、それは良かった。これで明日から遺跡で頑張れるな」
『レイさま、遺跡ってこんなところにあるの?』
「ああ。小さい遺跡だがな。一応あるみたいだ」
レイはなんてことないように言うが、初めて訪れた町に遺跡があることを何で分かるのだろうか。
地図を見てるわけでも誰かに尋ねた記憶もない。
まあ、たぶんレイの魔術でどうにかしたのだろうが。
「どうやって遺跡を見つけたの?」
「強い魔力をこの町から多く感じる。たぶん、今は小さな遺跡だけど、魔力の蓄えが多いし成長率はありそうだな」
なんてことないようにレイが告げる。
遺跡が成長すると聞いたことはあるが、モンスターが広げていると教わった。
「遺跡ってモンスターが広くしてるのよね?」
「そういう遺跡もあるが、全てがそうとは限らない。そもそも、モンスターが遺跡を広げるというのなら、そのモンスターはどこから来たのかという話になる」
「確かにそうね。じゃあ、遺跡は勝手に作られているの?」
「さあね、僕もよく分かってない。気づくとそこに遺跡がある。それが普通だからね。だが遺跡は高密度の魔力が集まっている。そして、魔力が消えると遺跡の階層が増えていたりする」
「それってもしかして」
「ああ。遺跡自体がモンスターかもしれない。骨董無形な想像でしかないが。この話は噂でしかない。だから、あまり誰かに伝えてほしくはないかな」
「ええ、わかった。それにこんな話を誰かにしても笑われて終わりよ。それに本当に遺跡がモンスターだとしても、何も関係ないわ。私たちが遺跡に潜るのはお宝が欲しいから。それだけだもん」
「ーーそうか、そうだね」
「……ごちそうさまでした。明日は何時頃に遺跡に向かうのかしら」
「それなら、7の鐘がなる頃に行くとしよう」
「ええ、わかった。おやすみないハリクン、ルリちゃん」
『おやすみない、お姉ちゃん』
レイとハリルリに声をかけ部屋へと向かう。
因みに部屋割りは、レイたち三人、私一人で部屋を押さえている。
「はあ」
部屋のドアを開けては入るなり、ため息を吐いてしまう。
遺跡攻略をしたのはつい先日のことなのに、ずいぶん前に感じる。
それほどに、レイと過ごす時間が充実しているのだろう。
「なんだか変な感じ。隠蔽魔術しか使えない私がパーティを組んで誰かと一緒に行くなんてありえないね」
一人で何でもやってきた。
それは、私には魔術の才能がなく、使い道のない隠蔽魔術のみ扱えたからだ。
誰かを助ける魔術なんて持ち合わせていない。
私が使うのは、本来私に向く注意を近くの者に擦り付けることだ。
最低の魔術師。
自覚は勿論ある。誰かに隠蔽魔術しか使えないと言えば、皆同じように私から離れていった。
強さに自信があり、守ってやると言ってくれた人たちも。
ああ、だめだめだ。
せっかくレイの仲間になれたのに。
ネガティブな思考が思考を埋め尽くす。
「レイを信頼していいのか分からないけど」
助けを必要としない程に強い魔術師となら、私もーー
「変われるかも」
□
次の日、私とレイが遺跡の入口へ訪れると誰かが寝転がっていた。
黒いローブをすっぽり被り、お腹を押さえているのは黒髪の少年だ。
「だ、大丈夫ですか?」
思わず駆け寄り声をかける。
「う? だ、だれ? 師匠にしては声が高い……」
少年がぼやっとした眼で私を見つめる。
そしてホッと息を吐く。
「あー良かった。師匠じゃなかった」
少年がお腹を押さえたまま、何故か安堵している。
だが、回りをキョロキョロすると明らかに動揺している。
「あれ、あれれ? あさ? 夜じゃない?」
何を言っているのだろうか?
今度は頭を抱え込み、その場でジタバタする。
「……師匠の仕業か、あーあ、しくった。師匠が笑っていたのはそういことかよ、ちくしょう!」
なにかをボソボソ言っていたかと思えばいきなり、遺跡の扉を思いっきり開けて飛び込んでいく。
「な、なんだっのかな?」
「わからん、だが今のは見たことがある」
「え、知り合いなの?」
「いや、直接の知り合いではない。話したこともないしな。ただ話に聞いたことがあっただけだ。それに腰に指していた杖は僕がかつて持っていたものだ」
レイの話をまとめると、黒髪の少年が師匠と読んでいた人と交流がありそうだ。
起きた途端にいきなり遺跡に飛び込む変人。
やっぱり類は友を呼ぶのだろうか。
「なんだか君が僕に対して失礼なことを考えていそうなことだけは分かってしまったよ」
「そうね、にしてもあんな軽装で遺跡に入って大丈夫なのかしら」
腰につけていた杖を除けば、少年が持っていたのは小さいリュックのみだ。
私たちも手荷物は少ないが、収納箱に一週間以上の携帯食料が詰め込まれている。
「また、大丈夫だろ。この遺跡は小さいからたいしたモンスターはいない。それに、杖があればどうとでもなる」
「それならいいけど」
遺跡で少年の亡骸を見つけてしまえば平常心を保てなくなる。
遺跡に潜り帰ってこない人は大勢いる。
モンスターの餌になれば骨しか残らない。
それが遺跡攻略の常識だ。
「ねえ、早く行きましょう」
「そうだな。君が心配している少年に何かある前に合流した方がいいかな?」
「いいの? 遺跡にもぐる以上、誰かを助ける必要なんてないのよ?」
「別にいい。僕も会いたい人がこの遺跡に居る可能性が高いからね」
レイの口許は緩み、笑みが見える。
こんな変態が会いたい人が気になるが、それは多分考えるだけ無駄だろう。
もしかしたら、ハリやルリみたいに人でないかもしれない。
「ハリとルリは護衛を頼む」
『えー、レイさまに守りなんて必要ないですよ』
『そうね、レイは痛みが快感に変わる変態ね』
「僕じゃない。こいつを守ってやれ」
『はーい』
「じゃあ行くか。遺跡攻略に」
レイが遺跡の出入口の重い扉を開く。
すると、遺跡特有のじめっとした空気が流れてくる。
レイに着いて歩くと、洞窟が下へと続いている。
「……私の知っている遺跡とは違って自然の洞窟なのね」
「ああ、君と会った遺跡はかつて栄えた文明の遺産だからね。これは自然型遺跡だから、足元に気を付けろ」
レイの話をまとめると遺跡は、自然型遺跡と文明遺跡に分かれるそうだ。
自然型遺跡は、元々広がっていた地下空間をモンスターが広げているらしい。
それに対して、文明遺跡は今の国が栄える前の文明が残した居住地の後である。
どちらも遺跡と呼ばれるが、お宝が眠るのはかつて栄えた文明遺跡の方が多いらしい。
何でそんなことをレイが知っているのか分からない。
だけど聞いても答えてはくれないだろう。
レイの話すことは噂話にも思える不確かな情報だ。
妄想と捉えられても可笑しくはない。
けれど、学院で学んでいた頃より遺跡攻略者として成長できている。
「これが遺跡の入口だ」
視界に黒い岩が積み重なった門が見える。
一つ一つの岩の大きさは私よりも大きく、人の手では持つことさえ叶わない。
「まあ、心配しなくてもいいよ。近くにモンスターは居ないみたいだ」
レイの言葉に少しばかり心が落ち着く。
入口の奥を見ると暗い空間が広がり、何も見えない。
「だが、あれはダメだな。危険すぎる。まさか裏ルートがあんな場所にあるなんてね。ルリ、上に向かって火炎を撃て」
『はいはい』
レイの指示に従い、ルリが空に向かって手を突き出す。
すると、赤い光が集まり、手の平から空へと打ち出される。
そして何かにぶつかって燃え上がる。
暗くじめじめとした狭い場所に白い炎が吹き荒れる。
瞬く間に水分が蒸発し、植物が枯れていく。
「こんなものか。ハリ、次は冷却系統で凍りつけろ」
『はーい』
レイの指示に従い、竜の姿に戻ったハリ君が息吹を放つ。
それにより、空中に浮かぶ何かがが凍りつき、地面へと落ちてくる。
『これが裏ルート?』
「ああ、これで先に進むことができる。空中に浮かぶ扉は固定術式が適当な作りだったからな。予想通り、これが裏ルートみたいだ」
「裏ルートって、英雄が英雄と呼ばれる所以が眠る遺跡……」
遺跡と呼ばれる迷宮には種類がある。
大まかに表ルートと裏ルートと呼ばれる難易度に分けられるが、その他にも階層により攻略の難しさが決められている。
低級モンスターのみが出現する遺跡は5階層程と小さく、竜里と呼ばれる遺跡は現時点で数百階層まで調査が進んでもなお、広がっていると学院の先生から聞いたことがある。
「まあ、今回は通らないがな……さて、裏ルートを封じ込めるとしよう」
レイの持つ杖には大きな紫水晶が埋め込まれている。
宝石には魔力を吸い込み蓄える性質があり、優れた魔術師は皆オリジナルの魔宝石を持つ。
「白亜の光、先照らす前に精霊となりて、行く末に影を紡ぐ」
レイが唱える術式学んできたどれにも一致しない。
封印術式は、相手の魔力の入口に蓋をすることで発動を防ぐ。
だが、人と異なり無機物に施された魔術を解体することは天才ですら出来ないのが当たり前。
ーそう聞いていたが
「ーーこれでいいか。賢者なら解除できるくらいに調整したし、後から文句をつけられても何とかなるだろう。ルリ、ハリ、面倒だから先に設置してあるトラップを全て壊してこい」
『はー、竜使いの荒いこと。レイは酷い指揮官ね』
『お姉ちゃん! レイさまは、確かに自分勝手に行動して、何か問題が起きたら直ぐ人のせいにするけど、僕たちのことを認めてるからお願いしてくるんだよ』
『仕方ないわね。行くよ、ハリ』
『レイさま、行ってくるね』
ルリとハリは地面をドタドタと走り、下階層に繋がる穴へ飛び込んでいく。
隣を見るとレイが軽く手を振り、穴へ向かって術を掛けている。
「これでモンスターが襲ってくることもないか」
「ねえ、賢者ってどんな人たちなの?」
聞きなれない賢者について聞くと、明らかに様子が不機嫌になる。
「賢者は魔術師の頂点に立つ術者だ。かなり変な奴しかなることができない変態の巣窟とでも覚えておけ」
それって、要はあれよね?
レイみたいな人たちの集まりってことね。
「かなりやばそうーー」
レイが一人ですら、ヤバイのにそれが何人も居るなんて知りたくなかった。
だけど、魔術師のエリートで変態ならレイも入っていても可笑しくはないが。
「あなたは賢者になりたいと思わないの?」
「思わない。自分より劣る者に誉められたところで何も満たされないからな」
「そういうものなのね」
「そうだ。それに、僕は全ての系統を使えるけど、1分野のみを極めた彼らと特定の術式で戦えば勝てるか分からないーーつい先日、僕は隠蔽魔術で最優となることは不可能だと思い知らされたからな」
私としては、レイの腕前なら余裕で賢者に成れると思っていたが世界には変態が多くいたようだ。
それにしても、特定の分野のみを極めた賢者と相手の土俵で戦えば勝てるか分からないと
レイは謙遜しているがーー
特定の分野を究めた術者に対して負けると言わないのはドン引きだ。
「レイってどうしてそんなに強いの?」
「どうしてと聞かれても困るな。僕にとって魔術は簡単だからね。それを凄いと思えるのは君たちが凡人だからじゃないかな?」
「そうじゃないわーー誰に教えてもらったの? 貴方が使う魔術は訳が分からないのが多すぎるわ。偶然使えたなんて言うのは無理な話よ」
魔術師レイは異質過ぎる。
魔術を究めた賢者に匹敵する系統を複数持ち、更に応用力もある。
こんな天才を教えた誰かはきっととんでもない天才なのだろう。
「師匠なら居るかな。君よりも幼い少女の姿を纏った変人だけどね。彼女に僕は魔術師として生きる術を教えてもらった」
「その人も賢者なの?」
「いや、違うよ。彼女はまだ星屑の一人さ」
「星屑?」
「ああ、賢者に成れる逸材のみをかき集めた集団の名だ。彼女はその集団の中でトップクラスに才能があったけど変人だから一人で行動していたんだ。僕も一時期在籍していた時に色々と教えてもらったんだよ」
それって溢れた二人の変人が意気投合したってことだよね。
そして、レイの魔術を考案した師匠ってそれはそれで天才?
「星屑がそんなに凄いのなら、賢者ってどんな人たちなの?」
「賢者は今は9人居るけど、殆どが何十年も無駄に努力して呼ばれているかな。術系統ごとの一番優秀な人が賢者と呼ばれる資格を持てるのさ。だから、年寄ばっかりさ」
「そうなんだーーじゃあ、隠蔽魔術を究めた術者も居るのよね?」
「勿論。だが、才能なら君の方が上だと思うが……今の賢者は隠蔽魔術を暗殺の補助に使う臆病者だからね。賢者と呼ばれるにしては、少し弱いな」
「ってことは私だって強くなれるの?」
隠蔽魔術で賢者まで登り詰めた人が居るならば、散々バカにされてきた最弱の魔術で成り上がることさえ可能に思える。
しかし、レイは微笑を浮かべると首を横に降った。
「殺し屋と呼ばれる彼女は君ほど使いこなせてないさ。彼女は元々ナイフを使った戦闘で強者を屠った冒険者だ。賢者になったといっても、魔術を究めた訳じゃない。ただ枠が空いていた……それだけだ」
「嘘ばっかり。確かに遺跡の16階層まで行けたけど、隠れることしかできないのよ?」
「隠蔽魔術はその程度しか術式が解明されてないのさ。他の術式と違い、数百年単位で研究が遅れているーーだから、未開な魔術とも言える」
「ってことは、隠れる以外に使い道は見つかってないのーー?」
確かに学園で戦線から退いた講師の話には隠蔽魔術は一言も出てこなかった。
話に出るのは、攻撃に優れた殲滅魔術と呼ばれる種類だ。
「僕ですら、隠蔽魔術で潜ってきた君とぶつかるまで認識できなかった。ハリとルリも同じさ。だからこそ、どうして君が隠蔽魔術をそこまで使いこなせるのか分からない」
レイの眼は友好的なままだ。
だけど、辺りの空気が重い。体に絡まるように何かがそこにある。
「……貴方の仕業?」
「さて、どうかな。僕は何もしてないとは云えない。だけど、僕の闇に触れてなお平気なのかい」
「闇?」
先ほどから辺りに広がった物を闇とレイは呼んだ。
けど、まるでこれはーー
「隠蔽魔術を発動させてどうしたの? それ失敗してるよ?」
これは隠蔽魔術だ。
私が使うのと比べて魔力が集まりすぎて無駄に思えるが、レイが行使しているのだろう。
「これが失敗か。なるほどな」
「何がなるほどなのよ」
「多分僕には向いてないんだと分かったのさーー僕の使う隠蔽魔術は違うものだ。隠蔽魔術の使い手の君がそう言うなら間違いない」
レイの告げた言葉を脳内で繰り返す。
「隠蔽魔術とは違うもの」
「何を言っているの?」
「隠蔽魔術の原理は闇に体を隠す単純なものだ。故に、暗い場所でしか使えない。それに、さっき僕が闇を集めて見えなくしようとしたのに、君は魔力が多すぎると言ったね?」
「ええそうよ。隠蔽魔術は私みたいに魔力が少なくても使えるものよ?」
「それが違っているのさ。少ない魔術でも使える? そんなはずがないんだよ。隠蔽魔術は魔力を大量に消費する魔術だ」
なんせ、とレイが告げる。
「隠蔽魔術は場を暗く照らす魔術だからね。光を飲み込み、何もかも色を奪い黒に染め上げる。それが隠蔽魔術だ。それが世界の、魔術師たちの常識だ。だから、君が使う隠蔽魔術は本物と言えるだろう。君にしか使えない、オリジナル術式だ」
オリジナル術式。
有名なのは、火炎を打ち出す魔術【業火】だが、それと同じと言われてもそうとは思えない。
「オリジナルね、私だけが使えるのね」
だが、頭で分かっていても飲み込むのは違う。
「君にしか使えないんだ。だから、隠蔽魔術が魔術書に載るかどうか君次第さ。生かすも殺すもね」
レイの言葉はとてつもなく重い。
今まで、天才が紡いできた魔術の数々。
それらに並び称賛されることは、魔術師にとって誇り高き偉業だ
それを成す可能性があるとレイは言う。
私からしてみれば、偉業を成すのは目の前で微笑むレイにしか思えない。
だけどいつか
今の私じゃなくなった時、それは届くのかもしれない。
最果ての遺跡に到達している頃にはーー
「私は隠蔽魔術の可能性を潰したくない。どんな魔術だって有効なんだって教えたい。私みたいに才能が乏しくて燻るなんて未来は嫌だ」
そうだ。
私の声が誰にも届かないように、誰もが振り向きもせずに消えていく運命でしかないとしても、違うんだよって教えてあげたい。
今の私にはできないけど。
だけど、いつか。
「本当に貴方は協力してくれる?」
「勿論さ、僕も魔術の可能性を潰したくないからね。それに、僕が目指すのは魔導師。この世界に未だに存在しないものだ。その糧となりえるのなら、喜んで協力してあげるよ」
レイが拳を私に伸ばす。
「よろしくね、レイ!」
□
これはなんてことなく、歴史から見れば一時に過ぎない。
少女がいつか、夢を叶えるまでの物語だ。